第491話-2 彼女は魔装二輪戦車を目にする。


 弓銃は威力があり消音ということで使い勝手もいい反面重たい。これをどうにかすることができれば、有意な装備となるだろう。


「弓銃ね。いいじゃない」


 姉と弓銃の扱いについて話をしていた。シャリブルと話をした際に、彼女に専用弓銃を渡したのだが、改良を提案されたと聞いたことから始まったのだが。


「魔装二輪馬車の馭者台にね、こう、架台を備えて旋回できるようにするといいと思うんだよね」

「……かなり物騒ね。何に使うのかしら」

「そりゃ、盗賊除けだよ。まあ、一時期は教皇庁が御神子教徒同士の戦争に使用することを禁じるお触れを出すくらいの威力だもんね。これ見よがしに並べてあれば警戒もするでしょう」


 なるほど。二輪馬車は客室の背後に馭者台があり、そこに架台に乗せた弓銃を配置しておくということで、不意の襲撃を防ぐ目的を持たせるということである。マスケットよりも管理が楽な装備であるから、問題ないだろう。また、重量の問題や装填時の掩体も馬車の躯体を利用することも可能だ。その場合、客室が掩体扱いなのは論ずる必要があると思うのだが。


「ちょっとひとっ走り加工してもらってくるね!」


 自家用二輪馬車を老土夫の工房にいきなり持ち込み、姉は何やら説明し始めた。二輪馬車は魔装を施してある王族用などもあるが、護衛の為の装備は皆無であり、その役割は警護の騎士任せである。


 魔力の多い王妃様たちに心配はないのだが、馭者の反撃手段としてあっても良いのではと思わないわけではない。魔装銃でも可だろうが、装填し、射撃するのは銃身が長すぎるので馭者台では難しいかもしれない。





 それから少しして姉が戻ってきた。


 姉の魔装二輪馬車には、銃の架台が設置されていた。仕事が早くてなによりである。姉はそれを見てかなりテンションが上がっている。彼女も思っていた以上の工夫に内心感心する。


「これをさらに改良して、お姉ちゃんも一台欲しいね!」

「……応相談ね。というよりも、今の二輪馬車を多少手直しするだけで十分でしょう」

「いやいや、この車体全体を魔装布でコーティングして、幌も含めて全魔装にしてさあ……」


 牽引する馬は一頭、それは魔装馬鎧を装備。さらに、車体全体も魔装を施す事で、遠距離からの銃撃や弓による攻撃にも対抗するという。


「魔力壁を展開すればいいじゃない?」

「妹ちゃん」

「何かしら姉さん」

「走る馬車全体に魔力壁を常時展開できるのは、妹ちゃんくらいだから。魔力が多いだけの一般魔術師なら、魔装で防御した方が早いから」

「なるほど、それは盲点だったわ」


 自分を基準にして考えると往々にして間違える。


 姉は古帝国時代には競技として人気があり、それ以前の世界においては国力の物差しともなった『戦車チャリオット』に似せた装備を考える。


 古代における二輪の戦馬車は、騎兵に鞍や鐙が用いられる以前において戦争で馬を用いる際に有効であった兵器である。二人乗り若しくは三人乗りであり、馭者に長柄兵、加えて弓兵を乗せるのが一般的であった。


 姉の考える『魔装二輪戦車』は少々異なる。


 客室が二人乗りであることから、銃架を左寄りに設置する。これは。車体と結合した支柱に銃を掛けるY字型の架台であり、ヒンジを用いて左右に動かせるようにする。


 客室に一人の時は、右手に手綱、左手に架台に乗せた銃を持ち、二人の時には、右側に馭者、左側に銃手が乗ることになる。


 加えて、客室背後の馭者台にも銃架を設置し、ここにも銃手を配置する事を可能とする。魔装馬車であれば、三人が乗車しても馬の負担はほぼなく、加えて魔装馬鎧の効果で傷つけられることもない。


 馬車故に、不整地や障害物に対しては脆弱であるが、市街地や街道、平原においては速度はかなりのものに達する。加えて、防御を個人の魔装と馬車の魔装で役割を分担することで、魔力量の少ない者でも重厚な防御線に立ち入り、攻撃を行う事を可能とする。


 例えば、神国兵の歩兵の戦列の前面を疾走し、反撃を受けながらも無傷で至近距離から『魔装笛』等を撃ち込む事もできるだろう。騎乗でこれを行える能力は恐らく彼女だけであり、魔装二輪戦車を用いる事で、二名ないし三名のチームで同じことを実現することができる。


