第474話-2 彼女は『訓練生区画』に赴く

 周囲を警戒しながら、代わる代わる小休止を取る。守備兵はすでにおらず、外部との連絡方法も封鎖した。後は明るくなってから子供たちを連れ出し、職員寮をそのまま焼き払うだけである。


「このあと、どうする?」

「訓練生の安全確保が先かしら。厩舎から馬と、予備の魔装馬車を展開して。一人ずつ寮から出してボディーチェックね」


 伯姪と彼女の間で、この後の段取りが決められていく。空の端が徐々に明るくなり始め、あとわずかで明るくなるだろう。


「教会は問題なかったかしら」

「特に何もなしね。司祭とかいないし、教会にあるようなものが何もないただのホールだったわね」


 可能性としては、御神子派ではなく原神子派であるから、聖職者を特に要しない形に整えてあるのかもしれない。


「明るくなったら教会も捜索しましょう」

「帝国語の聖典があれば、文句ないわね」


 古帝国語ではなく、印刷された『帝国語』の聖典があれば、原神子信徒の教会である可能性が高い。


 ここで考えたくなるのは、何故、暗殺者を育成するのに『原神子』信徒となるように育成するかである。一つは、帝国の自由都市の多くは都市貴族・商人を中心に原神子信徒が力を持っていると考えられる。また、皇帝=御神子派であり、教皇庁と足並みをそろえる必要から、個人的な主義主張を曲げてでも御神子信徒として振舞わねばならないと言われている。


 現在の皇帝は、神国国王の従弟であり、その皇帝の座を父である皇帝から引き継ぐ際に御神子信徒であることを約定させられたとも言う。


 皇帝に対抗する帝国の君主諸侯は原神子派であり、都市貴族・商人支持も受けやすくなっている。領邦化している帝国は、都市の支持を得るために皇帝が自由都市として庇護してきた過去があるにもかかわらず、皇帝とのつながりを断ち切らせるために諸侯はこぞって原神子派になりつつある。


 地域的には法国がちかい大山脈北側の領邦と皇帝が御神子派、それ以外が原神子信徒と言えばいいだろうか。


 だが少し考えてもらいたい。王国に工作をするなら、原神子派に潜み、原神子派に成りすました方がよいと考えるのが妥当だろう。帝国皇帝、神国は御神子派もしくはその原理主義の国であり、穏健な原神子派の王国と表面上友好であるように振舞っているが、『修道騎士団』としては明らかに敵である。


 原神子信徒に知らずに偽装させられ、王国に仇為す事を指示される姿が目に浮かんでくる。相当の幹部でなければ、この辺りの行動原理は把握していないだろう。王国は大国であり安定した王の政治を維持し、王都は名実ともに大都市として莫大な価値を有している。


 敵には事欠かず、依頼は沢山存在する。恨みを晴らし、組織を維持するだけの資金を独自に確保できる敵は、王国相手の依頼にあると言える。


『何の因果で王国に恨みが集まるんだろうな』

「幸せそうなのが気に食わないとかでしょうね。不幸なのは、自分自身の行い

のせいなのに。ふざけているわ」


 目の前の休憩をしつつ、何だか一安心という空気をリリアルメンバーが醸し出す中、バフォメットを祀る地下の祭壇を見た彼女の頭の中は、グルグルと修道騎士団の存在について考えが巡り続けている。


「なんだか悩み事でもあるの?」


 彼女の顔色が冴えない事を気にした伯姪が声を掛けてくる。何でもないとは言いにくい。伯姪は、騎士学校の遠征で、何度か仕掛けられたアンデッドを共に討伐した仲だ。


「大円塔の地下を捜索したのだけれど……」


 口外無用と断り、なにを発見したかを伝える。驚きに目を見開き、深い溜息をつき、顔の向きを変え、彼女の顔を正面から見つめる伯姪。


「まさかではなく、やっぱりなんじゃない。あなたが抱え込むべき問題でも、解決すべき問題でもないわ。これは、王家と王国が取り組むべき課題であり、因縁だと思うもの」


 ニース公国の一族である伯姪からすれば、それはそうなのだろう。彼女の子爵家のように、王国と王家に一体化している家とは見方が異なって当たりまえである。異端として修道騎士団が処せられてから二百五十年。当時の王家は正統が絶え、分家が継いだのが今の王家である。正統が絶えたのは騎士団を処した次の代の王の時である。


「受ける罰は、当時の王と王太子が受けて家が絶えたでしょう。今の王や王国に害をなすのは八つ当たりよね。それに、ニ百五十年前の恨みなんて今の私たちには関係ないじゃない!」


