第473話-1 彼女は『大円塔』に向かう
大円塔。城塞によるが、領主館を兼ねる場合が少なくない。以前、ロマンデでアンデッドを討伐した城塞『コンカーラ』などは、規模の大きな城塞となったため、別棟で領主館を増築していた。
この形状では、その位置にあるのは間違いなく大円塔だろう。
中庭を走り抜け、一階から侵入する。中には入口の天井の高いフロア、そして地下に向かう階段と、二階に向かう階段とがある。二手に分かれて行動する選択肢もあるが、彼女は地下階の捜索を後回しにする事にした。
この討伐の目的は、暗殺者養成所の破壊である。お宝さがしではない。
「一先ず、この地下に向かう階段を封鎖します。一階に不審な床や壁がないかどうか、その間に確認して頂戴。明かりを用いて構わないわ」
「了解です!」
松明を魔法袋から取り出し、小火球で点火。隠し扉や隠し部屋がないかを確認していく。円形の塔で隠し部屋を作るのは難しいだろうが、あるはずの空間がないなどという形で、建物の外観と内部空間の差異で気が付くことも少なくない。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の壁で敵を防げ……『
既に何度目か分からない『土壁』を発動。そろそろ魔力が怪しくなり始めてもおかしくないのだが、魔力切れの兆候は見受けられない。
『やりすぎんなよ』
「心得ているわ。でも、まだ大丈夫そうね」
魔力の負担が以前より軽くなっている気がするのは、精霊魔術の行使に慣れたからかもしれない。加護もなく彼女が主に使う『土』に関しては、相当に行使しているからだ。
二階部分に歩廊から侵入した伯姪たちが、中の小部屋などを確認している事が分かるよう、大円塔二階に関しては扉が開かれたままになっている。二階は食堂と来客用のスペースのようで人が住む気配がない。
小さな半径の螺旋階段を真っ暗な中を三階へと進む。四階だろうか、頭上から人の声が聞こえる。喚き散らすような男性の声だ。急ぎ階段を駆け上ると、松明を掲げた赤目銀髪と赤毛娘、伯姪の足元に転がるのはやつれた表情にもかかわらず、でっぷりと病的に太った男がいた。
「遅かったじゃない?」
「いろいろあったのよ。それが、ここの責任者かしら」
奥の小部屋から茶目栗毛が出てくる。どうやら、ここがこの男の居室であるようだ。奥に寝室があるのだろう。
「院長先生、三階が執務室になります。どうやら錬金術師崩れのようですねこの男」
施設に関する資料のほか、錬金術や薬に関する資料や書物がかなりの数存在しているという。
「噂では、資質の低い訓練生を実験台にして、毒殺用の薬を研究・精製しているという話がありました」
「……なるほど。顔色が悪いのは、何らかの毒物の中毒症状かしらね」
鉱物由来にしろ、植物由来にしろ、毒を扱えば体内に徐々に毒の成分が溜まっていくと言われる。特に、暗殺で使われる即効性の毒だけではなく、『法王の毒』と呼ばれる遅効性の毒物が危険なのだ。
殺したい相手に気が付かれないように毒を摂取させるには、遅効性の毒は有効だ。何年もかけて体を弱らせ抵抗力を削っていく。力が出なくなり、食事もとることができず睡眠もとれなくなれば、毒とわからずに弱らせ、やがて自然に死んだかのように殺す事ができる。
毒見役がいたとしても、即座に死なないので意味がない。時間を掛けて摂取した毒は体内に留まり時間を掛けて目的を達成する。
「毒はともかく、資料と機材は回収したいわね」
「ふざけるな!! こ、これは、私の財産だぁ!!」
黒ずんだ肌の醜い蛙男が彼女を怒鳴りつけた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
その男の名は『ギュンター』というのだという。この施設の所長をしばらく前から務めており、それ以前は、裏冒険者ギルドで薬師として働いていたという。
「裏冒険者の薬師ってヤバ!」
「毒物専門?」
赤毛娘のテンションが高いのは深夜だからか、いやいつものことである。狩人も大型の魔物を討伐する際には毒矢などを使うようだが、仕掛けるのが難しいという。毒を与えた後、その場ですぐに死ぬほどの猛毒は扱いが難しく、呼吸困難などを起す毒の場合、毒が回り動けなくなるまで時間がかかる。故に、余程のことがないかぎり、毒は極力使わないという。
