第493話-2 彼女は王宮へと誘われる

 ガレットの屋台の件で盛り上がった後、後日、王宮にも『魔導調理板』とリリアル謹製ガレットをお持ちするということになった。調理板は日常遣いということではなく、野外でのピクニックなどに使う目的であるという。


 王宮の薪炭は使用量がある程度予算化されており、薪炭屋もそれを当てにしている面もある。また、王宮全体の調理を賄うだけの魔導調理板を納めるとすると……彼女は商売替えする必要があるほどの負荷になるだろうか。孤児院用五十台は既に確定なのだ。


「それで、陞爵の話は聞いているのかしらぁ~」

「アルマン宮中伯からアンゲラ城にて伝え聞いております」

「公表されるのは今少し先なのだけれど、あなたを連合王国に送り出すのに良い機会だと決まったのよねぇ」


 男爵となった叙爵の理由は、彼女が十三歳の時レンヌで連合王国の私掠船から王女殿下を守り、私掠船をも拿捕した功績を称えてのものである。最新鋭の私掠船は一城に匹敵すると称され、僅か二名の騎士だけでこれを攻め落とし王女殿下の窮地を救った功績とされた。


 そして、男爵となったのは成人を迎えた十五歳の時であったが、その後、二度の竜討伐、ミアン防衛戦での陣頭指揮、その他、王国に多大な貢献を旗下のリリアル学院の魔術師と共に行っていること。


 更には、王都の再開発・環境の改善にも尽力し、孤児院の待遇改善を積極的に協力し進めている事なども賞するに値する功績であるとされた。


「本来は、伯爵・侯爵くらいで賞される内容なのだけれどねぇ」


 実際、五十年前の法国戦争では、その戦争指導をし幾つかの決戦で王国を勝利に導いた将軍が元帥に叙せられ、男爵から侯爵へと陞爵しているのである。


「年齢、女性であること、それと、わかりやすい戦功ではないという理由もあるわね。既に副元帥でもあるので、あんまり功を積み過ぎるとねたまれると思われたみたいねぇ~」


 未だ十七歳にもならない一子爵の娘が、騎士となってからわずか数年で副伯にまで至るというのは、大貴族の嫡子が親の爵位を譲り受け名乗る爵位とは意味が異なる。王が公正を欠くなどと印象付ける事の無いように配慮したという意味もある。


「リリアルの子達が育つまで、その上の爵位はおあずけしているだけだけなのよねぇ」


 伯爵令嬢と公爵であれば、さほど身分差があるとは言えない。だが、伯爵家当主となれば……おかしいだろ!!


「おばあさまは、フランツ叔父様を可愛がり過ぎですわぁ」

「最近は働いているじゃない? これからの伸びしろばかりだわぁ」


 彼女が王弟エブロ公フランツ殿下の『婚約者候補』とされているのは、王女の祖母である『王大后』の意向が反映されている。本人に何の功績も無い故に、功績のある婚約者を宛がい補おうと考えたからなのだ。


「オラン公との会談も上首尾だったそうじゃない~」

「おばあさまが王宮中に触れ回っておりますわぁ」


 王弟・公爵として、外交面で王を支えるという功績作りである。演出は宮中伯アルマン、演技指導は彼女である。そして、連合王国大使としてはっきり言えば女王陛下とのお見合いの場に王弟を連れ出す事で、王大后の目論見は達成される。


「王家の一臣下としてお仕えしていくつもりです」

「ふふふ、お願いするわねぇ~」

「また王都を離れると聞くと、とても寂しいですわぁ~」


 王妃様は含みのある物言いだが、王女様は本心で寂しがっているのは良く伝わってくる。王女様が公太子妃となるのは数年後、恐らく、王都とレンヌでそれぞれ挙式を大々的に執り行う事になる。


 若い二人の結婚というだけでなく、長らく対立してきた王国とレンヌ公国がまとまる事になる慶事であるのだから、それぞれの都でそれぞれの民にその慶事を共有する機会が必要だからである。


