第469話-2 彼女は歩人とゴブリンの巣穴を刈る

 彼女は伯姪と冒険者組に『ちょっと寄り道してくるわ』と別行動する旨を説明した。


「寄り道ねぇ」

「人生寄り道ばかり」

「……無茶しないでくださいね」


 伯姪を筆頭に皆何か言いたげだが、言い出したら聞かない彼女の性格をよく知っているから多くは語らないし聞かないでいる。


「何で俺だけ同行なんだよ……」

「優秀な『土』魔術師が必要なのよ」

「……ならしかたねぇな。ご指名に預かりましたんで喜んで……でございます」


 おじさんはお世辞と知っていても嬉しくなる悲しい生き物である。


 



 馬車で移動する本隊が動き出す前に、彼女と歩人は『猫』に案内され森の奥へと移動していく。『猫』曰く、石造りの小さな物見台のようなタワーが主たる城館で、そのそばに廃坑があるのだという。


『恐らくは、聖征の時代にこの辺りの騎士爵が建てたものだと思われます』


 聖征の時代、資金と技術を得た小貴族が帝国内に何千と石造りの城塞を建てた。その多くは、タワー一つだけといった物が少なくなく、メイン川を見下ろす廃城塞が無数に存在する。世代を重ね領地を維持できなくなった騎士が多い為、主無しの城だけが残されたのである。


 ネデルのムーズ川流域も聖征で多くの騎士・貴族が旅立った土地柄であり、参加した騎士の一人が残したものだろうと思われる。


「でもよ、二人でどうやるんだよ」

「廃坑は出入り口は一箇所だけなのかしら」

『いえ、いくつか抜け穴があります』

「ならまずは、そこをあなたの土魔術で塞ぐところかしら。ゴブリンの巣穴駆除なんて決まった作業でしょう? 油を播いて火をつける。今回は入口に穴を掘ってその手前に壁を付けて逃げられないようにするだけよ」

「……マジで鬼だなお前……でございますお嬢様」


 安全確実なゴブリンの燻蒸。道具も問題なく用意できている。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 その場所は、ムーズ川にそそぐ支流を遡っていく途中にある川岸の上の大地に聳え立っていた。


『見張りがいます』

「あら、真面目ね」


 居眠りしている個体も少なくないが、この巣のゴブリンは真面目に起きて哨戒している。朝日が昇り、既にいい時間となっているのだが、夜行性のゴブリンにとっては、そろそろ眠くなる時間だろうか。


 気配隠蔽をしたまま近づき、音もなく首を刎ねていく。物見の数はそう多くはないが、それでも数匹は数えた。魔力走査で周囲にゴブリンら魔物がいないことを確認する。


『魔狼はおりません』


 ゴブリンは魔狼を飼いならし、ライダーとなる個体も存在するのだが、恐らく人間を食べて能力を得る方向で活動している為、敢えて魔狼を飼育する必要を感じていないのだろう。


 洞窟の入口を遠巻きにし、先ずは『猫』が発見した脱出口を塞いでいく。


土壁barbacane


 歩人が都度、穴を埋めていく。容易に崩せないように『硬化』も行い、万全を期していく。二人と一匹ではまともに取り囲まれれば、それなりに大変になる。負けはしないだろうが徒労は避けたい。





「やっとかよ」

「これからよ。さっさと入口を加工して頂戴」

「へいへい、人使い荒いよなぁ……でございますよお嬢様」


 とはいうものの、歩人以上の働き者である彼女の意見を誰一人妨げることはできない。


terracarcer


土壁barbacane


adamanteus


 洞窟の出口を昨夜の野営地のように加工する。この場合、壁の両側を掘り下げどちらからも接近できないように加工している。


「さて、はじめましょうか」

「おお、任せた!」


 有害な煙の出る硫黄やその他の乾燥させた草類を並べ、油を掛けて火をつける。


 『小火球』を投げ込み、狭められた洞窟入口の隙間50㎝ほどから空気が流れ込み、一気にパチパチと燃え始め、白煙がもうもうと洞窟の入口付近から奥へと流れ込んでいく。


 しばらくすると奥の方からゴブリンの叫び声が聞こえ、やがて大きな騒ぎとなってくる。


『GyaGya!!』

『GiGi!!』

『Gyooooo!!』


 呼吸が苦しくなったのか、パニックを起こして出口に殺到してくる気配がする。


「セバス、背後の塔を監視して……入口を魔術で塞いでおいて頂戴。上位種が飛び出して来たら教えて」

「お、おう。任せておけ!」


 ゴブリンの叫び声がすぐ目の前の壁の向こうに迫ってきたのを感じ、これ幸いと歩人は洞窟の前を立ち去っていく。


『何するんだよお前』

「早く楽にしてあげる善行よ」


 魔力壁を形成し、土壁の上の隙間へと移動する。そこから行うのは……


雷刃Tonitrusgladius


 雷の魔力を纏った『飛燕』の乱舞。中にいる殺到したゴブリンが先ほどまでとは異なる質の断末魔の声をあげ始める。体を焼かれ、肉の焼ける臭いが硫黄や草木と油の燃える臭いに混ざる。


『マジ容赦ねぇな』


 集団戦において、彼女のこの技は恐らく中隊規模の戦力でも無力化できる魔術となるだろう。特に、金属の鎧を身に着けている場合、頭部の兜、胸部の胸鎧などに雷撃が命中し、頭が沸騰するか心臓が止まるかのダメージを与える事になると思われる。


 素肌に腰布程度のゴブリンでは、肌が焼け心臓が止まる程度のダメージだろうが、それでも被害は大きくなる。


「味方が手前にいる時は使えないから、切るタイミングを考える切り札になるのよね」

『だから単独で来たのか。まあ、使い所ではあるな』


 集団であればコントロールできない魔術は味方を誤射する可能性もある。なまじ魔力量の多い彼女が使うには、かなり危険が伴うと考えられるのだ。


「一先ず、この壁を封しましょうか」


土壁barbacane


 壁を完全に塞ぐことで内部の空気が毒となる。ゴブリンの巣穴の駆除は、いぶした後に封じるに限る。


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