第479話-1 彼女はリジェについて報告する

 前回の報告では大幅に省かれた『リジェ』との関係、それと神国ネデル総督府が秘密裏に運用しているであろう新型吸血鬼『ノインテーター』についても掻い摘んで説明する。


 リジェとの関係はおおむね、司教領がネデル総督府による占領を回避し、帝国の中の領邦として生き残るために、王国が穏健な御神子信徒の国として国交を結ぶという内容になる。


「百年前のニース公国のような感じになるだろうか」

「いいえ、あくまでも帝国の領邦国家ですので、それよりは緩やかな外交関係となるでしょう。ニースは帝国皇帝の臣下に加わっていた時期があるとはいえ帝国を構成する領邦ではありませんでしたから」


 帝国を構成する領邦というのは、帝国議会に議席を持ち帝国の法を遵守する国のことである。例えば、ミランは帝国の総督が支配しているものの、帝国ではない。


「先ずは、司教領に赴き、条約の下準備からお願いしたいところです」

「窓口は……」

「姉が務めます。既に、交渉も済んでおり商会の支店を設置しております」

「……相変わらずの神速だな。では、ニース商会をカバーとして下準備を進めさせてもらおう」


 単純に姉がウロチョロして、いい店あったら買っておこうというだけの活動なのだが、リジェに取引の窓口を欲しているのは王都の商人にとってそれなりに需要がある話である。が、古くから独立した都市であり司教領の領都ということで、中々付き合える機会がない。


 今回は、リジェが包囲される状況で戦火が拡大しないようオラン公を仲介し、一部の野盗のような傭兵団を討伐した「貸し」が彼女にはある。暫くは当代の司教・参事たちとは良い関係が続くだろう。


 帝国において、領邦の宗派はその領を治める君主によるとされる。リジェ領は当然御神子信徒であり、リジェの市街に関しては御神子・原神子双方が認められることになるだろうが、メインツ同様に原神子は教会の設立は見送られることになるだろう。


 王国においても同様の取決めがなされているのだが、一部の連合王国・ネデルとの付き合いの中で原神子信徒となった貴族領以外では、帝国のように原神子派となる者は多くないだろう。


 八割が農民であり、また王家も長らく教皇を庇護してきた経緯もある。王家の力が大きく、貴族の子弟が聖職者として生きていくことも多い王国において、職人・商人に原神子派が増えたとしても、領地全体を原神子派とするには難がある。


 まして、神国がネデルで行っている異端審問に近い事を王国がしないとは限らない。今の王は穏健な政治を行っているが、次代の王太子はどうなるか。少なくとも、修道騎士団を討滅した歴史のある国である。


「リジェの件はこちらでニース商会頭夫人と打ち合わせをする。既に、王都にお戻りだろうか」

「オラン公の公女殿下を保護しておりますし、暫くネデルが落ち着くのを待ってから王都に帰還する予定です」

「……公女を保護。大丈夫なのだろうか」


 万が一、公女が害される事があれば、オラン公との関係は一転悪化する。


「オリヴィ=ラウスが同行しておりますので問題ないと思います」

「オリヴィ=ラウスとは誰だろうか?」


 王弟殿下は、姉が散々連れまわしていたはずの帝国の魔術師を知らないようである。避けられていたのだろうか。


「帝国の高位冒険者で、二つの精霊の加護を持つ方です。ミアン防衛戦に参加していただき、吸血鬼を共に討伐したことをきっかけに懇意にさせていただいております。王都滞在中は姉が社交の場にも連れて出ていたかと思うのですが」

「あの黒衣の美女だろう。赤みがかった金髪の美丈夫と対で見かける事があったな」

「ああ、一時期話題になっていた美男美女……冒険者であったのか……」


 ビルっちは元帝国皇帝の若き日の姿の生き写し、そして、オリヴィは身分ある家の生まれ。帝国の大司教・公爵とも懇意であり複数の選帝侯の後ろ楯を持つ存在である。


「帝国では『伯爵並』の扱いを受ける英雄的冒険者です」

「ほぉ、それは随分と凄まじい評価だな。一度是非お話してみたいものだ」


 王弟殿下の希望であるが、オリヴィが望むとも思えない。特に、吸血鬼狩りに関わりそうもない王弟殿下のコネは不要だと判断したと思われる。


「それは……」

「機会があればご挨拶をさせていただきます」

「……そうか。是非頼む」


 下手に紹介してオリヴィに恨まれても困るので、これは社交辞令である。




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 リジェの問題は宮中伯に丸投げし姉が更に丸投げされるとして、問題は『ノインテーター』である。


 彼女はリジェから南に下ったとある廃城塞が、新型吸血鬼の収容施設になっていたことを説明する。


「不死者を作り出せるとは」

「吸血鬼が吸血鬼を作り出すことは出来るようですが、簡単ではない……ということのようです。自らの能力を分け与える為、次々に従僕を増やせないと。しかしながら、この新型は、魔力を多少持つものが半死の状態でとある魔物に魔力を与えられる事で変化し、生み出されます」


『アルラウネ』のことなのだが、これは隠す事にする。後日、その存在が知られた場合、やり取りが面倒であるからだ。王国に邪悪な試みを持つ者が皆無とも思えない。


「その魔物は既に討伐済みです」

「「おお」」


 討伐してリリアルに引き抜いたのである。毎度のことだ、嘘ではない。


「ノインテーターは吸血鬼・喰死鬼・スケルトンなどと異なり、首を刎ねても死滅しません」


 不死者の討伐の一つの定石である手法が利かないというのは、討伐の難易度が格段に上がることを意味する。


「では、リリアルはどうやって討伐したのだ」

「首を刎ねたのち、胴体を魔法袋に収納。首だけを捕獲しました」

「「……」」


 首だけの状態になれば大した抵抗は出来ない。口の中に銅貨を押し込めば無事死滅するのである。


「捕獲したサンプルがおりますので、後日、興味があるのであればリリアルにお越しください」

「あ、安全なのか?」

「オーガないし、オークの上位種程度の能力ですので、一流冒険者以上の能力を持つものであれば対応可能です」

「……止めておこう」

「ま、まあ機会があれば頼もう」


 一流冒険者のハードルがリリアルではかなり低いのである。



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