第475話-2 彼女は『職員区画』を焼く

 背後では黒い煙を上げる職員の居住棟、壁で繋がっている訓練生の居住棟にも火が移り始めている。


「馬と、鍛冶の道具を回収して頂戴」

「もう終わってる。後はいらんものばかりだ」

「この剣は……」

「いらんものだが、使うんだろ?」


 癖毛とリリアル男子が馬を中庭に引き出して来てくれた。六頭ばかりであるが、その内二頭は『軍馬』のようである。


「この鶏とかどうしますか?」

「このままね。運が良ければ生き延びて行けるでしょう。連れてはいけないわね」


 歩人と癖毛に城門塔の前の跳ね橋と通路の修復を依頼、黒目黒髪と赤毛娘、茶目栗毛に所長の部屋にある書類・書物・錬金術師としての道具の回収を頼む事にする。


 戦馬車の中に年少・年中組を乗せ、脱出の準備を始める。幸い、怪我や病気の子供はおらず。また、中に残されている子もいないと言うので、問題なく出発できそうである。


 問題は……


「で、俺達どうするつもり?」


 年長者四人組。これをそのまま野に放つのは問題であるし、殺すにしても何か意味のある手を考えたい。とはいえ、ガルムがいるので剣の練習相手というのはあまり意味がない。


「ちょっと『剣闘士』の真似事でもしましょうよ」


 癖毛が持ち出した役に立たなさそうな剣。そして、見極め終了後の暗殺者ギルド所属の駆け出し冒険者。これを組合せると……剣闘士の試合の再現を行う事に伯姪の脳内では組み上がったようである。


「古帝国のそれよね」

「それそれ。ギルドの駆け出し暗殺者の実力を確認するために、私とあなたと……」


 何人かの冒険者組で真剣で手合わせして、腕前を見るということだろう。死亡遊戯的何か。


 彼女は暫く考えてから、その案を是とする。


「教官の腕を見ることは出来なかったのだけれど、生徒の腕前を見れば凡そ見当がつくかしらね」

「つくつく、さっそくやりましょう!!」


 伯姪はやる気満々である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 戦馬車は銃眼から覗くことができる。見えるように並べ替え、四人の見極め済み暗殺者見習(傭兵)とリリアル選抜の剣闘試合が始まる。


 真剣を持たせる為、戦馬車に銃手を待機させ、別途赤目銀髪と碧目金髪に弓と銃で狙いをつけさせた状態で開始するものとする。


「一人ずつ、腕前を見せてもらえるかしら。もし、こちらの相手にて傷を負わせることができたなら、ここで逃がす事を誓いましょう」


 逃がしても追跡して討伐するつもりなのだが。


「よっしゃ!!」

「全員、逃げ切ろうぜぇ!!」


 ウェイとばかりに盛り上がる暗殺者見習達。たぶん、あまり優秀じゃないからここに留め置かれたのだろう。


「それと、余計なことをすると試合の前に命を頂くことになります。注意して頂戴」


 彼女は剣を抜き、『雷燕』を発動し斬り飛ばして見せる。


「誤って鍵を外す時に、こちらのメンバーを人質に取ってもその場で首を刎ねてあげるから真面に対戦してもらいたいわね」


 と、一応身の程を弁えてもらう。


 使う剣を地面に突き立てる。


「最初は私でもいいかしら」

「お願いするわ」


 先鋒は伯姪。片手曲剣のみを持ち構える。相手は、青目蒼髪ほどの背丈、伯姪より頭一つ背の高い色の浅黒い少年。かなり鍛えた体をしている。暗殺者としては今一だが、傭兵としては有望そうではある。


 手枷足枷を外してもらい、中庭中央に差してあるロングソード風の片手剣を手にする。剣を握り左右に廻しながら肩の動きを確かめるように剣を振るう。


『お、中々鍛錬できてそうだな』


 剣闘士よろしく、右手に剣を構え、左手を前に突き出すようにしジリジリと伯姪との距離を詰め始める。


「では、始め!!」


 慌てて試合開始の合図をする彼女である。




 剣を構えることなく、だらりと下げてそのままおもむろに前に出る男。


 伯姪は中段に剣を突き出すように構える。剣があと少しで男に届く瞬間、体を捻り、剣の横をすり抜けるように接近し、伯姪の脇腹に剣を突き立てるように振るう。


 Kinn!

 

 伯姪の胴衣は布製にしか見えない。軽装の革の胸当てのない脇腹を剣が貫くはずであった。


「ごめん、その程度の腕じゃ乙女の体は貫けないのよね」


 魔力を通した護拳を、目の前の男の左側頭部に叩きつける。


 Gusha!!


 男の側頭部が護拳の形に潰され、いびつな頭の形となり、地面に向け糸の切れた操り人形のように倒れ込む。


「魔力の使い方が今一ね。フェイントとか、もう少し工夫した方が良かったと思うわ」

「「「……」」」


 理不尽な魔力量と装備の差。軽い身体強化と一撃必殺と教えられた暗殺者の剣も、魔力と剣技を磨き、魔装に身を包んだ伯姪には全く敵わず。足元の男は、暫く痙攣していたが、やがて動かなくなる。




「院長先生、次は私が」


 魔装槍銃を構えた灰目藍髪は名乗りを上げる。弾丸を使わず、魔装槍銃だけで戦うという。


「この条件で相手をする希望者はいますか?」


 恐らく四人の中で一番の遣い手である最初の男が瞬殺されたので、残りの三人は躊躇しているのだろう。


「じゃあ、年齢順、一番年上は誰?」


 伯姪が簡単に指名する。三人の中で一番背の低い男が手をあげる。背丈は茶目栗毛位だが、首が太く土夫ではないが樽のような体の筋肉質の男だ。見た目通りであれば、かなりの膂力を持つ事だろう。尚且つ、身体強化も使えると思われる。


「剣は二本でもいいか」

「なんなら、三本でもいいわ」


 鼻で笑った男は、ロングソード風の直剣を二本手に取る。双剣使いというよりは、力技で押し切ろうという事だろうか。


 対する灰目藍髪は、危うくお蔵入りしそうになっている自分の背丈より長い魔装槍銃。今、薬師組が持つ魔装銃は『騎銃』サイズであり、大きさは1m強程度である。閉塞所での使用を考えると、やはり長大な銃は扱いにくい。1mというのは、片手剣より少し長い程度である。スピアヘッドを付けても10㎝ほどであろうから、これなら小柄な女子でも自衛目的で使用できるだろう。


 片手剣を腰に下げるより、銃にスピアヘッドをつける方がまだ実用的な気がする。勿論、魔銀鍍金製のバゼラード程度は護身用に身に着けるが。


「そんな妙なもので、俺の剣を受けられるのかよぉ!」


 両手を広げるように剣を持ち、威圧するようにじりじりと前に出る男。それに、対して、灰目藍髪は銃の半ばやや後ろに左手を添え、右手で銃床を持ちピタリと男の胸に槍先を向ける。


『いい構えだな』

「ええ、隙が無いわね。でも……」


 彼女は随分と昔にその構えを見たことがある。スピアではなく、ハルバードやグレイブでもなく、別の装備の構えだ。

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