第480話-2 彼女は『リリアルの塔』について考える
結局、報告書に関しては「ノインテーター」という魔物が帝国にはそもそも存在しており、恨みを持つ者だけが成る「レヴナント」のようなものである事。総督府軍が囲っていた者は、その中の特殊な個体であり、生前魔力持ちの不具となった傭兵や騎士などで、生前の能力に加え周囲の人間を「狂戦士」とする能力を持つものであると答えるのみにした。
また、戦場で出会った場合、討伐の難易度は高いものの、ノインテーター自身はオーガー並の戦闘力に過ぎず、狂戦士も接近戦を避け銃や弓などで攻撃を行う事で対処は可能であると記す事にした。
実際、『アルラウネ』に魔力を補給されなければ、その体内の魔力を消費した時点で『自壊』してしまうので、長期的に見れば危険度は低いと思われる。
そもそも、それほど多数の「ノインテーター」を戦場に投入できるのであれば、聖征だって成功してしまうだろう。実験段階であったのか、それとも上層部は魔物に力を利用することを良しとしない故に、現場で判断し投入していたものか、若しくは「裏冒険者ギルド」が利用するために戦場で実験していた可能性もある。
『詳しい事は分からねぇが、あの「草」から色々聞き出していくしかねぇよな。それと、薬草にどんな効果があるかもしれねぇから、それも検証するんだろ』
『草』の半妖精である『アルラウネ』は、祝福を与えられる存在であるなら、魔力の無い、若しくはとても少ない子達に良い影響を与えるのではないかと彼女は期待している。
「流石に、魔力が生えたりしないわよね」
『期待し過ぎるのはどうかと思うが、不死者を作り出す魔力を考えれば、その「葉」や「根」からポーションを作り、少しずつ摂取するとかで、不死者にならずに体内に魔力を蓄え、自力で作り出す事ができるようになるかもしれねぇ』
「若しくは、不死者にならずに一時的に魔力を持てるようになるとかかしら」
魔力を持たないが魔力を持ちたいと考えている人間を対象に、試験を行う事もありかもしれない。まずは、動物で試してみようかと考える。猪が『魔猪』になったとしても、リリアルには『主』がいるので問題ないだろう。
――― 『アルラウネ』の存在は内緒である
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恐らく、オラン公軍を王国が迎え入れたことに関して、神国とネデル総督府から抗議されるであろうことは予想に難しくない。
とはいえ、帝国においてもそれぞれの宗派は認められており、領内において領邦の君主が信仰する宗派をその領地の宗派とするものの、都市においては二つの宗派のどちらを信仰しても良いとされている。
つまり、村や小さな街はその領主と同じ宗教でなければならないが、都市においてはどちらでも良く、一時のように原神子派を異端として弾圧しないということが帝国において認められている。また、これは王国においても時期は異なるとしても同様となっている。
つまり、「原神子信徒」だからといって異端でもなければ罪人でもないのだ。
加えて、教皇庁も原神子派に対して一定の理解を示し始めており、王国が神国同様に原神子派を目の敵にして討伐するのは問題となる。加えて、神国も連合王国のように原神子派を国教とする国と断交する事無く、大使も常時滞在し重要な国として扱っているのである。
因みに、常任の大使設置を認めている国は、王国と連合王国のみである。
故に、国として原神子派を宣言している連合王国がオラン公を支援せず、神国に与する状況となっている。結果、現状ではネデルを逃げ出した原神子派の商人・職人が帝国領内の原神子派領邦と連合王国に移住しているのだが、ネデルの経済力を収奪している……と見る事もできる。
連合王国の首都リンデは未だ王都の三分の一程度の規模であるが、今の成長率を続ければ、数十年で王都に並ぶ大都市となる可能性がある。その原動力は、原神子信徒の商工業者の亡命であることは明らかなのだ。
「王国も下手な動きは出来ないと考えているのね」
