第九幕『ネデルからの帰還』
第478話-1 彼女は訓練所破壊の報告をする
アンゲラ城に到着したのはすっかり日の落ちた後であった。あまり大勢で大聖堂を占拠するわけも行かないので、無理をしたという面はある。リリアル生だけで二十人、保護した子供が二十二人の大所帯だ。
「流石に疲れました」
「先生はご挨拶に向かわれますね。僕は、馬を預けに行きます」
「お願いするわ」
茶目栗毛は厩舎に、彼女は碧目金髪を従え、まずは王弟殿下と宮中伯に帰還の挨拶に向かう。城外に天幕など見られず、オラン公の軍はいまだ到着していないように見受けられる。
領主館にある執務室。主は王弟殿下であり、宮中伯は客室を利用し執務室として当てているが、この時間は王弟の執務室で打合せ中という。案内の従者が先導し、彼女の帰還を伝えている。
「無事で何よりだ」
「リリアル男爵、作戦は成功か」
「はい。商人同盟ギルドが運営すると思わしき、暗殺者養成所の討伐・破壊を実施し、無事完遂いたしました」
王弟殿下の顔が微妙に引き攣る。宮中伯は、彼女の戦果報告を間接・直接に聞いたことがあるので「当然」といった雰囲気である。
「詳細を」
「内容は後日書面で王宮に提出いたします。院長及び年少の訓練生二十二人を保護しました。うち六名は氏名出身地などから攫われた実家に連絡を取り、親元に返せる予定です。残り十六名は、一時リリアルの寮にて保護をし、事情確認を行い、一年程度の経過期間を置いてリリアルの本科生とするか、従卒、もしくは関連組織に見習として出向させる予定です」
宮中伯はなるほどとうなずき、王弟殿下は彼女の立て板に水の報告に
眼をシバシバとする。
「味方の損害皆無。守備兵二十四人、教官二十名前後、教導済みの暗殺者訓練生四名を討伐しました。冒険者ギルド所属の依頼により滞在していた冒険者一名に関しては、本人の弁を信じ、解約解除という事で放逐しています」
「……討伐の必要を認めずという事か」
暗殺者ギルドの構成員とすれば、彼女達の仕業と特定される証人、証拠を残す事に問題はないかと宮中伯は問う。
「『火』の精霊の加護持ちでしたので、保護すべき訓練生及び、リリアルの薬師の安全を優先する為、見逃した次第です」
火の精霊の加護持ちは、所謂『
「なるほど。それは賢明だ」
「貸しとしておきましたので、そのうち返してもらう予定です」
「ならばよい。殿下、なにか男爵に聞きたいことはございますでしょうか」
王弟殿下は、この目の前の可憐な少女が自身の兵を率いて短期間に敵地へと侵入し、暗殺者の訓練所を破壊し、子供たちを救出したという報告に現実味を感じていなかった。
「その、施設は……どのような状態になっているのか」
「躯体である石造の城塞は破壊することが困難でしたが、内部に構築された教会・職員・訓練生用の居住棟は全て焼却しました」
「……焼却……」
「はい。特に、職員に関しては暗殺者を引退した者が多いと判断しましたので、リリアルの損害を鑑みて、居住施設を外側から封印し、建物ごと破壊することで討伐しました」
報告を受ける二人の顔が疑問を投げかけてくる。
「なにをどうしたのか……具体的に報告を」
「土魔術で開口部を塞ぎ、脱出できないようにしたのち、抵抗する力を削ぐ為に内部に魔物討伐用の煙球を投入。発生する煙で呼吸等を困難にさせ、弱体化させました。
明るくなり、訓練生の子供を保護した後、建物全体に油を播き、着火。そのまま飛び出してくる教職員を警戒しつつ、躯体が崩れるまで確認しております」
つまり、生きたまま建物ごと焼き殺した……という報告である。
「相変わらず、敵対者には厳しいな男爵」
「当然です。恐らくは、王都を騒がせていた人攫いの組織ともつながりがあるでしょうから。レンヌ・ルーンやロマンデでも活動していたのではないかと推測されます」
「つまり、連合王国と商人同盟ギルドと人攫い・暗殺者組織が同根であると考えるわけか」
「連合王国に協力者がおり、それが高位の存在であるとは思います」
ルーンやロマンデ、ソレハ伯との関係を考えても、女王本人ではないにしろ、協力者は政権中枢部にいる存在であると思われる。むしろ、安定した関係が継続しているのであれば、政権の交代に関係なく外部と繋がる存在があると言えるだろう。
『国務卿とかそういうやつらか』
国務卿とは、対外関係を司る仕事であり、王宮においては目の前の宮中伯が務めている。司教職を持つアルマンであるからこそ、務まる役割ではある。外交において、御神子教会の関係というのは様々な面でプラスとなる。
回収した資料は、一時的にリリアルに隣接する駐屯地経由で騎士団本部に提出。所長は聖都騎士団において現在尋問を受けさせている事も会わせて報告する。
「所長はどんな人物だね」
「……恐らく、錬金術師か薬師あがりでしょうか。毒殺の専門家で、既に毒物を長年扱ってきたことで体を悪くしているようです」
「だから、所長職か」
「それと、実験設備が整っておりましたので、現在でも精製などは手掛けているようでしたので、現役ではあるようです」
「なんと! 暗殺者の毒か。恐ろしい」
王弟殿下の話は、貴族の夜会で交わされそうな内容であり、今一つ緊張感に欠ける。
「恐らく、遅効性の長年摂取することで徐々に体を弱らせるタイプの毒物を得意としているのではないかと思います」
「ふむ。近年、食事のあと突然苦しみ出して死ぬような事件は発生していないからな。体質か、呪いか、持病かなどと考えあぐねている間に衰弱して死ぬというような、一見暗殺には思えない方法を取るのであろう」
長く体の中に残り徐々に体を害する毒は、解毒も難しいし、気が付くことも難しい。料理人を定期的に替えるであるとか、そもそも食事の量を少なくするという方法もあるのだが、主人の食べた残りを使用人が食べる文化もあるため、暗殺者自身が食事を共にして死ぬ可能性もあるので、むしろ、主従で別の食事を取っている進歩的貴族が注意する必要があるかもしれない。
「資料から、現在実行中の暗殺案件が見つかると良いのだが」
「少なくとも、追加の毒物は生成されなくなったのですから、多少の改善には繋がると思われます」
レシピは秘伝のはずであり、所長の代わりに同じ毒を即作れるとは思えない。でなければ、あの年まで所長が生きている事自体不思議なことになる。大切なことは頭の中にだけ残す事が、長生きの秘訣だ。
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