第470話-1 彼女は『ゴブリンプリンセス』に会う

『それで、何用かえ?』


 目の前のゴブリンは、確かに女性の姿を模していた。胸は膨らみ、背は十代前半ほどであろうか。人間としては小柄だが、ゴブリンとしてはやや大きい個体になるだろうか。


 ティアラのような冠をかぶり、どこか薄汚れたドレスらしきものを見に纏っている。背中はボタン止めか紐で締め上げる事になるので、随分と手先の器用なゴブリンが側仕えにいるのだろう。しかし、ドレスはいささか古いデザインだ。百年戦争の頃だろうか。


『デンカ、オサガリヲ!』


 昨日討伐したジェネラルより一回り小さな個体だが、細身の片手剣を構え、ナイトシールドを構えている。これは、ゴブリンガーダーとでも言えばいいのか。護衛騎士に当たる存在かもしれない。


『何を言うか。賊を詮議するのも君主の務め』


 うん、どうやらこのゴブリンは『プリンセス』のようだ。どこの世界の姫の脳を食べればこうなるのだろうか。少なくとも、侍従兼護衛騎士と姫が食われたと考えて構わないだろう。


『カッツ。また臣下の者は集めて育てればよい事。妾とお前が得れば、国はまた作れるというものです』

『ソレハ……ショウショウムズカシイカトゾンジマス……』


 プリンセスはともかく、ガーダーは彼女と歩人の能力が見えているようだ。簡単にこの場所から逃げ出す事は許してもらえそうもないと。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ゴブリンの廃坑を塞ぎ、傍らのタワーと言えばいいのだろうか円塔の前へと彼女は移動した。歩人は命ぜられた通り入口を土魔術で塞いでいる。


「終わったのか」

「あとは時間の問題ね」

「で、この後どうする。中にいるのは二匹。雄雌一匹づつだな」


 ゴブリンの雌というのは珍しい。もしかすると、この世に怨念を残しやすいのは男に偏っているからかもしれないと彼女は考えていた。女の場合、産んだ子供に命が引き継がれるということもある。何としてでも結婚し、子を産まねばならないという決意を新たにする。大事な事なのでもう一度決意する。


「その途中の窓から入りましょう」

「そうだな……」


 魔力持ちの二人は、魔力壁を形成し、三メートルほどの高さにある明り取りの窓らしき空間に足場を作る。中は螺旋階段状であり、余り大きくないことを考えると、中間階と最上階の三階建てくらいだろうか。




 螺旋階段は外から光が入って来るものの、陰影ができているので正直目がくらまされられるのだが、魔力走査により最上階にのみ魔力持ちが存在する事を確認する。


「だぁ、面倒な階段だな……」

「セバス! 足を止めなさい」


 床に色目の異なる敷石がある。その横には不自然な隙間が形成されている。

 

「下がりなさい」

「お、おう……」


 踏み石の上を取り出したバルディッシュの柄で力を込めて押し下げると、内側の壁の隙間からドスっと長槍のようなものが飛び出してきた。


『仕掛け床かよ』


 口に手を当て悲鳴をこらえる歩人。危機一髪である。


「……もう少し周囲に気を配りなさい。この城塞の最上階にしか魔力持ちがいないということは、何らかの魔力に頼らない罠があると思わなければならないでしょう」

『ほんと、歩人かよこいつ。大概、そういうところに抜け目がない種族だろ』


 抜けているから里の女全員に振られ、里長になれなかったのではないだろうか。


「命は大事にしなさい。私の後をついてくる方が良いわね」

「……」


 彼女を先頭に歩くと、何箇所か罠が仕掛けられており、その都度解除するか回避するかをしてゆっくり進んでいく。


『逃げねぇのか』


 罠が作動している気配もあるだろうし、二人が階段を上る気配も感じているだろが、最上階の二つの魔力の塊は動いていない。


「賢いゴブリンだな」

「賢いのは肯定するけれど、ゴブリンかどうかは同意しかねるわね」


 単純な落し穴や、杭を使ったり枝を使った仕掛け罠なら分かるが、城にある罠を補修できるほどの器用さと知力を持つのは、やはり脳喰いなのだとしか思えない。


 魔力持ちの脳をゴブリンが食べる事で、魔術を扱えたり身体強化を覚えるようになる。また、複数の魔力持ちの脳を食べる事でその人間の持つ記憶や経験を取り込むことができる。宮廷魔術師の知識や、貴族の知識を持つゴブリンがいても不思議ではない。勿論、罠師の知識を持っていてもである。


 円形の螺旋階段は死角が続く。とは言え、魔力持ちは魔力走査に掛からず、罠もあることを前提に進めば問題ない。ワイヤーを切り、トラップ床を躱しながら最上階まで昇ると、そこにはやや古めかしい玉座のようなものがあり、そこに一体のゴブリンと、それに近侍する騎士風のゴブリンがいる。

 

 何故ゴブリンとわかるかと言えば、肌の色が明らかにおかしいからである。また、目も血走り口元から尖った犬歯が見えている。


『ようやくおこしかえ。妾の城のもてなしは、お気に召したか?』


 その声はややかすれたハスキーなものであったが、十分に聞き取りやすく、また知性を感じる内容であった。


「昨晩、あなたの旗下の兵士たちに襲われたので、念のため森を捜索してみたところ、この巣と城塞をみつけたものですから。討伐のご挨拶をと思いまして。

お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

『ブレイモノ!! マズハ貴様ガナノルガヨカロウ!!』


 近侍するゴブリンが罵声を浴びせる。


「これは失礼いたしました。私は冒険者のアリー、この者は従者のセバスと申します」

『そうか。アリーと申すか。妾が育てたゴブリンの軍団を壊滅させた女傑か。ほほほ、それは中々優秀な冒険者なのであろうな』


 会話をし、自らの旗下二百を超えるゴブリンを討伐した事を知ってなお、少しも焦らない姿は『女君主』としての貫禄を感じる。歩人も怪訝な顔で高貴なゴブリンを観察している。


『それで、何用かえ?』

「御首頂戴に参りました」

『それは困った。妾とて、一つしかない首をそなたに譲るわけにはいかん。まあ、少し外して貸してやっても良いが……やはり不便じゃ』


『デンカ、オサガリヲ!』


 そして冒頭に戻るのである。


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