第492話-2 彼女はガレット売りに付き合う

 リリアル生の中には『レンヌの騎士直伝』と幟を建てたらどうかという意見が出たため、急ぎ幟を作成することになったのである。


「何で私が……」

「書・リリアル男爵と加えれば、さらに人気が出るからでしょう?」


 今回は二台で二本なのだが……五十の孤児院で使うのであれば、五十本の幟を彼女が書かねばならない……それは大変そうである。


「兎馬車の色もちょっと目立つようにしようよ。白と水色とかリリアルっぽい色にしてさ」


 青と金色では王家の色になってしまうので、リリアルの白地に水色ならセーフであると言える。


「幟に『リリアル』と記してあるのだから問題ないよね」

「リリアル騙る意味がないのだから、とくに問題が起こるとは思えないわね」

「王都で妹ちゃんに喧嘩売る馬鹿は……王都民でも王国民でもないから……問題ないよ」


 なにをするのが問題ないのか敢えて言わないが、姉の言い分はなんとなく理解できる。


 いつも行商や遠征に使っている兎馬車より幾分大きく、また綺麗な仕上げの兎馬車が新たに用意される。車体を白く塗り、その上で水色のさし色を加えていく。


「車輪に看板を重ねるようにしようよ」

「ガレットの絵と値段かしらね」

「トッピングのベーコンとチーズを基本にして、その絵も描きたいわね」


 ということで、絵心のあるリリアル生が何人かで看板を描いていく。値段は一つ銅貨四枚、三枚なら銀貨一枚となる。玉子乗せは銅貨一枚が上乗せされる。これは、三枚でも銅貨三枚である。


「銅貨一枚で玉子乗せは、アリ」

「二個なら銅貨二枚」

「なら、五個なら『そんなに乗る分けねぇだろ!』……ですよねぇ~」


 最初の売り子は二期生と三期生年長組。賑やかしで三期生の年少組を連れていくことにしているが、これは、王都を実際に見せる意味もある。王都の孤児院出身の一期二期生と異なり、三期生は帝国やネデル出身者がほとんどだ。ただし、王国への潜入も考慮され、王国語の会話には問題が無い。


 三期生年少組の監督は一期生の薬師組。そして、それ以外のリリアル生は何をやるかというと……


「制服のお披露目ね」

「正装というわけにはいかないので、騎士学校用に作成した騎士服を着て屋台に随伴します」

「二台で二箇所でする……わけないわよね」

「幸い、大聖堂前の広場を使用する許可を頂いたので、お披露目はそこで始める事になるでしょう。恥ずかしくないよう、十分に練習しましょう」


 やるなら徹底的にやる主義の彼女は、屋台組(二期生+α)に訓令する。


「もう、いい加減ガレットは飽きてきたんだけど……」

「贅沢は敵。孤児院のことを思い出せば御馳走三昧」


 赤目蒼髪が愚痴をこぼすところを容赦なく否定する赤目銀髪である。言葉にする事はないが、ガレットに飽きてきたことは全員が共有することであった。


「上手になれば、ガレット焼かなくて済むんだから、それまで頑張れ!」

「腕を落とさないように、一日一食はガレットになるので、このままになると思うわ」

「「「「……うそ……」」」」


 仕事をしながら食事をする事もできるガレットを、彼女は意外と……いやかなり気に入っているのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 そして、いよいよリリアル謹製『レンヌの騎士ガレット』の屋台がデビューすることになった。今回は二台の屋台で王都大聖堂前の広場の一角を借り、販売提供することになっていた。


 アンデッド対応以来、親しくさせていただいている大司教猊下に焼き立てのガレットをもって彼女はご挨拶に赴いている。


「これはこれは、聖女アリエル。レンヌと王国を結び付ける婚儀を前に相応しい料理を提供されますな」


 ガレットをすでに手渡していた彼女は、お茶請けにそれを出してもらい、味を猊下に確認してもらっているところである。一口大のそれを口に運び、美味しそうに咀嚼する大司教。大貴族並の食事をする身分だが、素朴な

ものも好みであると聞き及んでいる。


「はい。幸い、公太子殿下の側近である親衛騎士『ゼン』殿から指導いただき、彼のレンヌ親衛騎士団の賄いとしてだされる本格的なガレットを作る事ができるようになりました」

「それはなにより。この屋台はいずれ……」

「孤児院を支える柱の一つに育てられればと考えておりますわ」


 孤児院は地域の篤志家・財産家の寄付により賄われている面があるものの、孤児の将来に地域の有力者の影響を強く持たせるのは教会としては良い感情を持っていなかった。


 実際、表の仕事ではなく裏の仕事を孤児にやらせ、使い捨てにする者もいないではない。孤児院自体に自力救済できる手段が増えれば、特定の目的を持ち孤児を囲い込もうとする後ろ暗い支援者の影響を排除できると考えられる。


 当然、その支援者と教会の中の協力関係者が存在するわけであり、孤児を利用しようとする教会内の聖職者を抑制する事にもつながる。両者は共に貴族の係累に繋がる存在であり、大司教猊下と言えども簡単に干渉することができず歯がゆい思いをしていたという事を聞いている。


「中等孤児院も開設されますし、王都の孤児たちには明るい未来が開けつつあるようでなによりです」

「これからも、ご支援ご指導賜りますよう、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、聖女アリエル」


 大司教猊下は王国の貴族の子弟であり、また、国王陛下の信任を経て教皇庁から大司教に任ぜられた存在である故、王国の安定を妨げる存在を容認するつもりはない。だが、王国を揺るがす存在が王都に全くいないわけではなく、孤児を利用し悪事を使嗾する裏ギルド的存在も王都にいないではない。


 彼女が討伐した人攫いの商会や、レンヌの都市貴族のように元々連合王国に与する存在も王都にいないわけではない。


 屋台の営業により、王都内の風聞を効率的に収集することも可能となるだろう。レンヌのガレット屋台には様々な効果が想定できそうである。




 昼時に売り始めたガレットなのだが、予想外に次々に売れていき、二時間ばかりで全ての材料を使い切り「売り切れ御免」となってしまった。不意にリリアル男爵以下、リリアルの騎士が大聖堂前に大集結したことで、王都民の間で瞬く間に「レンヌの騎士ガレット屋台」の話題が広まることとなる。


 三枚で銀貨一枚という設定は割安に感じられたようで、三枚セットでの購入も多かった。また、卵付二枚で同じ値段なので、一人で二枚食べる食いしんぼには同じように人気があったようである。


「もっと売りたかったわね」

「いいえ。売り切れる方が良いのよ。次は買いたいと思わせるほうが、人気が出るの」

「そうかもしれないわね。手に入らないものほど人は欲しくなるもの」


 伯姪と片付けるリリアル生を見ながら、そんな話をしている。後から後から話を聞きつけた王都民が現れ、相当の人間が悔しい思いをしたのであろう。


「買えなかったことが話題になれば、次も、その次もある時に買っておこうというきもちになるじゃない。その方が後々、王都名物として定着すると思うのよね」


 そうかもしれないが、レンヌの料理が王都の名物となってよいのだろうかと何人かのリリアル生が思ったが、言わぬが花と黙っているのである。

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