第481話-1 彼女は『公女マリア』について依頼される

 夕食を取り、再び書類整理に明け暮れていると、オラン公の従者から訪問してもらいたいとの連絡を受ける。


 彼女は、碧目金髪を連れオラン公が滞在する部屋へと向かう。その部屋は恐らく王族が滞在するための貴賓室であるようだ。彼女の部屋の倍ほどもあり、調度も格段に良い。古びてはいるが。


「お召しにより参上いたしました閣下」

「堅苦しいのは抜きにしよう男爵。改めて遠征の依頼の件、それにリジェでの立ち合い、マリアを保護してくれた件感謝する」


 そう考えると、オラン公には沢山の貸しがあるという事になる。いずれ依頼とは別に返してもらいたいものである。


「それで、何かご相談事でしょうか」

「……マリアのことなのだがな……」


 公女マリアの保護に関してというのは想像通りであったのだが、その理由が問題である。


 公女殿下は二年ほど前に出会った貴族の子弟に恋心を抱いているのだというのだが、オラン公はこの事件が拡大する前、融和策として御神子信徒のネデル貴族で神国の覚えの良いランドルの貴族であるアルシュ公に嫁がせるはずであった。


 本人は既に原神子信徒となっており、宗派の異なる貴族の妻になるのは嫌であるし、恋心を抱くホーエンロ伯子息フィリップと結婚したがっているのだという。


「それで、ご依頼の件とは何でしょうか」

「駆け落ちというか、マリアがフィリップの元へと出奔しないように、リリアルで保護をして貰いたい。ニ三年すればこちらも落ち着くであろうし、エンリが王国を出る際に同行させようと考えているので、それまで滞在をお願いしたいのだ」

「……然るべき場所、例えば王宮などでお預かりすることも可能でしょう」

「それは不味い。王国の王宮で御神子信徒の影響を受ける、もしくは、原神子信徒としての宗旨を違えるような振舞いを身に着けても困る」


 王国は原神子信徒に寛容とはいえ王家は教皇庁の覚えもめでたい敬虔な御神子信徒である。そこで、親しく面倒を見て貰ったという事実が問題なのだという。


「リリアルは宗派は関係なく、魔力を持つ孤児を育てる施設ということであるから、王国に滞在していたとしても貴族の子女として良い環境であると言える」


 修道院のようなものだと解釈させ、そこで孤児の面倒を見る奉仕活動を行っていた……とするのだろう。


「マリア様の意思は問題ありませんでしょうか」

「さて、今の段階ではネデルに戻る事も、帝国に落ち着く事も出来ない。婚姻に関してもすべて白紙となっている。何も決まらない状態で、軟禁同様の生活をするくらいであれば、リリアルで魔術の勉強をさせてもらう事も悪くない」


 マリアの魔力はそこそこであるが、使えて困るものではない。時間と意欲さえあれば、一期生に伍せるようになるだろうか。


「宗派争いに関わらないとご本人が約束されるのであれば、お預かりいたします」

「そうか。本人は、自身の信仰を他人に押し付けるつもりも押し付けられるつもりもないのだ。そちらがかかわらないのであれば、特に問題はないかと思う」

「……承知いたしました。マリア様と閣下で確認をした上で、改めて『依頼』という形でお受けしてもよろしいでしょうか」


『依頼』であれば、強制力が働くのでその範囲において面倒を見る事は問題が少ないと考えられる。護衛兼教育係として王国滞在中の面倒を見るといった形で依頼を受ければよいだろう。


 とすれば、『聖都』で姉とマリアと合流し、オラン公と冒険者ギルドで指名依頼として処理してもらえば良い。トラスブルに向かう途上に聖都は存在する。日時の調整だけすれば、この件は問題ないだろう。


 姉が聖都に立ち寄るのはニース商会の支店の関係もあり確実である。商会と聖都の騎士団に伝言を残し、暫く滞在するようにしておけばよい。オラン公軍がネデルから出たため、暫くすれば姉たち一行も王国へ向かうことだろう。その場合、聖都経由でデンヌから王都へと向かうはずである。


「マリア様の教育にご希望はございますでしょうか」

「……王国風の社交を学ばせてもらいたい。デビュタントも経験させたいものだ」

「エンリ様が滞在しているのですから、エスコート役にも問題がございませんね。王妃殿下・王女殿下にも面識を得ておきましょう」

「おお、それは助かる。マリアの将来にも良い結果が生まれるだろう」


 大国である王国王妃と面識があるというだけで、社交では多いに面目が立つ。嫁入り先にも事欠かなくなるだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 挨拶をし、オラン公の居室を出る。


 オラン公のいつもの不敵で深謀遠慮な雰囲気がどこかおかしいと彼女は感じていた。


『あれだ、親馬鹿の類だ』


 確かに、目尻がやや下がり微妙に口元が笑っているのは……娘のことが好きすぎて自然と顔がほころんでいるという事なのだろう。


「人間味があっていいじゃない。原神子信徒はどうも、そういう面が感じられないから苦手なのよね」

『聖典だけあればいいってのは、ストイックすぎるよな』


 無駄だから排除してしまえばいいというのは、上手くいっている時に陥りやすい考え方である。原神子信徒はそういう意味で、強者の理屈なのだと思う。弱い者の理屈ではない。自ら律する、正せると思っているからこそ教会には聖職者などいらないと思えるのだ。


 教会は腐敗している面もあるが、不要なものと一蹴することは少なくとも正しいとは言えない。貧しいものに施し、病人の面倒を見るものは他にいないのではないか。ギルドに所属している親方あたりなら、ギルドが保証してくれることもあるが、それは特別な事だ。


「腐敗しているのであれば、腐敗している部分のみ切り捨てるべきでしょう。それ以外の役割りを何かが代替しないのであれば、教会が無くなった途端、救貧院や孤児院は無くなってしまうじゃない。そこは考えていないのよね」

『いねぇよな。何もしない善人より、善事を為す悪人たれってのが、きれいごと大好きな奴らには見えちゃいないのさ』


 リリアルは決して綺麗ごとの手段だと彼女は思っていない。誰かが片付け無ければ王国に降りかかる炎を払えないと考え、今のリリアルの運営をしている。でないと、騎士だ男爵だと名乗る事が恥ずかしいのだ。


『男爵やって、騎士の婿でも貰ってのんびりすりゃいいのにな』

「……そうはいかないでしょ。リリアルが無ければ個人で仕事を振られるのよ。きっと、今よりずっと大変だったはずだわ」


 自ら仕事を抱え込むスタイルの彼女である。それは、大変なことになっただろう。今は、少なくとも巻き込まれる二十人を超えるリリアルメンバーがいる。死なば諸共である。孤独じゃないだけ、気が楽だ。



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