第482話-2 彼女は『リリアル宮』を知る

「リリアルが王都にも屋敷を構えるんですか?」

「王都の治安と防衛の拠点を再開発地区にリリアルの名で建設するという事になりますね。迎賓館との組み合わせを考えると、監獄のように見える外観は避けないといけませんね」


 碧目金髪はウキウキと、茶目栗毛は仕事が増えそうな気配がして少々表情を曇らせ彼女の話を聞く。


 前者は「王都に住めるかも」という期待であり、後者は「仕事が増える」という不安でもある。間違いない。


 実際、宮殿として作られる敷地の一部にリリアルの分駐所を置くという形になるのだろう。知名度も上がり、実際に様々な討伐実績を持つリリアルが王都の再開発地域と迎賓館に拠点を設けるという事は、治安維持にも対外的な牽制にも役立つ。


 また、王弟殿下の補佐役としても、また王都の社交に参加する場合にもいつまでも実家である子爵家に頼るわけにもいかない。


『副伯への陞爵とリリアル宮の件がセットになるだろ』


 対外的には、これまでの王国への貢献に対する褒賞として陞爵と城館建設地の下賜ということになるのだろうが、実際は王弟殿下の傅役を押し付け、王都に在住させ迎賓館の管理人兼守衛もさせる。さらには、『副伯』という伯爵に準ずる役割りを担わせることで、連合王国訪問時の副使もしくは実質的な代表として仕事を委ねることになるのだろう。


『子爵では私設の騎士団が持てねぇから、副伯にして前倒しでリリアルに騎士団を設立させるつもりかもしれねぇな』


 王の直臣である男爵・子爵に関しては、古くから封土を持つ家系を除き、領地を与えられることはなく、王領の代官に任ぜられることがほとんどとなる。文官である者は子爵で打ち止めとなり、伯爵となる場合は領地無の「宮中伯」となる。


 『副伯』の場合、その枷が外れ何らかの封土を賜り、騎士団を持たせることを王宮は考えている事も推測できる。


「子爵家が騎士を叙任することはできないけれど、副伯ならば可能というところかしらね」

『ギュイエが王国と別の領土だった時代は、伯爵が実質的には公爵並みに大領主だったから、副伯がその分家筋にいくつもあったんだ。百年戦争の前はそんな感じだったか』


 ギュイエ公国であった時代、王が公爵家であったため、大領主でも伯爵となる。王国では公爵が最高位貴族だが、公国では伯爵が最高位の貴族となる。副伯は王国においては実質的に『伯爵』の役割を果たす事になる。


「つまり、陞爵を一度省略しても実質伯爵の仕事をさせたいのよね」

『というより、体裁を整えないといまのまま男爵・子爵で仕事をさせる事は少々周りが煩いんだろうぜ』

「子爵の封土で伯爵の仕事をさせるのだから、王家は嬉しいのでしょうね」

『じゃあ、お前は伯爵の方が嬉しいのか?』


 男爵でも微妙なのに、伯爵になるなどというのは今の年齢と経験から考えて重たすぎる。それに、実家の爵位を越えるという事にも抵抗がある。


『副伯なら精々領都リリアルくらいで済むだろうし、封土となる街や村も多くはないだろう。予想はついているけどな』


 おそらく、過去に関わりのあった子爵が代官をつとめゴブリンに襲撃された村、加えて、人攫いと結託し隠れ家を提供していた王都東の村。村民全員が犯罪奴隷となった村である。この二村に少し加わる程度だろうか。


 猪討伐の依頼を受け、ゴブリンの村塞の発見につながった村もあった。『魔剣』が付け足すようにある場所の名を上げる。


『あの厄介な森も今は王領だよな』


 「厄介な森」とはワスティンの森である。王都に向け運河の掘削工事が始まる要地でもあり、魔物が多く住む化外の地でもある。幾度か依頼を受け、討伐を行ったが、『鉄腕』が潜んでいた城塞都市の遺跡あたりを改修し、開発と防衛の拠点とするように命ぜられるかもしれない。


