第472話-2 彼女は『城門塔』を制圧する
石造りの床は音を立てる事無く歩くことができる分、板張りよりは気が楽である。
「さて、詰所はどうするかね」
出来れば反対側とタイミングを合わせて突入したい。魔力走査の範囲を広げ、反対側の城門塔にいる二人の位置を確認すると、一階に向かう螺旋階段に向かっている。
「向こうも二階は終わったみたいね。急ぎましょう」
一階には人の気配。それも、かなり盛り上がっている雰囲気が伝わってくる。
『まあ、お定まりの時間つぶしだな』
賭けトランプをしているようだ。東方由来、52枚のカードを用いて絵柄を集めたり、数字を組み合わせたりすることで何度も繰り返し遊べるものだ。以前、姉が法国から買い付け今ではニース商会の看板商品の一つとなっている『タロット』は、これに22枚のカードを加えた高級品である。
百年戦争の時代に広まり、集団で時間を潰し、尚且つ、ちょっとしたものを賭けることで楽しみが増す遊びでもある。
「飲んでますね」
兵士の周りにはエールのジョッキが並び、長い時間潰しなのか随分と飲んでいるようだ。水代わりに飲む帝国の習慣からすれば酔うほどに飲む事はあまりないのだが、娯楽もなく長時間の拘束を受ける守備兵にとっては、ちょっとした余禄として好きに飲んでもいいとされているのかもしれない。
恐らく、教官は一線を退いた技術はあるが体が不自由なものや、休息を長く必要とする者が多く、代わりに、簡単な見張業務を若い傭兵に委ねているというところだろう。
「一気に倒しましょう」
ドアをいきなり開け、全員の視線が入口を向く。二人の姿を見て一瞬動きが硬直するが、不審者と見て武器を取ろうとするが、慌てている為椅子ごと倒れたり、周囲を見回して武器を探したりと大騒ぎである。
「夜は静かに」
「ぐはっ!」
「なにを!をわっ……」
ハルバードを取ろうとよろけた兵士の首を一閃刎ね飛ばし、体を蹴り飛ばし今一人の兵士に叩きつけ動きを止めたところを更に一閃。
「くっ!」
「殺してやる!!」
剣を持った兵士が灰目藍髪とバインドしているところを、背後から首の後ろをちょこんと切裂き倒す。最初の突入の時点で灰目藍髪が一人を斬り殺しているので、これで四人全員が倒されたことになる。
「こういう時は、剣で受けないようにして。時間を掛けるのは良くないわ」
「……申し訳ありません」
対人戦で剣技を競うような訓練を熟していると、どうしても人間の動きを前提とする剣の操作に体が慣れてしまう。最初から最短で急所……この場合首を刎ねる事だけを考えて討伐することが二の次になってしまう。
魔物は直情的であり、力任せの攻撃が少なくない。フェイントのようなものをする事がないではないが、直線的な行動で最短で最強の打撃を狙ってくる。必然、彼女もそう心掛ける事になる。
見せる剣と殺す剣は全く異なるであろうし、彼女の中で殺す剣以外の技術は割とどうでもいい。健康体操レベルでどうでもいい。
部屋を出ると、向かいの城塔から凸凹コンビが顔を出す。どうやら、詰所の制圧が完了したようだ。
「お疲れ様です」
「まだこれからだってぇの」
相変わらずである。彼女は城門塔の扉の前に移動する。一先ず、脱出口を塞いでしまおうという判断だ。
おもむろにバルディッシュを取り出し、巨大な扉兼跳ね橋に向けその刃を向ける。刃渡り1m足らずの斧剣で数mの高さの扉が切裂けるはずがない。などと、リリアル生は誰も思わない。
魔力を込め、さらに、魔術を発動する。魔力の刃が刃先に宿り、その刃は倍ほどに延長される。
「はっ!」
気合を込め一閃、さらにもう一閃。守備兵長の部屋の扉を切り裂いたように、巨大な板戸が音もなく切裂かれ、壕の中へと落ちていく。
「手前に土壁でも作っておきましょう。下がってもらえる?」
