第489話-2 彼女は三期生の育成を心掛ける
何故か、姉の計らいでリリアルは毎日『ガレット』が提供される事になった。色々なレシピを試したいという事と、三期生に年少者が多いという事もあり、昼食と夕食の間に少し間食を出すという意味もある。
「これ美味いよな」
ベリーを使ったガレットを一気に口に入れることなく、少しずつ味わうように食べているのは、長く楽しみたいからであろうか。
「ほんとだね。リリアルに来て良かった」
そんなつかの間の幸せに、言葉が口をついて出る。
「そうだよなぁ。あの石の壁の外に出られない生活とは全然違うし」
「仕事も訓練も沢山あって辛い」
「でも、毎日お風呂に入れるのは凄いよ! お貴族様みたいだもの」
怠け者男子には辛く、食いしん坊と女の子には好評のリリアル生活である。
お客様同然の数日は終わり、今ではすっかり二期生と同じサイクルの生活が始まっている。午前中の座学は進度が異なるので別々にしているが、養成所で既に教わっていることも少なくない十歳組は、時機を見て二期生に合流させても良い気がする。
午後は、十歳組は二期生に合流、七八歳の年少組は魔力の有無・男女の区分けで四班となり、一期生の薬師組の四人にそれぞれ率いられ課題を熟している。作業に魔力の操練の練習が含まれるものも少なくないのだが、魔力のない子達も同じように作業をしている。
魔力があるかどうかは今の時点では正直確定ではない。彼女の中にはある仮説があった。
『可能性的にはあるよな』
『魔剣』も否定しない理由。それは、子供は親から遺伝ではなく、直接接触で魔力を譲渡され、魔力持ちとなるというものだ。
一つは、母親の胎内で育っていく最中。貴族の母親には当然、魔力持ちが多い。また、魔力のある人間の多い環境で育っている。母親の胎内で十ヶ月過ごす間に、受け継いでいるのではないだろうか。栄養だけでなく、魔力も。
今一つは、母乳である。母親の体に魔力があるのであれば、母乳にも魔力が宿っているはずだ。例えば、両親や祖父母に魔力の無い者に魔力持ちが現れる事がある。これは、偶然の可能性もあるが、魔力持ちの母乳を貰い乳した場合などに発現するのではないかという事も想定できる。
例えば、魔力量の少ない両親の子供でも、乳母が魔力を多く持つ場合、魔力が多い子供に育つ可能性がある。
王家の子供たちが魔力豊富な理由は、その秘密を王家や高位貴族が知っており、母親だけでなく、乳母となる女性に魔力量の多い女性を当てているからと考えることもできる。妃の魔力量が少ない場合も、何故か魔力の多い王子・王女に育つ絡繰りはその辺りにあるのではないか。
「なので、魔力の無いと今判断されている子達には、魔力回復ポーションを食事に添加して食べさせてみようと思うの。味は変わらないので、スープや飲み水に加えてね」
『確かにな。魔力回復ポーションなんて貴族でも伯爵クラスの大貴族じゃなきゃ、容易に手が出ないだろうし、実験したことがあるのは相当の高位貴族だな。それに……』
確実に大魔術師が育てられるような秘密を、知らせるわけがない。魔力はある一定の年齢、十代後半までは伸びるとされている。その後の伸びはかなり穏かになり、加齢とともにその伸びは横ばいに近くなる。
「魔力の無い子に魔力が備わるなら……朗報なのかしら」
『いい事ばかりじゃねぇぞ。とくに、なにも背負って生きていない平民の子なんかは、そんな余計なものは重荷にしかならない。過ぎた力は身を亡ぼすというのは聖典の時代からかわらねぇよ』
『魔剣』の言う事ももっともだが、ここにいる子達は事情が違う。とくに、三期生男子の魔力無の子達には魔力を持ってもらいたいと彼女は願っている。
魔力有無問題は一応の決着がついたものの、将来的には魔力のある方が有利だというのは間違いのない事ではある。とは言え、薬草を育てたり、素材を採取したりするには、魔力以前に知識と経験が必要とされる。
「マンドラゴが成長したものがアルラウネなんだってー」
『そうよぉー だから無理に引っこ抜くと、大きな叫び声をあげて、みんな死んじゃうのよぉ~♪』
大人らしい大人の少ないリリアル。とくに、子供の相手をしてくれるような暇な大人は少ない。なので、話し相手をしてくれる『アルラウネ』には人気がある。畑仕事をするのは大変だが、アルラウネと話せる時間は子供たちにとっては楽しい時間になっているようで何よりだ。
全体的に緑がかっているものの、一応半精霊、時代によっては『女神』扱いされていたことであろう。事実、ノインテーターを作り出す能力は、死にかかっている者を生き返らせることができるように見える。