 彼女は一人しかおらず、その存在を必要とする場所は多い。魔装で代替可能な役割は、他のリリアル生で担える事も重要となるだろう。


「試作してみましょう」

「そうこなくっちゃだよ」


 姉の頭の中には、魔装二輪戦車で疾走しつつ魔装笛をぶっ放す自分の姿が浮かんでいたりする。恐らくその時、馭者台には赤毛娘が立ち、馭者は姉の右側で黒目黒髪が目に涙を浮かべながら務めていることだろう。




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「ガレット売りの実習……何を言い出すのかしら姉さん」

「リリアル生のニ三期生の実習だよ妹ちゃん。孤児院に導入する前にリリアルで実験……実績を上げておこうと思ってね」


 実験を実績と言い直しても無駄である。兎馬車をベースに屋台を作ろうということのようだ。そこでガレットを焼き、いくつかの種類のトッピングをして仕上げて提供するというものになりそうだ。


「朝は無理だけど夕方の時間帯にちょこっと売れるようにすると、下町では売れるんじゃないかなって思うんだよね。あとは、土曜日に作り置きを売って、日曜日に食べられるようにする保存食にするとかだね」


 日曜日は安息日なので調理などしない家庭も少なくない。下町なら特に竈などないので、買い置きの食料を食べて過ごす事になる。人はパンのみに生きるにあらず、ガレットを食べよと言いたいのであろうか。


「それは構わないのだけれど、どんな馬車にするのかしら」


 兎馬車は二輪馬車であり、水平に荷台をするには置台を使って水平に保つ必要もある。蕎麦粉を溶いて焼くだけと言えば焼くだけなのだが、その焼くための鉄板を何で加熱するかも問題となる。炭を使うのが良いのだろうが、それは孤児に使わせるには高価な燃料である。


「そこで、火の魔水晶をつくるのが妹ちゃんの仕事になるわけだよ」

「……どのくらいの時間でどの程度の火力を維持できるようにすればいいのかしら」


 魔水晶に『小火球』の魔術を収容できるようにすることはさほど難しくない。難しいのは、安定した火力を一時間、二時間と維持させることにある。


「魔力の補充は私でもできるんだけどさ」

「作るのは何時も苦手よね。姉さんは」

「不器用ですから」

「めんどくさがりの間違えでしょう。工房に相談してみるわ」


 お湯を出す魔導具が作れる事を考えると、鉄板を熱する魔導具程度は老土夫により作成できるのではないかと彼女は考えていた。




「魔銅鍍金製ですか」

「魔銀では少々火力が強すぎるのでな。焼け焦げもおこらんし、魔石に入れた魔力を伝える効率も高い。魔銅鍍金なら、銅と魔鉛の合金故、それほど高価でも希少でもない。魔銀製なら、強奪される可能性もあるしな」

「なるほど」


 魔石が取り外しできる形であれば、魔力を込める事自体にはさほど手間は掛からないので、リリアルで魔力を込め定期的に王都の孤児院を周って交換して回れば魔力を持たない人間が管理することもできるだろう。ルリリア商会に外注するという手もある。


「試作はどのくらい時間がかかりそうですか」

「魔石はあるし、鍍金の手間がかかるが、二日もあれば一応の試作はできると思うぞ。できたら、こちらで一度焼け具合を確認して、問題がなければ、先ずはリリアルの厨房で使用してみれば良かろう」


 実際、最初の売り子はリリアルの二期三期生の年長組が主力となる。まずは、リリアルの使用人見習の調理担当に使用してもらい、その効果を確認してもらう。


 その上で、実演販売の練習を兼ねてガレットパーティーを開くことになるのではないかと思われる。


「試作は出来れば二台ないし三台お願いします」

「兎馬車の荷台の寸法にある形にしておこう。遠征の時も、焚火をせずとも煮炊きできれば便利になりそうだからな。あまり大きくせず、小さなテーブルほどの大きさにしておこう」


 必要なら二台、三台とつなげれば良い。小さければ魔石の大きさも小さくて済むだろうし、荷台から降ろす事も難しくない。


 王都内の孤児院が約五十箇所。その孤児院に、一台づつでもあれば、煮炊きに掛かる薪炭費用も大いに抑えられる。また、孤児院の子供に魔力持ちがいるのであれば、リリアルにくる以前に魔石に魔力を込める仕事を委ね、魔力を育てさせることもできるだろう。


 今は、年齢的に十歳以上の未確認の子供を魔力審査の対象にしているのだが、『魔導調理板』が導入できるのであれば、もう少し年齢を引き下げることに意味が出てくるかもしれない。それが、孤児院内で摩擦を起こさなければという条件が付くだろうが。


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