彼女は『土牢』『土壁』を唱え、城門塔の回廊部分を封鎖してしまう。これで、簡単には壕を越える事ができなくなったに違いない。が、しかし。
「先生、今の音で職員等に動きがあります」
赤目蒼髪が告げると、確かに、職員等で人が騒ぎ出す気配がする。
「手伝ってもらえるかしら。時間を稼いで頂戴」
「「「はい!」」」
四人は職員区画へと走り出した。
外の物音を聞いたのか、職員寮の建物の中が俄かに騒がしくなる。が、こんな事もあろうかと、彼女はまず、職員寮の扉を『土壁』で塞ぐことにする。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の壁で敵を防げ……『
出入り口の扉を土壁で塞ぎ、さらに『
「な、なんだ! あかねぇぞ!!」
どうやら、中から押して開ける扉であったようで、びくともしない扉に焦りを感じているようだ。
そして、この手の建物は窓にはガラスではなく鉄格子が嵌っており、内側に木製の鎧戸がついている古めかしい仕様である。ガラス窓はここ百年ほど徐々に普及し始めているのだが、庶民の家やこの手の古い構築物では使われていない。
外れない鉄格子を無理やり外すことは出来そうにもない状態で、鎧戸を開けて外の様子を確認する姿がちらほらと見え始める。
「ここはほら、ゴブリンの巣穴よ」
「「おお! では早速燻らなければ!!」」
灰目藍髪だけが反応できなかったようだが、蒼髪ペアは即反応する。開かれた鎧戸に向け、油球と小火球のセットを放り込もうとする。
「火事になるから油は駄目よ。これでお願い」
硫黄やその他煙となる物を固めた『煙球』を手渡す。小火球にて着火しつつ、空いた窓へと次々と放り込んでいく。
「うわぁ! 火事だ! 水! 水もってこい!!」
「お前がもってこいよ!」
そんな話を聞き流しながら、彼女は鎧戸も『土壁』で塞いでいく。覗き用に開けられた場所はそのままに、閉じている窓を次々に埋めていく。
『
『
『
『
『
『
開いた窓からは煙が立ち上っている。恐らく、中は煙が充満している事だろう。とは言え、個室になっているだろうから、全ての部屋に煙が充満したわけではない。一階の共用スペースあたりに煙が充満し、出入口付近が静かなら特に問題はない。
四人は達成感を感じつつ、一瞬、訓練生区画へと足を向ける。中に声を掛けておこうと思ったからだ。
周囲の不穏な空気と物音に気が付いた訓練生が、開けられる事のない施錠された出入口をガシャガシャと揺らす音や、鎧戸の隙間から外を除く姿が見える。
「騒がれても困るので、明るくなるまで大人しくしているように伝えましょう」
「助けに来たとつたえましょうか」
その事を伝えたくないわけではない。ただし、この時間帯にそれを伝えることは、余計な興奮や内部での意見対立を誘発するかもしれない。故に、慣れているであろう『命令』だけを伝えるようにする。
「明るくなるまで大人しく待機。危害を加えるつもりはない。それだけを伝えましょう」
「「「はい!」」」
三人は、空いている窓にある鎧戸にそれぞれ近づき、今取り決めたメッセージを伝えて回る事にした。
訓練生区画の騒然とした空気は少し落ち着いたようである。
既に、見張・待機・休息中の守備兵を討伐し、大手の脱出口は破壊し、搦手の小城門塔は制圧している。職員等は脱出できないように封鎖し、子供たちには明るくなるまで大人しくしているように伝えた。
既に、伯姪たちが向かっている大円塔に彼女たちは向かう事にした。
『ここまで問題なしだな』
順調と言えば順調なのだが、あの黒い魔剣士やノインテーターたちがここにはいないとは限らないと彼女は考えていた。
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