第476話-1 彼女は『加護持ち』と対峙する
残り二人。誰が相手をするか少々悩んでいるところなのだが……
「二人一遍でいいわ」
時間も勿体ないので、彼女が相手をしてさっさと終わらせることにした。職員の居住棟は屋根が抜け落ち、そこから炎が立ち上り黒煙を上げている。少々、キナ臭く、いい加減この場を去りたいと思っていた。
「さっさと剣を取りなさい」
手枷足枷を外された二人に、彼女が冷たく告げる。先の二人の剣技を見ても、特別優秀なわけでもなく、魔力の使い方に関しては練度不足も甚だしかった。恐らく、軽度の身体強化程度で無双できたので、実力有とおもい慢心したのだろう。
若しくは、伸びしろなしとして消耗品扱いであったのかもしれない。残して育てる必要性を全く感じないので、職員同様処分確定である。ところが……
「なんだ!」
背後の居住棟の屋根から、一塊が飛び出してきた。
「「きたきたきたきたぁ!!」」
生き残りの年長組二人が大声をあげ喜んでいる。とりあえず、剣を一閃、二閃し二人を黙らせる。
『ありゃあ』
「火に耐性がある……火の精霊の加護持ちかしら」
『おそらくな』
火の精霊は自然界において希少な存在である。最も多いのは土、そして水。かなり離れて風、そしてほとんどいないのが火である。自然現象で見て、火や炎といったものがみられることがあるだろうか。
山火事がないではない、時に落雷などで木が燃える事もある。もしくは火山が噴火したりすることもある。だがそれは非日常的な現象だ。野生動物が火を恐れるのは、熱いから以前に見たことがないからである。
自然現象由来の精霊、その中でも、人間に加護を与えるまでに深い関係性を持つ存在は、土や水が圧倒的に多く、そしてかなり下がって風となる。例えば、風を大切にする船乗りや船を用いる商人などがそれに該当するだろうか。
雷は畏怖の対象であり、多くの古代の宗教において主神もしくはその眷属とされる事が少なくない。大きな音、天が崩れるのではないかと錯覚するほどであり、その雷光・雷鳴は恐ろしいものだ。そして、落雷の後は見るも無残に焼け焦げた立ち木や、焼け焦げた生き物の死体が見える。恐ろしい。
火の精霊を祀る集団が無いわけではないし、拝火の習慣がある部族も存在するのだが、それはこの地では珍しい。
「火の加護持ちなんて、レアね」
「火事でも死なないなら、火事場泥棒しほうだいじゃない。怪しきは罰しましょう」
暗殺の最後に証拠を残さないために放火するという手段がある。大火に見舞われ、街の大半が燃え尽きるまでの大火災になる事も少なくない。密集した壁で囲まれた都市では、途中で消火することは難しい。
石造りの建物が推奨されるのは、火事により街が燃えつくされた経験から来るのだろう。王都でも、将来的に木製の外板を使う建物が禁止される予定であり、これは、災害対策に他ならない。
既に、東方のルシ国の首都において、二十年ほど前大火災が発生し王宮の火薬庫が爆発したという話も伝わっている。その死者三千人、被災者は八万人とも言われている。
「暗殺者って、加護持ちも利用されるのね」
どこが加護なのだろうかと言いたい。個人的には加護であろうが、多くの人間にとっては『災厄』ではないだろうか。
折角なので、彼女は灰目藍髪から『魔装槍銃』を借り受けることにした。間合いが長い事は良い事である。
相手はかなりの大男である。ビルよりも少し大きく、恐らくは『ゼン』に近い巨漢。そして当然頭髪は……
「禿げ!」
「やっぱ燃え上がった!!」
指をさす女子たち。
「「「「「「ハゲだ!!」」」」」
「ハゲじゃねぇ!! 剃ってんだよぉ!! あと、デコが広いだけだぁ!!」
本人、気にしていたようである。
『お前、この手の暑苦しい奴とは大概対戦するよな』
