第483話-1 彼女は公女をゆだねられる

 聖都への道のりは丸一日を要したのだが、「如何に幸せな結婚をするか」という話題で終日過ごす事となり、馬上に不平不満だらけの碧目金髪と、自分の人生の予想外の展開とこれから押し付けられるだろう仕事の不平不満に事欠かない彼女の間で現実逃避となる大いなる盛り上がりを見せた。


『まあ、そろそろ焦るよな貴族の娘なら』

「あたりまえじゃない。早い子ならもう母親になっているわよ」


 もうすぐ十七歳となる彼女であるが、姉なら既に婚約者を見つけて王都の屋敷の整理などを手伝っていた時期に当たる。会頭の婚約者として、ニース商会にも積極的に関わっていた。


 とはいえ、彼女の場合既に副伯・連合王国の副使に加え、新たにリリアル宮造成の仕事も追加され、リリアル学院と中等孤児院の仕事にさらに上乗せされた形になるので、それどころではない……というところなのだ。


『まあ、お前の旦那になる奴は、被虐癖でもなきゃ無理だな』


 彼女の仕事の量を見れば、並の男ならはだしで逃げ出すだろう。余程賢明な男か、余程周りが見えていない男でない限り、彼女の抱えている仕事と責任、周囲の評価を見て見ぬふりする事ができない。


 中途半端に優秀であれば避けられるか、嫉妬されるであろう。賢明な男は希少価値であり、尚且つ婚約者がいない彼女の仕事を支えてくれるような男は、砂浜の砂の中から金を探す程の難易度である。頑張れば不可能ではない。だが、そんな時間はない。


「愚か者を掴むくらいなら、独身でもいいかしらね」

『うんと年下の優秀な子を養子にするってのもある。小さい頃から育てれば、それなりになるだろうさ』


 幸い、魔力持ちの孤児と出会う機会は少なくない。リリアル副伯の養嗣子というのであれば、喜んで来てくれる子も少なくないだろう。但し、貴族の子弟から養子をとるのは、実家の影響力がリリアルと王都・王家に及ぼされることから考えにくい。王家からの打診があれば別だが。


「まだ考える時間ではないわ」

『それはそうだが、その選択肢もありだってことだ』


 いやだがしかし、彼女の婚活魂はまだ燃え尽きたわけではない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「お、妹ちゃんお疲れ様」

「……これからさらに疲れそうなのだけれど……」

「そいつは大変だね! お姉ちゃんに出来る事なら何でも手伝うよ」

「静かにしていてもらえると有難いわね」

「……それは無理!」


 落ち着きのない姉健在。ニース商会の商談室を借り、彼女は姉と公女マリアにこの先のことについて説明する。聖都まで同行したオリヴィとビルは護衛の仕事は終えたとばかりに退散したという。


 彼女は二人に、これから公女マリアをリリアルで三年ほど預かることをオラン公から依頼されたことを伝える。その間、魔力の扱い方・護身術、王都で社交を行い、ネデル貴族の一員として知見を深めることをオラン公が望んでいるという事を説明する。


「……では、母や弟たちとは別に暮らす事になるのですね」

「ディルブルクに公爵の家族が纏まっている事も危険なのだと思います。それに、

あの城では公女として相応しい素養を育てるにも限界があります」


 長男が総督府により神国へと連れ去られたという噂もある。そして、それはオラン公の立場を考えるに十分納得できる内容でもある。公女マリアが王国で拉致されることがあったとすれば、王国の面子を潰す事になり、帝国内の叔父の元から連れ去られるよりも問題となるだろう。


「王国が安全なだけじゃなく、王都で公爵の息女として社交をがんばれってことなんだよね」

「それと、原神子派に対する牽制ね。オラン公は王国と敵対するほど原神子派を支援するつもりはない。王家との信頼関係を優先し、宗旨争いに王国を巻込むつもりはないという意思表示ね」


 王家のお膝元で社交をするという事は、ある意味人質のようなものであり、また、ネデルの揉め事を王国に持ち込むつもりが無いという事を態度で示しているとも言える。宗旨より政治を優先したということだ。


「まあ、留学とか? 花嫁修業くらいのつもりで王都で過ごすと良いんだよね」

「公爵閣下の末弟であるエンリ卿も王都に滞在し、騎士学校で学ぶことになっていますから、昼間の茶会は姉が、夜会などのエスコート役はエンリ卿にお願いすれば問題ありません」

「ああ、エンリ君ね。いろんなところで聞かれるけど、まあほら、今はネデルも大変だから介添人をつけるかどうかって考えていたけど、マリアちゃんがお相手してくれるならそれが良いかもしれないよね」

「エンリ兄様と夜会に出られるなんて……とても楽しみです……」


 年齢的にも叔父というよりは兄に近いエンリのことを「兄様」と慕っている事がなんとなく見て取れる。家族の一人と言える「兄様」が同じ王都にいるのであれば、不安も多少軽減されるだろう。


「じゃあ、妹ちゃんもこの後は社交の場に出る事になるんだよね」

「……帰ったら色々ありそうなのよ……連合王国へも少し先に、王弟殿下と向かわなければならなさそうなの」

「……婚前旅行?」


 姉のつまらない煽りに、一瞬過剰に反応しそうになるが、これは姉が彼女を揶揄ういつもの口ぶりに過ぎない。そもそも、王弟殿下はオラン公に近い年齢だ。


「副使に任命されるそうよ。大使が王弟殿下で、介添人のようなものになるのでしょうね」

「へぇ、妹ちゃんは連合王国語話せるの?」

「日常会話程度ならね。半分くらい王国語じゃない」

「最近、古帝国語を混ぜるのが流行っているみたいだよ。あの国では」

「姉さま、いろいろとお詳しいのですね」


 いつのまにか公女マリアに彼女の姉は「姉さま」と呼ばれるようになっている。不敬ではないのか、主に姉の存在が。


「いやー もう一人可愛い妹ちゃんができて、お姉ちゃん冥利に尽きるね」

「私は引退してもいいのだけれど」

「それはないよね。妹ちゃんが生まれたから私、お姉ちゃんになったんだよ! 何が無くても妹ちゃんが第一だよね」


 何故か熱く語られる「妹ちゃん・ファースト」。どうでもいい、子供の頃のエピソード等を姉はマリアにつらつらと話して聞かせている。余計な事を言わなくていいのに。



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