 恨むのは勝手だが、恨まれる筋合いはない。こうやって、一つ一つ叩き潰していけば、いつかはその筋違いな恨みを継ぐものも絶えるだろうか。


「まずは目の前の仕事を片付けましょう」

「そうするわ。訓練生の子供たちも保護しなければならないのでしょうし」


 薬師組四人を中心に、治療班を編成。碧目金髪を班長に任命。


「具合の悪そうな子には、回復ポーションを飲ませてあげて頂戴。それと……」


 状態異常の子にはその前に『ストレンジゼロ』を飲ませる事を指示する。リジェでアンネ=マリアから幾つか預かっている分がある。因みに、姉に飲ませてみたが何の変化もなかったので、素であの状態であるらしい。


「ふりではないからな、治ってたまるかよ」


 と男前なセリフを口にしていたが、誰の真似なのだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 空が明るくなり、そろそろ解錠に移りたい。彼女はまず、現況について口頭で訓練生たちに伝える事にした。


「私たちは、この訓練所を討伐に来た冒険者です」


 寮の内部でざわめきが大きくなる。


「既に、訓練所の所長を拘束し、また職員に関しては職員区画の居住棟に封じています。また、守備兵二十四名は昨夜のうちに全員討伐しています」


 息をのむ空気が漂い、声にならない悲鳴が聞こえてくる。


「既に職員居住棟内部には討伐用の煙球を投入、この後、討伐に移るつもりです。皆さんはその前に、延焼による危険性があるため、救出するつもりです。武器になるようなものを手にして抵抗した場合、速やかに討伐対象として対応します。こちらには新式の銃が配備されており、一個中隊の騎士団とも戦えるだけの戦力を用意しています。無意味に死ぬ必要はありません」


 職員の居住棟が騒がしくなるが、赤目銀髪が煙球を投入し、さらに悲鳴に声が変わる。助けてくれなど命乞いの声や、怒声が聞こえるが、未だ壁を破壊して外に飛び出してくる者はいない。職員の居住棟とはいえ、火薬や壁を破壊する道具類を持ち込ませたりはしていないようである。


「この先、一旦この場所のあるデンヌの森から王国へと離脱します。帰る場所のある子は、希望があれば帰します。孤児や自分の出身地が分からない者などは、今までの訓練内容を加味して、王国で仕事を斡旋する予定です。また、王国での生活を望まない人は、ネデルへ送ります。

 一人ずつ、扉から出られるように加工しますので、扉の背後にいる人は、一旦退いてくださいね」


 そう彼女は声を掛けた。





 歩人は彼女に命ぜられ、土牢と土壁を作る事になった。


「扉を全部土で埋めていいんだよな」

「そう。その時、一人分だけ通路になるように扉の前から畦道のように土を残して一本道にして欲しいのよ」


 つまり、一本道の両サイドを掘り下げ、その土で扉を固めろという事である。


「ドアから飛び出してくる者がいた場合、対処できるように、こちら側には土壁を作って、そこで銃手が構えてちょうだい」


 渡り切る手前に中央を開けて左右に土塁を形成。土塁の向こう側は掘り下げられた壕になる。


 歩人が作業を終え、銃手が配置につく。


 彼女が前に進み出て、一本道の正面の扉をバルディッシュで斬り落とし、一人分の脱出路を形成する。


「では、一人ずつ出てきてちょうだい。両手は見えるように上でも前でも構わないのでだしてゆっくりと歩くように。銃で狙っているので、不審な動きをした場合、撃ちますから注意して頂戴」


 しばらく躊躇するような空気が流れ、やがて、一人の小柄な少女が押し出されるように扉の開口部から外に出てくる。


「さあ、ゆっくりあるいていらっしゃい。あなたがここから立ち去りたいのであれば、私たちはお手伝いできると思うの。あなたが危害を加えなければ、私たちも危害を加える事はしないと神様に誓うわ」


 少女は小さく頷き、ゆっくりと手を見える位置に出して歩き出す。一本道を渡り切り、赤毛娘にボディーチェックを受け背後の馬車へと案内される。


「さあ、次はだれが助かりたいのかしら。隣が燃える前にさっさと決めてちょうだいね。焼け死ぬかもしれないわよあなたたち」


 気ぜわし気なざわめきの間に、次々と扉の前に人が出てくる。皆、七八歳の子供のようだが、時折少し年長者が混ざっている。


「年長者は見極め済みのものだと思います。別に拘束が必要でしょう」


 茶目栗毛が彼女に伝える。それではということで、年長者は別口で拘束することにし、小さな子供たちには水と携帯食を与えるように他のメンバーに指示をした。



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