「……生徒たちに任せるわけにはいかないじゃない」
好きで応対しているわけではないと強く主張したい。
仮に炎の男と名付けよう。斬り殺されている四人の年長組をちらりと見て、何やら嘆息する。
「容赦がないという事か」
「いえ、更生の余地のないものに厳しい……というだけです」
「なるほど」
一瞬、背後の燃え崩れようとしている職員居住棟に目を向け、納得したような顔をする。
「俺は死にたくないんだが」
「偶然ですわね。私もです」
彼女はにっこりと笑顔で答える。何がおかしいのか、体に似合わぬフヒヒと言った笑い声を立て、男が彼女に話しかける。
「俺は暗殺者じゃない」
「でも、火の加護持ちですよね。焼け死なない、かなりの加護持ちのようですが」
「まあな。おかげで冒険者ギルドでもそこそこ稼げる」
冒険者ギルドからの依頼で、教員としてここに派遣されたということだろうか。
「それに、俺の本職は異端審問の捕り方だ」
「冒険者は副業」
「いや、冒険者であったのだが、総督府で職員に採用されたんだ。冒険者ギルドの依頼を受けてもいいって条件でだから、無断欠勤ではない」
なるほど。見た目はただの筋肉禿げだが、中々に生真面目な様子だ。
「お前らは何者だ」
「王国の冒険者です。暗殺者の訓練所の討伐依頼を受けてここに来ています」
「あー 色々やらかしてんだろこいつら。わかるわ」
長く滞在していたわけではないが、職員同士の会話の中で、様々な工作活動での自慢話が聞こえてきたようであり、王国での仕事に関しても男は耳にしていたようだ。さて、守秘義務というものはないのだろうか。
「俺は神国に仕える身、正確にはネデル総督府だけどよ。そっちは王国で、俺になんかあれば、そっちで問題になるんじゃねぇの?」
これは恐らくハッタリだ。依頼を受けたのは男個人であり、総督府の仕事で来たわけではない。
「解放するのに条件があります」
「……なんだ。試合でもしろってのか」
「それは貴方が希望すればですね」
彼女の挙げた条件は、暗殺者ギルドの職員たちが話していた会話の内容に関して、聖都の騎士団の取調べに協力してもらいたいということである。
「数日、聖都で過ごしていただき、その後解放……というのではどうでしょうか」
「……俺にメリットがねぇ。ここでお前ら叩きのめして家に帰る方が近道だ」
よく見ると、眉毛もない男が凄んでくる。少々怖いかもしれない。
「ねえ、このまま終わりでいいんじゃない? この後の予定もあるのだし」
伯姪が間に入る。この男の言う事が事実であれば、大した情報を得ることは出来ないだろうし、証拠としても大した意味はない。また、この男を護送する為の人員を配するのも手間である。
「名前を聞いてもいいかしら」
「先に名乗るのが筋だろ」
確かにその通りである。彼女は、冒険者名を名乗る。帰ってきた答えは。
「あんたがアリーか。ちょっと聞いたことのある王国の冒険者だな。まあ、こんだけ徒党がいれば手柄は立てられるのも納得だな。腕も悪くない。俺の名は、ロベール・カルロだ。ロックシェルに来ることがあったら声を掛けてくれ。飯ぐらいおごるから」
ということで、禿げマッチョとの一戦は見送りとなった。火の加護持ちとの対決に興味が無かったわけではないが、多忙な彼女にとっては先を急ぎたいのである。
所長室の捜索から戻ってきた黒目黒髪・赤毛娘・茶目栗毛に……半死半生の所長『ギュンター』を回収し、二台増えた馬車を率いてまだ登りきらぬ朝日の中、リリアル一行は暗殺者訓練所であった施設を出発した。
当然、引き払うに際し回収できる資材は回収し、それ以外の物は全て燃やすことにした。
教会にはやはり、『帝国語』の聖典が揃えられていた。
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