第479話-2 彼女はリジェについて報告する

『ノインテーター』の能力の最大の問題は「狂戦士化」。これを、実際戦場で見た経験をもとに説明する。


「恐らく、二個小隊程度の効果範囲かと思いますが、『魅了』に似た能力で『狂戦士化』という能力を持ちます。痛みや恐怖を麻痺させ、主である吸血鬼の尖兵となり暴れるのです」

「……暴れる……」

「はい。ですので、殺せば死にますが、殺すまでの狂乱状態に一般的な兵士が巻込まれることで、戦列が崩壊することになります。騎兵突撃と同じ効果を、安価な未熟練の傭兵を用いて発生させる特殊な部隊が編成されるとお考え下さい」


 まさに、雪崩に巻き込まれるように戦列が押し流され崩壊する。予備戦力で穴が塞げればよいのだが、その空いた穴には溶けた鉄の如き狂戦士の集団が暴れ回っているのだ。


「野砲の射撃のようなものかな」

「いえ、その砲弾が戦列に命中した後、跳ねまわり廻りの兵士を倒し続けるようなものです」

「「……」」


 ノインテーターは単体としては『薄赤』程度の戦力であるが、部隊長となれば二段階ほど脅威度が上がり、『薄青』程度になるのではないかと推測する。この場合、一流の冒険者パーティー複数による討伐、若しくは、騎士団なら小隊規模での討伐対象となる。


「ゴブリンの群れなら百以上、複数の上位個体を含むという、小さな町や村であれば、壊滅するレベルだと思います」

「兵士でなくても同じことができると」

「ノインテーターが入り込み、周囲の人間を『狂戦士化』すれば、警邏の衛兵程度ではどうにもなりませんから。暴動に似せた攻撃も可能です」


 王都や王国の都市の中で、原神子派の集会を開かせる。そこにノインテーターを紛れ込ませ、まとまった数の『狂戦士化』を発生させる。そして、それらを先頭に暴れまわり、原神子は実効支配の街や村を形成させる。


 などということを、王国内で同時多発に為されれば、とても対応できない。


「未然に防げたと判断して良いだろうか」

「今はネデル内で活動している個体が残るだけだと思われます。それに、討伐した魔物による魔力の定期的補充が必要な存在ですので、今いる個体も時間の経過とともに死滅すると思われます」


 ならば一安心と、息をつく二人。可能性としては、『アルラウネ』を奪還しにリリアルに工作員がやってくる可能性もあるのだが、今のところアルラウネを運び出したことは知られていない。あった場所は適当に土魔術で荒して現況が分からなくなっているはずだ。


「リジェの件だけでなく、新型吸血鬼の討伐も良くやってくれた。表立って賞することはできないが、陛下には内々に奏上しておく。それと……」

「報告書は帰還の後、王宮と騎士団本部に提出いたします」

「リジェに関しては、協力してくれる可能性のある者のリストも頼む」

「承知いたしました」


 一先ず頭を下げ、御前失礼しますと席を立つのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 野営続きで流石の彼女も汚れ切って疲れていた。


「こんな時に、水の魔法や火の魔法でお湯が簡単につくれれば、さっぱりできるのでしょうね」

『……あー たぶんできるようになるぞ』


『魔剣』曰く、今回、火の精霊の加護持ちを救ったことで、彼女には『祝福』がついたのだという。


「私だけかしら」

『まあ、あの場の責任者はお前だったからな。それと、炎の大精霊様が知り合いにいるだろ? うまく育てれば加護まで行けるかもしれねぇ』

「水はどうするのよ」

『一緒に修行しろ』

「……」


 黒目黒髪と一緒に、水の魔術を沢山使えということのようである。




 魔装から騎士服に着替える三人。胴衣や手袋は魔装のものを身に着けているが、リリアルであると分かるように空色の騎士服を着用……すると目立つので、騎士学校用に作った騎士服を着用している。


「これを着て騎士学校に通っていたんですよね!」

「あなたたちも、それぞれ通ってもらうので、よろしくお願いするわ」

「あー 私はちょっとぉ……」


 碧目金髪は『騎士』になるのは少々抵抗があるようだ。このままいけば、軍人街道まっしぐらでもある。灰目藍髪はそれが望みなのだが、碧目金髪はそうではないので迷惑らしい。


「騎士の旦那さんっていいかもしれないわね」

「……騎士の旦那さん……」

「下級貴族の次男三男あたりは、継ぐものもないので近衛ではなく騎士団に直接入るみたい。あとは、冒険者としてそれなりに力のある人が安定を求めて入団するとか。貴族の子供だと二十代前半、冒険者上りだと二十代後半から三十前後ね」


 碧目金髪、騎士団で最も人気のあるリリアル生。だが、騎士でそこそこ身分のある者たちは既婚である。つまり、既に良い物件は売れてしまっている。ここで碧目金髪は考えた。


「半年間集団生活をして、そこで査定しろと」

「それで騎士になれば、ほら、相手の能力も分かった上で支えられるのではないかしら」

「つまり、大切にされるという事ですね」

「子供の教育にもプラスでしょうし、家庭教師の口もあるのではないかしら」


 騎士を辞め家庭に入ったとしても、家庭教師に侍女に護衛、スポットでも長期契約でも仕事は沢山ある。子育ての時期に合わせて仕事も選べる。

となれば……


「是非騎士学校に入校したいです」

「そうでしょう。あなたならそう言ってくれると思っていたわ」

「はい!」


 その会話を横で聞きながら、茶目栗毛は女とはかくも計算高いものなのかと深く理解することになる。




 連合王国への渡航の時期を考えると、騎士学校には早急に二人を通わせたい。従士より騎士である方が、護衛としても侍女としても同行させやすいからである。


 遠征の報告書を早急に仕上げ、灰目藍髪、碧目金髪、そして村長の孫娘を騎士学校に入校させるための推薦理由とするように考えた。遠征で実戦を経験、十分に騎士としての資質があるとした上、報奨として入学を許可してもらいたいといった内容である。


 王都に暫く彼女が落ち着く予定もある。ようやく、『中等孤児院』の設立の目途が立ったのだ。運営は王宮のとある部署が主に行う予定なのだが、彼女には中等孤児院の『理事』という役割がある。


 因みに初代理事長は……『王弟殿下』である。つまり、実質的な理事長は彼女が職務を務めねばならない。とは言え、リリアルのように一人で試行錯誤して作り上げる必要はない。


 それぞれの専門のコース毎に主任と講師たちがおり、それぞれの利害調整や進捗の差異のすり合わせなどの業務監督が主な仕事である。王都に滞在したとしてもさほど問題はない。


 それに加え、連合王国への訪問の為、大使との折衝や王宮での依頼も当然増えるのであるから、王都での仕事の為のスペースも確保すべきかもしれない。


『子爵家は手狭か』

「人の出入りを考えると、家に迷惑を掛けない方向で別に構える方が良いと思うのよね」


 子爵家は仕事場ではないし、子爵家と関係のない仕事の人間が出入りする事も好ましくない。できれば、中等孤児院の近くで比較的王宮とも近い場所……すなわち、再開発すべきスラムの中にでも新たな拠点を設ける必要があるかもしれないと、彼女は考えていた。


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