 恐らく、王都もレンヌも大きな祭りを伴う事になるであろう。


『そこで、ガレット屋台が大ブレイクするわけだな』


『魔剣』の言う通り、その式に向けて徐々に『レンヌの騎士ガレット©』は王都だけでなく、王国内の孤児院に徐々に広がっていくことになる。流石に王都外の『魔導調理板』の魔石のメンテナンスは、それぞれの領地の領主の『寄付』として魔力の付与を各地の貴族・聖職者の魔力持ちが行うことになる。


 その結果、魔導調理板はリリアル学院への貢献度順に作成されるようになり、レンヌ大公・ブルグント公・ニース辺境伯家などを中心に普及していくことになる。


 ちなみに、サボア大公家はカトリナの結婚祝いに彼女が送る品の一つとして送られる事になる。さらに言えば、聖エゼルには優先的に供給され、兎馬車と共に遠征装備として定着していくことになる。




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 陞爵は必然、だがそのタイミングは王家の、もっと言えば王弟殿下の都合であるのはそれなりに腹立たしい。王弟殿下の婚約者候補という事で、婚約の申し入れが一切なされないからである。もうじき十七歳になる彼女。あの姉でさえ既に婚約者がおり、二年の準備期間を置き十八で結婚している。


『まだ焦る時間じゃねぇだろ』

「……若いうちに子供を産んだ方が良いと思うのよ」

『産まなくても子供ばっかりじゃねぇか、お前の周り』


 どんどん増えていくリリアル生。七八歳の子が十二人もリリアルに増えてしまったのは想定外であった。とはいえ、一期生も成長しているので、三期生の教育はかなりの部分任せることができるだろう。


 婚姻以前に、家政を任せられる人間も育てなければならない。


『領地経営にしても、家政にしても王家に人を紹介してもらえば良いだろ。リリアルに「家政科」「領宰科」みたいな奴がいてもいいと思うぞ』


『魔剣』もたまには魔術以外で良い事を言う事がある。


「いつまでも御婆様頼りというわけにもいかないでしょうからね」

『というより、婆に直弟子を取らせるのはどうだ?』


 彼女の祖母は、王宮の侍女として后妃に仕えていたこともあり、長じては子爵として王都の管理を行う仕事と、代官の仕事を行っていたこともあるが、領地を経営するのとは少々異なるだろう。


 代官は、定期的に代官地を訪問し、領主の代行として決裁すべき事を担う役職だが、かなりの部分を村役人に任せている面が強い。既に安定して運営されている村を適時確認する仕事と、荒れた村や生産性の低下による逃散の起こっている村を立て直す『領宰』とでは、かなり役割りが異なる。


「姉さんはどうする積りなのかしら」

『あれは、ニース辺境伯家に泣きつくパターンだろ』

「それも、嘘泣きね」


 ニース辺境伯家の領宰を引退した者、もしくはその側仕えを長く務めた者を派遣してもらい、現地の新規に配下となる在地の貴族家を育成することになるのだろう。姉の能力であれば、一緒に学んでも頭一つ抜けだす程度の才覚はある。


「先代様に相談してみようかしら」

『ジジイの友人から領宰経験者を王都に招いて、リリアルのガキどもを指導して貰うということか』

「私自身学ぶ余地が多いと思うの。それに、子供たちも御婆様以外の年配者がいる方が刺激になると思うのよね」


 彼女の祖母は劇薬的刺激なので、会えば子供たちも緊張しているのが分かる。優しくないわけではないのだが、それ以上に厳しいのである。


 優しいお爺ちゃん的家庭教師の招聘……これで、少しリリアル一期生も冒険者以外の騎士としての仕事を学ぶ機会も増えるだろうか。


『女ばっかりの魔術師集団だから、その辺り難しいだろうけどな』


 とはいえ、領地運営に理解のある魔術師兼騎士の嫁という者は、それなりに需要があるのではないかと彼女は考えている。最初の嫁入りは自分だと強く願いながら。


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