第489話-1 彼女は三期生の育成を心掛ける
カルを除く魔力有組は、あっけなく模擬戦で負けたこと、その理由と自分たちを待ち受けている将来のベリーハードさに気が付き、ポッキリ心も鼻も折られているようである。なにより。
「聞いてないよぉ」
「考えたらわかるじゃない。剣と魔術、それの組合せ……だから魔剣士なんて希少価値なのよ。優秀じゃなきゃ両方を高いレベルで身に着けて、さらに戦術的に組み合わせて有効に生かすなんて、できないもの」
現役有名魔剣士である伯姪の言は重い。彼女は魔術師が剣を振るっているだけであり、道具は何でもいいのだ。でも、バルディッシュがお気に入りではある。魔力を込めやすいのと、剣より長い間合いで剣のように斬れるからということもある。古風なデザインも好みだ。
勝利した魔力無組は淡々と引き上げていく。魔力無組の勝利に在院生は特に疑問も思わなかったようで、単に見届けたという態度であり、ツーマンセルと挟撃を実行した練度の高さ、しっかりと魔力持ちの剣をいなした技術に大いに感心した。
「同じ訓練をしていたのよね」
「手を抜いていたんじゃない? 魔力をこっそり無意識に使って」
体力をつける訓練で、魔力を用いれば楽ができるが力はつかない。魔力は思考も強化してはくれない。考え判断し行動するには、経験と反復練習が必要なのだ。
剣だけでなく、裁縫や料理のような様々な仕事は、考え繰り返す中で成長し上達する者だ。魔力はズルをする手段ではなく、プラスアルファを生み出す一つの要素に過ぎない。
魔力に頼らず、魔力を生かす運用ができなければ意味がない。
「さて、負け組の諸君。魔力を持っているだけでは何の価値もないという事が理解できたかな!」
再び、姉が乱入してきた。さっきから、なにやら配り歩いているようだが。
「……姉さん、何しに来たのかしら……」
「そりゃ、話題沸騰中の魔力有 VS 魔力無 暗殺者養成所OB対決だからね。何を置いても駆けつけてヤジるよ!!」
ヤジる間もなく魔力有組が破れて不満なようである。
「もう少し、頭と魔力を使わないと駄目だよ君たち。残念だなぁ、新作のデザートを食べ損ねちゃったねぇ」
姉は、レンヌ公国と王国の修好を記念し、レンヌに因んだ菓子を提供する計画なのだという。主に屋台などで。
「これこれ、ガレットって言うんだよ」
「知っているわよ。レンヌには何度か行っているのだから。食べたこともあるわ」
ガレットは、小麦粉ではなく蕎麦粉も用いて作った薄焼きのピザのような食べ物である。はちみつやバターを加え、フルーツなどを乗せれば菓子となり、塩などを加え肉や野菜、魚などを包めばパンのような主食となる。
「片手で食べられるのもいいのよね」
「そうそう。ピザは美味しいけれど、丸められないからね。石焼窯も必要だけど、ガレットは鉄板に水で溶いた粉を広げて焼くだけだから。屋台向きだよ!!」
屋台大好きである。遠征に持って行くのも良いかもしれない。朝なり夜に一度まとめて焼き上げ、保存しておくのだ。パンよりかさばらず、片手で食べられるなら、馭者や馬上でも軽く食せるだろう。
ガレットは、聖征でカナンに向かった騎士や兵士が持ち帰った蕎麦がレンヌに定着したころから食べられるようになった。レンヌは雨が多く気温が低い土地が多い。小麦は高温で乾燥した土地が適しており、レンヌで小麦はあまりとれないのである。そこで、小麦の代替品として蕎麦を植えるようになり、ガレットが普及したのだ。
王国ではレンヌ以外にはあまり広がらず、何となくレンヌ名物のように扱われている。いままで王国とは距離のあったレンヌだが、近年は関係が深まっており、ソレハ伯を排除し王女殿下がレンヌ大公太子妃となることで、一層交流が深まりガレットも浸透していくのではないかと思われる。
「ガレット売りの仕事も孤児院の子達に手伝ってもらおうかなと思うんだよね」
「パンを焼くのは法で制限されているのだから、この辺りは良いかもしれないわね。味や具を変えれば、食べ比べもできるでしょうし別々に商売をしても共存できるのではないかしら」
そのうち、ガレットをほおばりながら、王都を流れる川縁を散策するなどという事が流行るかも知れない。というか、流行らせる気満々の姉。
「手づかみで未だに食事する連合王国の女王陛下にもお勧めしてよね」
「確かに、カトラリーはあまり普及していないらしいわね彼の国は」
連合王国行を思い出し、再び気が重くなる。
「でも、レンヌは連合王国の影響も結構受けて来たでしょう?」
「百年戦争の頃は、王国派と連合王国派に分かれて戦っていたしね。ソレハ伯とレンヌ大公の対立も同じでしょう」
「レンヌの食文化は連合王国に伝わっているのかなと思ってさ」
蕎麦を使ったものではなく、普通に小麦粉で作る平たいケーキが主流であると聞くが、庶民はもしかすると蕎麦を使う似た料理をするかもしれない。
「お姉ちゃんもそのうち行くかもね。カ・レからすぐだし。商用で入国はさせてもらえると思うんだよね。ワインとか蒸留酒があれば」
「……王弟殿下が訪問する時期は外すと良いと思うわよ。警備が厳しい時期になるでしょうから」
「あ、お姉ちゃんだけ仲間外れにする気だ!!」
そもそも姉は仲間ではない。勝手に絡んで来たり参加しているだけである。
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