第473話-2 彼女は『大円塔』に向かう

 五階は小屋裏のような場所であり、さほどのスペースは無かった。また、ギュンターの荷物置き場のような扱いであり、さしたる資料や機材のような物はない。


「とりあえず、三階かしら」

「いえ、地下階とその先の脱出口を塞ぐ方が先決です」

「大丈夫よ、地下階に降りる階段は土魔術で塞いでおいたから」


 茶目栗毛の指摘にあった通り、地下とその先の脱出口が設けられていたらしい。


「そういえば、ギュンター。地下には何かあるの、いるの?」

「……」


 何も反論が無いという事は、恐らく、見られては不味いものでもあるのだろう。そこはさらっと「私は何も知りません。地下に降りた事はありません」と言い逃れるべきでっただろう。


「見に行く?」

「一度、内部を全て確認しましょう。その後、戦馬車を中庭に下ろして、職員区画を銃眼から狙えるように配置してもらえるかしら」

「じゃあ、私たちがその伝令に向かえばいい?」


 彼女は自分と赤目銀髪、茶目栗毛で地下に入ることを伝える。赤毛娘が自分も行きたいと主張したのだが、城の地下には幽霊が付き物と伯姪が伝えると、一瞬でいい子になった。


「俺達は別コースで東の円塔に向かいます」

「じゃあ、中庭で会いましょう」

「よろしくお願いするわね。では、私たちは地下に行きましょう」


 縛り上げられ、猿轡をかまされたギュンターを残し、三組に別れそれぞれが次の予定へと向かう。


 本来は、中庭あたりで激しく暗殺者教官とリリアル生が切り結び、上から銃手組が援護し討伐を進める展開を予想していたのだが、堅固な守りが仇になり、閉じ込められた職員たちである。




 地下への入口を塞いだ 『土』魔術を『limuspalus』で緩め、階下へと下る。先頭は赤目銀髪、その後を茶目栗毛、彼女と続く。


「お化けなんていない、お化けなんて嘘」

「……ワイトやスペクター、ファントム辺りは普通に出るわよ。ここ、そういう関係者の施設でしょ?」

「私が訓練生で滞在していたころ、大円塔の地下には幽霊が出ると噂されていましたので、あながち嘘とはいえません」

「……」


 茶目栗毛と先頭を代わってもらう事にしたらしい。最後尾は怖いので、安心の真ん中を希望する赤目銀髪。




 地下には二つの牢獄のような小部屋があり、中には何も残されていなかった。そして、最奥には……


「これは祭壇?」


 教会にあるような祭壇なのだが、いささか様子がおかしいのである。


「気持ち悪い場所」

「あの像がおかしいですね……御神子様ではありません」


 本来祭壇に飾られているべき十字架の代わりに、動物を象った像が掲げられている。山羊頭有翼の魔人の像。


「バフォメット」


 東方異教の神であり、御神子教会においては『悪魔』と同一視される魔神。これは、サラセンの預言者の名をもじった架空の存在であるとも言われるが、王国で有名なのはそれが理由ではない。


「修道騎士団の施設という仮説は当たっていたようですね」


 王国が異端として修道騎士団を追い込んだ際、聖征の最中、カナンの地からもたらされた異教の神の偶像を祀ったという供述が存在するからだ。


 以来、修道騎士団の解散後も、その残党がこの有翼の魔神をシンボルとし、王国に敵対する活動を継続しているのではないかと、長らく伝えられている。


『確かよ、連合王国も乗っかったんだよあの時』


『魔剣』が思い出したかのように彼女に伝える。曰く、王国が修道騎士団を『異端』として告発し取締った際、教皇庁を始めとする多くの国々はそれを認めず非難することになった。


 ところが、異端を受け入れた国が存在する。『連合王国』である。彼の国は、異端として国内の修道騎士団の施設を王の名で接収。その財産を国庫に納め、主だった幹部を捕らえ軟禁、そして騎士達を追放した。


 ここで大事なのは、処刑もせず幹部は軟禁、騎士達は国内から追放させたということである。


 後に、教皇庁からの言葉を受け入れ異端であることを取消し、幹部を釈放したのだが、資産は一切返さなかった。父王が修道院を国内から廃止し、その財産を全て王家で接収した事と同列の話なのだ。


 少なくとも連合王国においては修道騎士団は『異端』ではなくなったため、追放された騎士が戻ってきたり、王国にいられない修道騎士が海を渡り、連合王国へ向かったという経緯もある。


 勿論、その他に、神国・帝国・法国へと脱出した騎士達も多数いた。神国に渡った騎士は神国の聖騎士団に、帝国に移った騎士はやがて東方殖民を行う駐屯騎士団に、法国に向かった騎士は聖母騎士団へと加わったと考えられている。


 だがしかし、王国に恨みを強く持つ一団が、王国に隣接するネデル・デンヌの森に潜んでいたとしても何もおかしくはない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る