第488話-2 彼女は魔力の有無を理解させる
説得は簡単だった。勝者には食後のデザート一週間を提供するという内容であった。因みに、嫌がるカルには勝敗に関係なくデザートをつけることで説得した。
準備期間は三日間。その間、それぞれはどんな練習をしたか教えたり、聞き出そうとすることをリリアル生全員に禁止した。それぞれ四人に別れた二チームは、お互いに見えない場所で練習する事にした。
有組は中庭、無組は射撃訓練場……ベルンハルト以外全員嫌がっていた。当然、応援に行く女子もおらず。
「さて、どうなるか」
「結果は見えているのだけれど、答え合わせのようなものかしら」
一二期のリリアル生は全員が魔力持ちなので、どうとも思っていなかったのだが、「魔力持ちの俺強えぇー」ムーブのクソガキ三人に嫌気がさしており、魔力無組に全員が期待している。
三期生も当該三人以外は全員魔力無し組を応援している。そう、カルも話を聞かないキッズに嫌気がさしているようで、好きにさせるとのことである。痛い目見ておけ、俺だけ貰える隠しデザートで特に問題ないということらしい。
『結局、木剣か』
「安全に配慮しました感は大事でしょう」
刃の付いた剣を持たせて、模擬戦関係なしに怪我でもされては困るので、今回は木剣を用いる事にした。とはいえ、実際はダガーサイズが年少組には渡されている。やや長めの50㎝ほどなのは、スクラマサクス風に仕上げた為である。ショートソードの下限、グラディウス・カットラス並だ。
「おお、カッケェ」
などと、準備期間中調子に乗って振り回す三人を、女子が冷ややかに、男子が遠い目で見ていたのは言うまでもない。誰もがいつか通る道とでもいうのだろうか。
十歳の二人は、聞いたところでは実際に真剣を用いた訓練も初歩の段階だが受けていたようで、人を切った事はないが、吊るした豚の肉を真剣で切った事はあるのだという。豚の枝肉は人間の体を切る感覚に似ているとか。
今回の対戦は、魔力持ちと魔力無しの対戦という事だけでなく、新メンバーの腕前を確認する意味もあった。暗殺者養成所でどのような育成を受けてきたのか、その技術の片鱗でも見抜きたいと思ったのである。
「さっさとはじめようぜぇ」
「ま、俺達の勝ちは決まってるんだけどよぉ」
相変わらずの自信満々の三人組。そこから少し距離を取るカルだが、表情に変化は見られない。
「準備はできたか」
審判は伯姪、そして副審が蒼髪ペアの二人。角度的に死角ができないように複数でカバーすることになる。四対四の試合である故に、同時に対決が複数発生するからだ。恐らくは、ツーマンセル二組だろう。
装備は懐かしの革の頭巾と胴鎧。革の小手をつけ、厚手の冒険者用の服を少々詰めて身に着けている。年長者二人はともかく、下の子達は薬師組の女子たちが着ていた服でもブカブカであったからだ。
「模擬戦ルールを適用。首から上、臍から下への打撃は無効もしくは反則。刺突は可とする」
その昔、無名時代に騎士団の模擬戦で彼女も良くやらされた記憶がある。
事前に伝えられていたルールではあるが、最後の確認とばかりに魔力無組四人は役割を再度打合せ。魔力有組は三人と一人で相も変わらずだ。しっかりと打ち合わせをし鍛錬した四人と、余裕だとばかりに成り行き任せの三人と一人。これがどのような展開に変わるか、楽しみでもある。
「始め!!」
一対一の場合と同じ、10m程離れて向かい合った八人が開始の合図と共に動き始める。
「考えているわね」
「考えなしみたいじゃない」
彼女が指摘したのは魔力無組の動き。ベルハルトと最年少ロベルトが大外回りに走り、魔力有組の背後へと回り込む。完全にツーマンセルでの役割分担、そして挟撃の体制に入った。
伯姪が指摘したのは魔力有組の動き。傍観し、やがてバラバラに動こうとして言い合いになる。どうやら、作戦も何もなかったようだ。さもありなん。