狩りや他部族との争いで傷つき死にかける部族の戦士を生き返らせることができたのであれば、神と崇められてもおかしくはない。聖典において、神の加護を得た英雄が愛する異教徒の女に騙され髪を切られ加護を失い凋落する逸話がある。死にかけた英雄は神に最後の力を願い、命と引き換えに大力を得て最後の力を振り絞り彼を虐げた異教徒の集まる神殿を倒壊させ、諸共殺すのである。
似たような話が、アルラウネにノインテーターとされた部族の英雄に起こったことがあったかもしれない。力を使い切れば、塵に帰るのだから。
マンドラゴは魔力回復ポーションを作ることができる素材の一つである。大変珍しく高価な素材であり、その理由は見つけにくい事だけではなく、引き抜く際に魔力を込めた死の呪いを吐き出すからと伝えられる。
引き抜く際は縄を繋ぎ、耳栓をした犬に引き抜かせるという、動物虐待な行為を行うと良いとされる。
「アルラウネというのは、マンドレイク・マンドラゴの進化した姿なのですね」
『そうなのよぉ~♪ わたしも、若い頃は何度も引っこ抜かれて、良く叫び声を上げて冒険者や薬師を倒したものだわぁ~ とーっても懐かしいわぁ♪』
彼女が確認したかったのは、『アルラウネ』の葉からマンドレイク同様に魔力回復ポーションが作れるのなら、魔力無の子達の魔力育成計画が容易になると考えられたからだ。
魔力回復ポーションは、通常の回復ポーションと異なり、素材を集める事が相当困難である。魔力を込めただけでは大して回復させることができない低級のものしかできないのである。
彼女は、魔力を育てるために『アルラウネ』の葉を定期的に採取させてもらいたいという願いを伝える。
『先っちょだけならいいわよぉ。全部あげるのは冬前に葉を落とす時ね。効果が低めになるけれど、その時は沢山あげられるから、多めに使えば同じ効果がでるとおもうわぁ』
『アルラウネ』があっさり承知してくれて、正直面くらっている彼女。訳を聞くと
『だってぇ、みんな仲良くしてほしいものぉ~♪ 魔力がある子だけの学校? にない子が住むのはかわいそうだものぉ』
模擬戦の様子を伝え聞いたのか、魔力の有る無しで諍いがあると感じたようである。
「あってもなくてもあの子達は大変なのだけれど、あれば少しだけ選べる余地が増えると思うの。それで、頑張れるなら、その方があの子達の為になると思うのよ」
『……それはどうかしらねぇ~ 今までも、今もあの子達は十分にがんばってまわりに応えているじゃない~ あんまり高望みするのはどうかと思うわよぉ~』
気持ち、彼女を咎めるように言葉を繋げる『アルラウネ』。それは彼女自身も思わないではないのだが……自分自身の性格を変えるのは難しい。
「そうね。時間はまだたくさんあるのだもの。飽きずにコツコツ楽しんで育てられるように考えるわ」
『そうしてねぇ~♪ あの子達が楽しそうに来てくれるから、わたしもここで生きていこうって思えるのよぉ~♪』
『アルラウネ』もリリアルの一員として、子供たちを見守ってくれているという事なのだろう。
『アルラウネ』に指摘される迄もなく、座学はともかく、年齢も経験も異なる二期生三期生が多数を占めるようになったことで、今まで考えていた徒弟制的な育成方法に無理が生じてきていることは確かである。
全員魔力持ちの二期生、そして魔力持ちと、育成中が半々の三期生。今までの冒険者ルートの鍛錬では二期生九人、三期生十六人の同時育成は難しくなっている。
新たな鍛錬方法を考えねばならないと彼女は考えていた。
「座学はともかく、実習よね」
全員が薬師の真似事をするわけにもいかない。
冒険者登録すらできない十才以下が十二人もいる。座ってお勉強ができる年齢でもないが、作業だって小さな子供に委ねられるのものは少ない。
『まあ、とりあえず、この前の四対四は盛り上がったな。事前準備を踏まえてよ。ああいう訓練・鍛錬も組み込めるだろうな。何と言ってもガキどもは男が半分だ。いままでのような、ママゴトの延長で育てるには無駄に元気だ』
『魔剣』の言うとおりである。彼女は姉と二人の姉妹、男兄弟は知り合いにもいない。この辺り、伯姪や祖母にも相談し、男の子が興味を持って参加できる訓練方法を考えねばならない。
「苦手なのよね……小さい男の子」
煩い、遠慮がない、突然テンションが上がる。彼女にとって、彼らはゴブリンより謎の生物なのである。
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