第474話-1 彼女は『訓練生区画』に赴く
「おみやげにもってかえる」
「絶対ダメよ。それに、持ち帰るべきものではないわ」
「異端審問で火刑にされますよ」
生きたまま人間バーベキューは赤目銀髪も嫌らしく、断念する。こんな像が夜中飾られているところに一人出くわしたなら、相当怖いと思うのだが。
「可愛い。山羊頭」
かなりリアルな山羊頭なので、気持ち悪いと思うのだが赤目銀髪的には好ましいと思うのは個人の価値観なので仕方がない。
山羊の頭を持つ有翼の魔神は、修道騎士団員に熱狂的に支持されたと記録されている。また、騎士団員は背徳的行為として、御神子教の秘蹟をさかさまにしたような行為を行い穢したという。
『まあ、禁欲が過ぎるとハッチャケちまっうんだろうな。お前もほどほどにしとけ』
修道士であり騎士でもある存在は、異教徒との戦いの最前線で常に戦い、幾度も戦いの最中で騎士団長を始め幹部を務める騎士が殉教するという事が当たり前の組織であった事を考えると、心理的に抑圧されていたことは容易に想像がつく。
ちょっとした悪戯心、慢心、我欲……といったところが、この奇怪な偶像をあがめ、秘蹟を貶める行為に繋がったのかもしれない。
「それ、多分とても汚いと思います」
「……何故わかる」
祭壇廻りを見て、なにか動物のフンの痕跡のようなもの、また、なにか汚れた布や羊皮紙が散乱している。動物が入り込んで汚したのか、暫くここを巣として活用していたのか。あるいは……わざと汚したのか。
「異端とされた修道騎士団は、祭壇で排泄行為やツバを吐くといった行為を行ったと記録されています。この場所自体が霊的にも物理的にも穢れているのでしょう」
「そうね。そもそも、大塔の地下は排泄物を投げ込んだり、ゴミを投げ込む場所であったりするので、あまり良くはないわね」
「……なら、さっさと出る」
「おみやげはどうするんですか?」
「汚いからいらない」
彼女と茶目栗毛のコンビネーションで説得成功である。
なにも手に取らず、怪しげな残存物も無視し、彼女たちは地上階へと戻り、再び入口を『土』魔術で塞ぐ事にした。
『修道騎士団の残党がどこへいったか、今何をしているのか、これで推測が立てられるな』
王国に異端認定され各地へと散った修道騎士団の元団員達。王国の周辺、神国へと向かった者は神国国王旗下の聖騎士団に再編され、それはやがて原神子派に対抗するための新たな修道士会へと連なっていく。
実際、聖騎士団は存在しており活動も行っているのだが、名前ではなくその精神は新たな修道士会へと引き継がれていると考えても良い。神国を盟主とする御神子教による世界の統一。そんな感じではないか。
『それと、駐屯騎士団はよ、大原国との争いに敗れて帝国の辺境伯上りの公爵領に吸収されてる。そこで騎士団長は原神子信徒に宗旨替えした』
節操もないこと甚だしいのだが、もう一つ問題なのは、駐屯騎士団と商人同盟ギルドがある時期まで表裏の関係で東方殖民を行っていたことにある。この暗殺者養成所を運営していたであろう裏冒険者ギルドの経営主体は、その商人同盟ギルドであり、修道騎士団の系譜に連なる。
次いで、連合王国の王族・大貴族にはおらずとも、その下の騎士・大商人らの階級には原神子教徒となった元修道騎士団の係累が潜んでいる事も考えられる。
「つまり、今まで私たちが敵対してきた勢力というものの多くは」
『修道騎士団の残党若しくは、それを基にした反王国を理念として活動する団体なんだと思う』
「だから、死霊でも不死者でも使って、王国内で騒乱を起こしたいという事ね」
『国を動かす程の力はないが、ある程度大規模な工作を行う程度の資金力も行動力もある。狙っているのは、王国の混乱と分裂』
「そして、修道騎士団を復活させる素地作りかしら」
『魔剣』はそれは難しいだろという。神国も帝国も異教徒・異端との争いを行っている故に、武力を行使する口実には事欠かない。王国内においてそれはあまり考えられない。
『あの頃の聖征や国土を回復するためのサラセンとの戦争があっての聖騎士団創設だ。今ある聖騎士団も、教皇庁を上に置く独立した騎士団てのは、聖母騎士団くらいで、あとは、神国・帝国なんかの紐付きだ。今さら出る幕じゃねぇ』
なら、なにをめざしているのだろうか。
「王国の混乱」
『なら簡単なのは、原神子信徒を焚き付ければいい。どの道奴らは、御神子を穢す行為に躊躇はない』
教会や修道院に討ち入り偶像崇拝だと理由をつけ、装飾品や絵画を破壊し荒していく行為は……バフォメットを祀った祭祀と変わらないように感じられる。
「ギュンターは王国でいろんな人にお話を聞かれそうね」
『大事に使えば、長く使える』
短い時間『魔剣』と会話をし、中庭を通り職員区画の前に到達すると、そこには三台の戦馬車がコの字型に配置されていた。
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