第492話-1 彼女はガレット売りに付き合う
「さあ、先ずは野菜を焼きましょう」
「えー 俺は肉が食いたいんだけどぉ」
「知らん。指でもしゃぶってろ」
ほのぼの風景が広がるリリアルの中庭兼鍛錬場。三台の魔導調理板のお披露目兼ガーデン焼肉大会である。先ずは、野営経験豊富な一期生冒険者組が仕切り、薬師組がそのフォローをしつつ、興味津々な二期生三期生という構図となる。
「これ、煤が出ないから良いわよね」
「火力の調整が今一つなので、注意しないと焦げるのが難点ね」
「そりゃ、薪を使っていても同じじゃない? 魔力さえあれば火を使わずに料理できるのが良いわ。お湯を沸かすのも簡単になるでしょうしね」
遠征中は煮炊きの時間がかなり取られる。それ故、魔装馬車での寝起きは快適であったとしても、火の番の問題で野営地の選定など制限が生まれる。煮炊きの場所が馬車の上でも可能となれば、嵐の中でも問題なく快適に野営ができる。冬なら、暖房代わりにもなるので、意外と便利かもしれない。
「湯たんぽとか孤児院で持てたら、みんな冬の夜に凍えて固まる必要もなくなるかもですね」
「いいなそれ。小さい子とか風邪ひいたりすると大変だもんな」
今はリリアルだから効果は今一つだが、試作タダポーションが回って来るので命の危険は大いに低減している。しかし、一期生が孤児院にいた頃は、体の弱い小さな子が冬を越せずに亡くなるという事は珍しい事ではなかった。今は、薪炭もリリアルから補助しているので、食事も暖房も改善されているというが、それでも寒いものは寒い。
一期生はワーワーと便利さに盛り上がるなか、二期生三期生は、鉄板の上のガレットに夢中である。色気より食い気のお年頃。
「やっぱり、牛乳と卵を入れた方が圧倒的においしいね」
「それは、現実的レシピではないわね」
何故か姉も参加し、モリモリ食べている最中である。具材はベーコンとチーズで主食風のものを先ず提供している。横で野菜を焼いているが、肉は焼いていない。生地となる蕎麦粉に水と塩を加えたものを一時間程度寝かせたものを焼くのだという。
レンヌでも、卵や牛乳を加えたものは容易に焼けるのだというが、蕎麦粉と水だけのものは難易度が高く市場で職人が焼いたものを購入することが多いという。卵や牛乳がつなぎになるので入れれば簡単なのだろう。
「そこでお姉ちゃんは今日は、強力な助っ人を呼びました」
レンヌと言えば赤毛の大男『ゼン』である。一度、レンヌに報告に戻るということで挨拶に来るという話があり、姉がついでだとガレット師範として呼んだという事のようだ。
「これはまた新しい魔導具ですか」
「野営も楽になるでしょうけれど、先ずはガレットの屋台から始めて孤児院の収益の一つに出来ればと思っています」
王女殿下がレンヌに嫁げば、王都にはレンヌブームが巻き起こるはずである。その前に子女を抑えようと考えているのが彼女の姉。それに乗る事で、孤児院の子供たちの仕事が作れればという彼女の想いもある。
全員が中等孤児院に入れるわけではなく、取りこぼされたり年少の子供の面倒を見る為に院に残る年上の孤児もいるだろう。それを考えると、ガレット売りの屋台から始め、小商いで経験を積む機会を与えるということも一種の職業訓練となる。仕入れや役割分担、売上の目標管理など、屋台とはいえ商売である。考えるべきこと、やるべき事は少なくない。
小なりとは言え、自分たちで責任をもって利益を出す、という事を体験するのは意味があるだろう。
『ゼン』は調理場へ向かうと、先ずは生地から作り始める。どうやら、蕎麦粉と水だけで作るには秘伝があるようである。
「本当は一晩くらい寝かせないと駄目なんです。素早く薄く広げて強火で焼くのがポイントなので。寝かさないと、薄くきれいに広がらないんです」
粉と水の比率は一対二、50gに100g。これに塩を小さじで一杯程度入れる。
「当たり前ですけれど、粉が玉にならないように丁寧に水を加えてかき混ぜて行かなければなりません」
「寝かす時間が短いとどうなるの?」
伯姪がそこを詳しくとばかりに聞く。
「綺麗にきつね色に焼けないのですよ。白っぽいままであまりおいしそうに見えません。なので、今日作ったものを半分残しておきますので、明日にでも焼いて比べてみてください」
流石レンヌの親衛騎士。何事もきちんと検証できるように考えている。
「ヘラは専用のものを使うと良いですね。クレープと変わらないもので良いと思いますが、薄くて使いやすいヘラが良いです。金属のものですね」
庶民的には木のヘラを使いたいのだが、鉄板に木のヘラでは削れるのも早く、綺麗に鉄板からはがせなくなるだろう。
「ヘラは工房で作るよ。孤児院に買わせるわけにはいかないしね」
「聖魔鉄にしようかの。孤児院に一つくらい聖別された道具があってもよかろう」
癖毛の提案に、老土夫が乗る。
剣でもなく、盾でもなく、魔術でもなく、聖別された魔力がこもるのは調理用のヘラである。是非、ひもを通して首から掛けられるようにしてもらいたい。
「当たり前だろ。リリアルの紋章を刻んで、孤児院の名前を入れて盗まれても回収できるようにするに決まってる」
聖鉄のヘラ……盗むのはやはり料理人だろうか。裏ギルドの依頼で出るかもしれない。
一時間ほど寝かしたガレットの生地を、すいすいと鉄板に広げ、クルクルと焼き上げていく『ゼン』。ガレットの達人が降臨した。
「何で騎士なのに、こんなに上手なんでしょう」
「はは、騎士とはいえ、小姓や従騎士の時は雑用を様々こなしますから。大公殿下や公太子殿下のお口に入るガレットはそれなりのものを焼かねばなりません。側近の騎士達は、必然、ガレット焼の達人となるわけです」
「「「「……(嫌な側近業務だ)……」」」」
少なくとも、王国の騎士にはそのような仕事は任務の中には入っていない。騎士学校のカリキュラムにも野営の実習でも求められていない能力である。
「でも、『ゼン』が騎士学校に入校して遠征実習に参加したら、絶対人気者になれるわよね」
「嬉しくないわよ、そんな人気者」
伯姪の言葉を受け、彼女が呟く。が、『ゼン』は嬉しそうにその言葉を受け自分の気持ちを口にする。
「いいえ。レンヌと王国の関係を深める事に役立つのであれば、何百何千とガレットを焼きますよ。それがレンヌの親衛騎士ですから」
レンヌの騎士は、公国に色々な意味で忠節を誓っているようである。
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