 王都南方にあり、今のリリアル学院から南に下った騎士学校のさらに南に存在する太古からの自然が残る古い森だ。その先には……


「ヌーベ公爵領」

『あの怪しい反王家の生き残りの公爵領を抑える位置にあるのが、ワスティンの森だな』

「入口とも言えるわよ。あの森の魔物は、ヌーベ公領から放たれている可能性だってあるわ。それに……」


 今は鳴りを潜めているが、『鉄腕』がオーガ化していたことも気になる。自身で変化するとは思えないからだ。盗賊騎士に、そのような探求心があるとは到底考えられない。


「戦力が足らないわよ」

『だが、良い採取場所でもある。冒険者としての訓練だって日帰りで出来る』


 数年後、四期・五期とリリアルの魔術師が育ち、中等孤児院の受け皿としてワスティンの森の街の復興、運河掘削事業への参画などできれば雇用も生まれる。その辺りまで含めて、『下賜』されるのであれば、考えないでもない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 姉が「聖都」に到着したと知らせが来たのは、オラン公と王国の覚書が成立した二日後であった。ちょうど良いタイミングで、オラン公もトラスブルに向け軍を出立させるところであった。


「閣下、先に聖都にてお待ちしております」

「ああ。マリアの件、よろしく頼む」


 アンゲラを出るに際し、彼女は王弟殿下と宮中伯に断りを入れた上で、オラン公を聖都で公女と待つことを告げた。


 三人は騎乗し、再び聖都へと向かう。


「またお尻の痛い一日が始まります」

「慣れれば大丈夫になりますよ」

「硬いお尻の好きな男性なんていません! 絶対嫌です!」


 嫁にしたいリリアル生No.1(騎士団調べ)である碧目金髪。いつもは、タンデムシートの後ろか馬車にのるのだが、今回ばかりは一人で馬に乗ることを強いられている。ちなみに、横乗りではない。


「これから、騎士としての務めも覚えてもらうのだから、騎乗は必須よ。それに、騎士学校は半年の間の半分くらいは遠征ですもの。慣れておかないと」

「そ、そんなぁ……お尻が二つに割れちゃいます!」


 そんなもので済むはずがない。野営し、魔物や盗賊を警戒し、常に自炊しなければならない。周りは全員おっさん騎士である。


「騎士団で従騎士から騎士になる為に挑戦する人は、大概、既婚者よ」

「……え……」

「従騎士の時点で平民としては出世株ですもの。ニ十歳くらいで結婚してしまうみたいね。そもそも、騎士を目指す理由が冒険者を止めて自分の仕事の経験を活かして安定した生活をする為なのよ。一流冒険者が少ない理由は、結婚して引退するからで、その転職先の多くは騎士団なの」


 騎士団に所属した時点で結婚もしくは結婚前提の女性がいるという事になる。騎士学校に入校した時点で既に騎士に叙任される事はほぼ確実であり、半年間の入校期間前に結婚することが普通なのだという。騎士学校に入校中、新居を整えたりするらしい。


「ああ、騎士学校に夢も希望もありません」

「近衛騎士は若いわよ」

「……貴族のはしっこには興味ないので……」


 ルイダンのせいで、近衛騎士の株暴落中。


 近衛騎士は、実家の爵位を継げないもしくは次期当主を支える人材として認められ実家に残る事ができなかった者、聖職者となり地域と実家に影響を与えることができなかった貴族子弟の終着駅である。


 近衛連隊の士官になる道もないではないが、狭き門である。そもそも、それほど士官は必要とされておらず、尚且つ、連隊長が人事権を持つため自分の影響力が及びやすい同郷の貴族子弟を集めたりするので、それ以外の近衛騎士の場合、余程の能力が無ければ任官されない。


 ここで気が付くのは、実家の役にも立たず聖職者となるほどの頭脳もない、剣の腕にちょっと自信がある程度の騎士では、近衛連隊に呼ばれる事はまずないということである。決闘するか高位貴族の腰巾着になって過ごすしかない。


「先生は、どこでなら出逢いがあると思いますか」


 そんな重要なことが分かっていれば、彼女はとっくに婚約なり婚姻なり成立させている。聞くだけ野暮だろう。


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