「毒が有効なのは人間相手だから」
赤毛娘が呟く。伯姪が、ギュンターに問いかける。
「それで、ギュンターさんはここで何をしていたの」
年齢的にも肉体的にも第一線で活動することが難しくなったため、この場所の所長という半ば隠居のような生活をさせつつ、毒薬作りで後見するという役割を与えられていたのだという。
暗殺者として、年をとっても務まる従者などに扮する技巧派の需要はあるものの、教官となる暗殺者の多くは身体能力を駆使するタイプの暗殺者が多いため、技術以外の教導が苦手なのだ。書類仕事が比較的得意なギュンターが所長の仕事を押し付けられたらしい。
「馬鹿め、ここに何人の兵士や元暗殺者がいると思っているのだ! 私を解放して見逃してやるからとっとと去るが良い!」
「ざっと、五十人よ」
伯姪が答える言葉を聞き、「は」と間抜けな返答をするギュンター。
「だから、兵士が二十四人これは全員処理済み。残りの教官たちは、教員区画の寮に閉じ込めてあるわ」
「そ、そんな物破壊して……」
「無理よ。窓と扉を土魔術で塞いで硬化。あとは、何箇所かから硫黄を基にした煙球を投げ込んで、逃げ道なしで燻しているもの」
ギュンターの顔が土気色に変わる。つまるところ、死人のような顔色である。
「それで時間がかかっていたのね」
「ええ。明るくなったら、建物ごと燃やそうと思って。その方が後腐れも手間もかかならいでしょう?」
「確かに。元とは言え暗殺者相手に一対一になる屋内戦闘なんてする必要ないわよね。建物ごと焼き殺す……ナイスアイディアね!」
目を大きく見開き、口を戦慄かせるギュンター所長。自分も生きたまま燃やされるかもしれないと思うと、体が瘧のように震え始める。
「ま、ま、ま、まて。あいつらはともかく、わ、私は役に立つぞ!」
「いや、毒殺とかしないから私たち」
「そうだな。魔導具でも作れるならともかく、暗殺用の薬作りなんてマジ需要ねぇなぁ」
ギュンターの言を、蒼髪ペアが一蹴する。周囲を見回し、話を聞いてくれそうな男を……見つける。
「お、お前! 以前、ここにいたガキだな。私を助けろ!」
茶目栗毛を見つけ、顔を知っていたのか急に命令口調で話を始める。何やら助けてもらえるようなことをしていたのだろうか。
「……何故です?」
「お前、ここで世話になっていただろ」
「そうですね。食事と雨露をしのぐ場所を頂きました」
「なら……」
「最後に、見極めに失敗して殺されましたよ。正確には、ほぼ死んで奇蹟的に命を繋いだ……というところですね」
暗殺者の教官が見極め失敗ということで致命傷を与え王都の路地に捨て置いたのだが、偶然に見つけた人の手当てが良く、奇跡的に死なずに済んだのだ。茶目栗毛の背中には、その時負った大きな刺し傷が残っている。
「だから、ここを滅するために……頑張りました。あなたくらいは、楽に死なせないように進言しましょう。先生、この男は薬作り以外無能です。ですので、情報を聞き出すために連れて出ても、暗器などで攻撃される可能性はとても低いと思われます。それに……」
茶目栗毛は床に伏せる男の足首の後ろの筋をダガーで切裂く。絶叫をあげ、足が歪に跳ね上がる。筋が切れて、脚の筋肉が縮み上がったのだ。
「これで、後は両手の筋も切れば、危害を加えられることはないでしょう。他の職員より、情報も持っていると思います」
大声で痛みに泣き叫ぶギュンターの背中を思い切り踏み抜き、呼吸困難にして黙らせる茶目栗毛。
「おっかねぇ」
「危険な香りのする男ね」
荒事が得意の二人も、その静かな怒りと剣幕に驚く。
「では、縛り上げてここに放置、子供たちを助けた後に回収しましょう」
「明るくなる前に、ここにある書類や機材も全部回収ね。錬金術の道具がただで手に入ってラッキーよね」
先ほど同様何か叫びそうになるギュンターだが、茶目栗毛と目が合い沈黙を守る事になる。痛いのは嫌らしい。
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