「そういう空気みたいですね」
「近衛騎士も、王国内での傲慢な物腰は影を潜めています。威圧するというより、儀仗兵的な扱い。公にはできないけれど、オラン公を賓客として認めるための帯同のようです」
彼女はあまり気にしていなかったのだが、アンゲラ城内には見目の良い装備を身に着けた近衛騎士が多数配置されているのだという。その理由が先の内容である。
「貴族の子弟ばかりですもの、公爵閣下を出迎えるには申し分ないでしょう」
「それくらいしか役に立たないですもんね。あと決闘ぐらい?」
碧目金髪辛辣である。ルイダン……嫌われてますヨ。押しなべて、近衛騎士は家柄以外は騎士団の騎士や一流の冒険者に明らかに劣る存在であるというのは当人たちも良く認識していることだ。
そこに、王弟殿下からの呼び出しが入る。どうやら、オラン公が到着したので挨拶に立ち会って欲しい……ということである。
「承知しました。では、あなた方も同行してもらえるかしら」
「ええっ……」
「畏まりました副元帥閣下」
王国副元帥としての立ち合いである故に、彼女一人では格好がつかないと暗に示す茶目栗毛。この二人は、オラン公の滞在していたディルブルク城でも面識がある。
案内に従いオラン公との面談へと向かう。
案内された部屋には、王弟殿下と宮中伯、ルイ=ダンボア、オラン公、実弟のルイがいた。ルイダンはオラン公側の席に座っている。
「ご部沙汰しております閣下」
「リリアル男爵、久しいな」
リジェでの面会は無かったことになっているのだろうか。王弟殿下からは自己紹介と国王代理としての臨席であることが伝えられる。実務面は、宮中伯が担う事も合わせて伝えられる。公文書の作成など、王弟殿下には門外漢故に当然だろう。
「国王陛下はオラン公との友誼を忘れておりません。また、公爵からの依頼があれば、公女マリアを保護することも吝かではないと申しております」
懸案事項である二つを先に伝え、オラン公は安心したかのように頷く。
「であれば、詳細は後日にしても、暫く王国内に滞在させて頂く。武装解除はこの後にでも、王国側の監督者を立ち会わせて速やかに行おう」
「心遣い、感謝いたします閣下」
宮中伯は背後の従者に指示を出し、従者は退出していく。恐らく、アンゲラに駐留している騎士団をオラン公の野営地に差し向ける為であろう。オラン公が城内に滞在するため、オラン公の側近に対し、武装解除する旨の命令書を発行してもらい、実弟ルイがルイダンと共に帰営する。ルイダンはオラン公の身の安全を保障するための人質である。数人の近衛も同行するので、ルイダンとオラン公の命は等価ではない。
遠征が終わり、疲労の色濃いオラン公とルイだが、顔の険は薄れたような気がする。マストリカから総督府軍に追撃並走され、後衛を分断され優勢な敵に一方的に攻撃されたことからすれば、敗れたとはいえ直衛軍は維持されており、帝国内に戻り、今度は政治的な動きに専念することになると考えれば、命の危険はかなり少なくなる。
とはいえ、暗殺者は存在しており、オラン公が今回の遠征でネデルの原神子派を代表する高位貴族として一頭群を抜ける存在となったことから、危険度は上がったと言えるだろう。それを考えると、帝国内の原神子派都市を移動しつつ、国外から総督府と対決するというのは悪くない考えなのだろう。
「しばらく厄介になるが、よろしく頼みます」
「アンゲラ城内は安全に配慮しております。ゆっくりお休みくださいオラン公」
「では、明日お会いしましょう閣下」
彼女が挨拶しようとすると、オラン公が「あとで個人的な相談がある」というのである。
宮中伯にお伺いを立てるように視線を送ると頷かれたので、彼女はオラン公に後ほど部屋へお伺いすると伝え部屋を出る事にした。
「想像は付くのだけれど」
『厄介ではあるな』
オラン公の新たな依頼とそれはなるのだろうと彼女は想像していた。
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