第470話-2 彼女は『ゴブリンプリンセス』に会う
こちらの名乗り損ではあるが、仮に『プリンセス』と『ガーダー』とする。先ほどの会話から察するに、首を貸せるという言葉に嫌な予感がする。そして、近年、ゴブリンに殺された王女・公女の話は聞いたことがない。少なくとも、彼女の祖母成人後はないはずだ。
『長生きするんだなゴブリンてなぁ』
「そんな訳ないじゃない」
「アンデッドかよ……」
『魔剣』のボケに彼女も無言ではいられない。『猫』は外周を警戒し討ち漏らしがないかどうか確認をしているので別行動。ガーダーの腕次第だが、昨夜のメイジの魔道具を考えると、このプリンセスも何らかの魔導具・魔術を発動する事ができてもおかしくはない。
だが、不死者のゴブリンなど来たことはないし、魔力をどう蓄えているのかも疑問である。
『ほほほ、妾の力を読めずに警戒しておるのか。殊勝なこころがけじゃな』
古めかしい羽扇で顔を隠し答える。
『おい!』
「セバス、回避!」
足元に火柱が上がる。魔術によるものか、設置された罠を発動させたものか判断がつかない。彼女の目の前には一瞬でガーダーが詰めてくる。
『ゴゼン! シリゾケゲロウ!』
聖征時代の直剣だろうか、柄の部分が円環のデザイン。剣筋もシンプルで今どきの長剣とは異なる剛健な振り下ろしを躱す。
『聖征時代の騎士……もしくは……』
「修道騎士団の系譜」
曲線の板金鎧では刃筋を立てる事が難しい。金属リングを組み合わせた鎖帷子の時代は、強く叩けば鎖を割る事でダメージを与えることができた。剣筋が実直なのは、その時代の影響だろう。古い剣捌きだ。
剣を受けず、躱しながらプリンセスの様子を伺いながら半円を描くように回避する。それほど広い最上階ではないので、やがて壁を背に動くようになる。
『ハハハ!ドウシタ!!』
「セバス!」
追い詰めたつもりが、歩人が気配隠蔽からプリンセスに向かいダッシュをかける。
『忘れてはおらんぞえ、ほれ、これでも喰らえ』
床を走るように歩人に炎が走る。
「が! なんだこりゃ」
横に飛び躱すが、その先を追いかけるように炎が走る。羽扇を向け、その先を炎が走っていくように燃え広がる。
『ほほほ、どうした鼠のようじゃな』
「で、てめぇ、俺は鼠扱いされるのが一番腹立つんだよ!!」
『
簡略した詠唱から、突然の土槍の発動。プリンセスに土槍が迫るが、あっさりと解除される。
「なんでだよ!」
『妾も長生きを伊達にしておらん。土の精霊とはそれなりに仲良くしておるのじゃよ』
土の精霊と悪霊が結びついたものがゴブリン。そのゴブリンが魔術師か魔力持ちの脳を食って進化したプリンセス。だが、それもこの二匹は人間を越える寿命を持っている。恐らく二百年から三百年生きているアンデッド。
「ノインテーターなの……」
『ナマエナド、ドウデモヨイ!』
魔力を通した剣でガーダーの剣を斬りつけるが、切れない。
『魔力纏いか』
『メズラシイカ!!』
魔力持ちでも魔銀の剣でなければ魔力纏いを行う事は難しい。目の前のゴブリンは鋼の剣に魔力を纏い彼女の魔銀の剣を受け止め弾いた。
「くっ」
『ハハ、コレデドウダ!』
魔力を纏い強引に彼女に斬りつける。
GINNN!!!
『ガアァ!!』
魔力壁を目の前に展開し、さらに身体強化を掛けて魔力壁ごと突進し、背後の円塔の壁にガーダーを叩きつけた。
『むぅ。アリーとやら中々やるではないか。カッツ、ここはひくぞえ』
『……カシコマリマシタ!』
窓から外へと飛び降りる。凡そ15mほどだろうか。急ぎ窓の外をのぞくと、地面に大きな穴が一つ。ガーダーが激突したのか。その姿は既に森の中に消えたようだ。
「メチャクチャ力技だな……」
「ええ。まさか……ゴブリンの上位種でノインテーター化している者がいるなんて驚きだわ」
外を覗き込む歩人の背後から彼女も同意する。
『犯人……いや犯草に心当たりあるな』
「偶然ね、私も一人心当たりがあるわ」
恐らく今は姉と同行しているであろう『アルラウネ』を問いたださねばならないと彼女は強く思うのである。
ゴブリン・プリンセスの行動を想定しつつ、魔導船を用いて本隊の後を追う彼女とセバス。馬車よりも早く楽に移動できる。只し魔力はそれなりに喰うのだが。
彼女が想定するに、あのゴブリン主従はデンヌの森の中で滅びた小国を再現しようとしているのではないかと考える。今回は、領地の近くを美味しそうな魔力持ちの集団が移動していたので襲ったのだろう。聖征の時代であれば、自領の外に出た場合、自衛できなければ餌食にされてもおかしくない状況であったから、その発想で自分たちの行動範囲=領地のそばを通る人間を襲っていたのだろう。
デンヌの森の外に出てこなければ、王国に特に危害を加えられるような事は起こりえない。また、今回のように途中で野営地として整備されていない場所で野営しないことが大切なのだろう。
整備された野営地には、魔物除けの結界が施され定期的にその領地を治める領主の負担において結界に魔力が補充され、安全に宿泊できるよう配慮されているのだ。ネデルにはそのような場所が極端に少ないのは、領主として治めている貴族が少なく、自領の中の街や村程度しかその結界を維持できないからか、デンヌの森自体を立ち入らせたくない勢力があるかのどちらかだと思われる。
「帰りは襲われないわよね」
『まあ、帰りはデンヌで泊まらず、王国に入ってから休めばいいだろ。デンヌの森に留まらない方が良いだろうな』
行きと帰りでは行程が異なるので、朝一に収容所跡(仮)を出れば、夕方までにはデンヌの森を抜けられるだろう。とはいえ、保護する子供たちの人数と馬車の確保の状態にもよるのだが。
「もうあれには会いたくねぇな……でございますお嬢様」
「それには同意ね。あれほど手練れのゴブリンとか、反則だわ」
魔銀剣持ちの魔剣士に防がれるのは仕方がないが、鋼鉄の剣にただの魔力纏いで防がれるのは少々納得できないのである。
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