第478話-2 彼女は訓練所破壊の報告をする
報告は核心部分へと向かう。
「大円塔の地下に施設がありました。そこでは、バフォメットの像を飾った祭壇が設置されており、何らかの儀式を行っていた形跡がありました。最近のものではなく、百年以上昔のものではないかと推測されますが」
「「バフォメット……」」
宮中伯は一瞬驚いた眼をした後、苦い顔をし、王弟はその名前に聞き覚えがなかったのか『それは何だ』という表情をする。
「バフォメットというのは、ニ百五十年程前に王都において『異端』として裁判にかけられた修道騎士団の騎士達が信仰していたとされる異教の神の名です。山羊の頭、女性の体、カラスの羽を備えた魔神のような見た目をしています」
回収をしたのかという宮中伯の問いには「否」と答える。異端者扱いされたくないのである。
「男爵は良く知っていたな」
「子爵家の書庫にそれにまつわる記録があり、目にしたことがあります。それに、修道騎士団にまつわるアンデッドを討伐したことがあります。王都の共同墓地の地下墳墓でです」
騎士学校の遠征の時期、伯姪、カトリナ主従と四人で探索したあの事件だ。
「それと、教会には帝国語の活字印刷された『聖典』が置かれていました。これは回収しております」
「まあ、あの組織が商人同盟ギルドと関係が深いとなれば、原神子信徒として教育するのだろうな」
「加えて、原神子信徒として王国内に入り込み、事件を起こし宗派対立を煽り王国を混乱させようとする目論見も考えられます」
三人でしばし無言となる。その背景には……修道騎士団の影。もしくは、単なる偶然の一致の可能性もある。廃墟となった元修道騎士団の城塞を暗殺者ギルドが借用し施設を運営していたという可能性。
上から下まで同じとは思えないが、王国を標的とする破壊工作を行う組織が元修道騎士団の構成員を基に脈々と続いていると考えれば、狙う理由さえ動機づけできれば、あとは実行したがる存在には事欠かない。
容易に提供できる手段を提示し、それを王国に行使する心理的な壁を低くすることで、周辺国の干渉を容易にすることが、この組織の目的なのだろう。
「つまり、非常識な嫌がらせ集団か」
「いえ、私たちが忘れていても、修道騎士団の末裔を自負する存在は、忘れることができないのでしょう。自身の存在意義の問題です」
王家や彼女の子爵家のように、存在する意義を明確にしている家系がある。それは、歴史の表だけでなく裏にも存在するという事だろう。修道騎士団を異端として裁き滅ぼした王国を決して許さないという家系が、商人同盟ギルドや連合王国・帝国・神国には存在するのだろう。
「それを考えると、益々、男爵には連合王国に足を運んでもらわねばならない」
宮中伯が不吉なことをさらりと述べる。
「小娘が連合王国に向かって何ができますでしょうか」
「外交使節の一員だ。自らの目で彼の国を見、また、外交的なやり取りのできる相手を見つけ出してもらいたい」
「……我が家は外交の家ではありませんが」
「それはそれ、これはこれだ。率直に言って、男爵の名を利用したい」
それは理解できる。今までも利用されてきたのだし、これからもついて回る話となるだろう。
「準備期間は一年ある。その間に、連合王国の外交官、今は王国大使をしている男を紹介する。身分は男爵よりやや低いが、女王の側近中の側近に仕える男だ。彼を通して、連合王国を知り知己を得て欲しい」
何もない所で「やれ」と言われるよりははるかにましだが、今までの冒険者に毛の生えた程度の内容とは一線を画するだろうか。
「高位の冒険者には、こうした依頼も珍しくないと聞くがな」
「では、ギルド経由で指名依頼を」
「男爵、これは王国に仕える貴族としての任務だ。それに、この先の話だが……王都に戻り次第、陞爵の話が出ると思う。王弟殿下の副使に男爵では少々つり合いがとれないという表向きの理由だ」