「僕がベルを抑えるよ」
カルが背後の動きを抑えると三人組に宣言する。
「さっさと片付けようぜ!!」
「「おう!!」」
魔力キッズ三人が、元の位置に留まっていたゲッツとフリッツに襲いかかる。動きは単調だがかなり素早い。
「ナチュラル身体強化?」
「使えば楽に動けるのでしょう。養成所の訓練で自然に身に着けたのかもしれないわね」
リリアル一期でも赤毛娘がそうであった。重い水汲みをこなす為に、赤毛娘が自然と身体強化を扱えるようになり、魔力も相応に増えていたという経緯がある。
「おりゃぁ!!」
木剣を叩きつける三人。二人は背中合わせで背後をカバーし合い、攻撃に移ることなく、剣を躱しいなし続ける。
「おい、こら、逃げんな!」
「はは、こんな物かよ魔力持ち」
「なにぃ! 悔しいんだろ!!」
「こんなヘロヘロ剣、ベル兄ちゃんの打ち込みからすれば、しょんべんみたいなもんだ」
「ああ、くっせぇしょんべん剣だ!!」
「「「なんだと!!」」」
三人はてんでバラバラに魔力を込め身体強化を用いて二人に打ち込むが、動きも単純で、足捌き剣捌きもまるでできていない。受け止めるならまだしも、いなすだけなら、どうとでもなる。
魔力切れを心配し始めたのか、動きが鈍くなる三人組の一人が絶叫する。
「いってぇええ!!」
魔力壁は作ったが、その勢いまでは殺さなかった彼女である。背中から一撃を決められ、魔力壁に突飛ばされ地面を転げ回るマックス。残りの二人が驚き顔を上げる。
「な、なんでベルがいるんだよ!」
「カル兄は何やってんのぉ!!」
カルは最年少ロベルト相手に、攻めあぐねていた。剣を振り下ろそうとすれば体を寄せて受け流し、間合いを取ろうとすればチクチクと攻撃してくる。
明らかな時間稼ぎ。
「まあ、こんな感じよね。頭を使った魔力を用いない戦士に、頭を使わない魔剣士は簡単に負けるってこと」
魔装を使わなければ、多少の身体強化の差程度は、技術でどうにかできる程度の差でしかない。まして、雑な魔力操作と残念な魔力量の結果、既にカル以外は魔力切れとなり始めている。
「ゲッツ、フリッツ、攻めろ!!」
ベルンハルトの合図で、二人は攻勢に出る。一人で二人を囲む。同時に二本の木剣の攻撃を受け止められるはずもなく、あっという間に二人に撃破判定が出される。
カルはベルンハルトと対峙しており、カルが魔力を用いても、剣の腕だけでベルンハルトはカルを容易に上回る実力差がある。
「カル、痛い目に合って負けるか、痛い目に合わずに負けるか、選んでいいぞ」
「降参降参。まあ、魔力ったって、鍛錬していなければなにもならないからね。剣技だけじゃなく、魔力操作の練習もしなきゃだから、魔剣士は戦士の二倍練習しなきゃだからさ。いくら時間があっても足らないよね」
彼女を筆頭に、リリアル生は気にしたことが無いので当然なのだが、複数の技術を身に着けるには相応の時間がかかる。それぞれの技術を習得する時間に、組み合わせて生かす工夫をする時間。同じ程度の資質であれば、一つだけ学んだ方が成長が早いのは当然なのだ。
今の時点で、ベルンハルトがカルより優れているのは、本人が戦士として自覚をもって鍛錬してきたことに加え、これからはさらに差がつくことになるだろうと予想される。時間は有限だからである。
「魔剣士は大変なのよ。剣と魔術の両方の練習が必要で、だから単純に言えば、同じ年齢なら剣だけ学ぶ子の方が成長が早いの。魔力があっても技術が身についていなければ宝の持ち腐れよ」
主審を務めた伯姪が大きな声で伝える。剣士として鍛錬を重ね、リリアルに加わってからはさらに魔力を高め生かす鍛錬を続けてきた伯姪ゆえに言える言葉でもあった。
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