叙勲はしたものの、竜討伐の後の褒賞は特に何もない。今回のオラン公の件が王国の安定・原神子派信徒の活動の鎮静化に繋がれば、問題なく爵位を上げたいのだという。
「王族や公爵と会話するのに、男爵では少々政治家としては爵位が足らない」
「……私は政治家ではなく、貴族の娘に過ぎません。精々が、冒険者です」
彼女は強い口調で否定するが、もうそういう段階ではないのだと宮中伯が話を続ける。
「それは、男爵の視点だろう?」
他者の視点から見ればどうだろうか。王国において、王家の次に有名なのはまぎれもなく彼女である。それは自身が良く知っている事だろう。当然、これは外国においても同様である。
「名も知らぬ伯爵が出てくるより、リリアル男爵が……いや「副伯」が出てくるほうが、相手もカウンターパートとして相応の人物が出てくる。男爵は、既に国の重鎮と見られているからな」
「……聞いておりませんが」
「王族と気軽に会え、様々な便宜を図られているのにか? 王家の恩情はそれほど軽いものではないと思うがな」
「……」
つまり、知らぬ間に重鎮扱いされ、安い手当でこき使われる定めということであろうか。少々納得いかないのだが。しかし、『副伯』とは聞かぬ名である。
「副伯とはどのような爵位なのでしょうか」
「私から説明しよう。副伯というのは、今はほぼなくなった爵位だが、大きな伯爵領などで設けられた伯爵の代理人となる爵位だよ」
王弟殿下が説明する役割なのだろう。嬉々として説明をし始める。その昔、古帝国時代の役職を踏襲し、都市を中心とする一定の範囲を『郡』とし、その地域を王の代理人として差配するのが『伯』という役職であった。
複数の『郡』を有する大部族の長は『公』と呼ばれ、王に並ぶ存在と考えられていた。今の王家が『伯』から始まったのは、旧王国の王家が『公』の一つの家系であり、その宮宰の家系であったゆえである。
『公』ほどではないが、複数の都市を有する『伯』は、自分の代わりに都市を差配する代理人を設けた。これが王国では『副伯』とよばれる爵位であり、帝国では『城伯』と呼ばれた。一つの城塞を預かる故の命名だろうか。
男爵は「諸侯」と呼ばれる王の直臣の名称であり、侯爵は、『伯』が異教徒の住む地域と接する地域を治める場合認められた独自の軍政を引く権限を与えられた爵位を意味する。
敢えて、古風な『副伯』という名称を与えたかというと、連合王国には子爵位というのは百年程前には無かった爵位なのだという。王と伯と諸侯しかいなかった時代が長く続き、王の分家が『公』と呼ばれるようになったのだという。
「副伯は王国の歴史を示す爵位であると同時に、「伯爵並」という意味を添えたものになる」
いきなり男爵を伯爵にする事は難しいが、伯爵並に扱わせることができるとすれば、伯爵の代理人である「副伯」とする事はどうだという提案があったという。どこかで聞いた副元帥もそんな理由で設けられた、彼女専用の位階である。
「子爵はあまたいるが、副伯はリリアルのみ。そして、子爵と伯爵には差があるが、副伯は子爵並みであるとはいえ、伯爵と同じ扱いをする……という誤魔化しだね」
身もふたもない王弟である。
「率直に言って、男爵では女王陛下に直接目通りすることも、直答を許されることもない。また、公爵である王弟殿下の副使が男爵というのも困る。それに、王家はリリアル男爵に随分と借りがある」
「いえ、臣として当然のことをしたまで。今のままで十分です」
つまり特別な褒賞に値するようなことは何もないと反論するのだが……
「男爵を賞さなければ、他の大した手柄のないものは、一生、褒賞されなくなってしまうだろう。それは、王家としては困ると思わないか。それに……」
宮中伯の言わんとする事は理解している。爵位に見合った功績を立てろと暗に要求されているのである。言われなくても十分に彼女は活躍していると思うのだが、まだ足らないらしい。
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