第465話-2 彼女は残留組と合流する
宮中伯に断りを入れ、一旦聖都へ戻り、討伐の準備に加わることにする。
『主、確認してまいりました』
アンゲラを出る前に、『猫』が合流。養成所の状況報告を聞くことにする。
『場所がネデルでもかなり王国に近い場所であること、オラン公の遠征軍が既に四散したと見なされていることから、門を固く閉じ暫く落ち着くまで立て籠もるつもりとのことです』
主要街道から離れているものの、近隣の城塞都市も出入りを止めリジェのように守りを固めている事を考えると、交流のある商会なども活動を休止しているはずである。守りを固めると言うとどの程度の戦力なのだろうか。
『猫』に確認すると、常勤の「守備兵」は二十四人で、二班八人が一昼夜勤務し翌日休みの、半日出勤半日休憩の三日ごとのローテーションで動いているという。
『夜中は四班十六人が警備についています』
「他に、施設で働く職員と、収容されている子供の数に変化はないのかしら?」
職員は、教官役、聖職者・パン職人・鍛冶師・料理人などがおり、教官の数は十人、その他の職員を合わせて二十人が確認できている。地下室などは存在するが、脱出用の秘密通路などは存在していないという。
『全員が暗殺者か元暗殺者になります』
職員全員が暗殺者。兵士はいわゆる傭兵の類であり、能力は並だが、装備はそこそこよいという。弓銃・マスケット・ハルバード。金属の胸鎧と小手・脛当てを装備し、鎧下の胴衣も質の良いものを装備しているという。職員は教官は帯剣しているものの、それ以外の大人は見える場所に武器を携帯していることはないのだが、『暗器』の類は持っていると思われる。
『暗器持ち……厄介だな』
『暗器』とは、一見武器を持っていると悟られないような外見の武器であり、ワイヤーや小型の刃物、布状の形をしたものなどが少なくない。常時携帯するなら、事前に毒を塗布したままにすることで自傷事故を招きかねないのでおそらくはない。
不意打ちを防ぐことにも留意させねばならないし、討伐の方法・手順も吟味しなければならない。
「それで、子供の数と収容場所はどんな感じかしら」
施設は格子や鍵が厳重であるものの、リリアルの二期生寮のような感じの木造の家屋であるという。但し、そのまま『処分』できる仕掛けが仕込まれており、建物ごと焼き殺す装置が家屋に組み込まれているという。
『生かしておいても困る事態を想定してるってわけか』
「……面倒ね。作戦は二段階に分けるべきかしらね」
当初、彼女は入口を一箇所に限定し、そこに本営を置き『馬車要塞』で待伏せ、内部に突入した冒険者組と、逃げ出す敵を殺す待伏せ組に別れて討伐を行うゴブリン村塞モデルを検討していた。
この場合、暗殺者の行動抑制や収容されている子供の安全確保ができない。
「職員は職員用の寮に住んでいるのかしら」
『寮というよりも、城館に近いものです。おそらく、元は騎士団支部だと思われます』
「……そういうことね」
最盛期には万に近い支部を有していた『修道騎士団』。総長と王都管区本部長の幹部二人が異端審問の末処刑され、王国内の騎士団は接収され、多くの修道騎士は還俗するか他の修道会へと入りなおした。
南ネデルの地は、その当時『ランドル辺境伯領』を中心とする地域であり、ムーズ川流域からは「聖王国」の王や貴族となった騎士達の出身地が数多く存在していた。つまり、放棄されたこの暗殺者養成所のある城塞は、それ以前は『修道騎士団支部』として機能していた城塞の一つであると推測される。
『紋章も一部残されておりました』
「つまり……王国に敵対する暗殺者養成所・裏冒険者ギルド・商人同盟ギルドは『修道騎士団』所縁の組織という事になるわ」
修道騎士団は王国以外にも所領があった。表向き、聖母騎士団がその資産を継承したことになっているのだが、当時国内にサラセン人が建国していた神国、そして帝国の聖騎士団として東方殖民を行い異教徒狩りを行っていた『駐屯騎士団』の背後には、修道騎士団の残党が合流していた。
商人同盟ギルドとその商人が建設した都市を経済の軸に、『駐屯騎士団』の戦力を軍事の軸とし、そのニ軸をもって帝国は東方に勢力を広げようとした。ギルドと騎士団は表裏の関係なのだ。そして、王国に対する怨恨はそこに端を発していると推測される。
「ならば、王国を守るため全てを灰燼に帰するくらいのことは問題なさそうね」
『いや、お前、証拠品位確保してから燃やせよな。そこ、大事だぞ』
『魔剣』に言われる迄もなくである。証拠品確保は、場所の特定を改めて突入前に『猫』に捜索を依頼することになるだろうか。
「実りある偵察だったわね」
『恐縮です』
歩人の報告を踏まえ、聖都で打ち合わせを進めようと彼女は考えていた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
既に、聖都大聖堂の巡礼者用の宿泊施設には、リリアル合流組が到着していた。久しぶりに会う、灰目藍髪と碧目金髪の薬師ペアはとても盛り上がっており、いつもは冷静な灰目藍髪もちょっとテンションが高くなっているようだ。
「お疲れ様。どう? 遠征の成果は」
「まあまあね。神国の正規兵は相当強いし数も多かったわ」
「はは、その辺りはまた後日で。ノインテーターも取り込んだんだってね。それに、暗殺者養成所の討伐の準備も進めないといけないし、まずは打合せだね」
「ええ。冒険者組だけまずは集まって、方針を検討しようと思うの」
彼女の意思を受け、まずは遠征慣れしている冒険者組と意見のすり合わせを行う。手順が決まれば、改めて薬師組・二期生含めて役割分担を行う事にする。
情報収集を行った歩人、内部にいた経験を持つ茶目栗毛を中心に会議は進むことになるだろう。
彼女と伯姪が声をかけ、大聖堂の配慮で一室を借り受けることができた。メンバーは一期生冒険者組に、薬師娘二人、そして歩人と伯姪。
彼女は、これまでの経緯とネデルの状況を伝える。そして、改めて歩人から偵察内容を報告させることになる。
「城塞の外周は600mくらいだ」
城塞の規模、中にある施設、防御施設に内部で抵抗する可能性のある人間の数の凡そを提示する。
「五十人くらい……」
「多いかな?」
「そうでもないだろ。山賊だってちょっと多けりゃ五十くらいになる。強化小隊位の数だ、大したことねぇよ」
赤目銀髪、赤目藍髪、青目藍髪の順だ。討伐経験豊富な三人からすればそういう見識になる。
「だけど、暗殺者と元暗殺者がそのうち半分だから、迂闊に近寄ればダウンだよね」
「ユア・ショォォォォック!! だね」
黒目黒髪の指摘に赤毛娘が同意する。
「暗器は警戒しなければね。指の間に挟んだ鉄杭であるとか、見えにくい場所に張り巡らされた金属ワイヤーなどね」
「ワイヤーは指を斬り落としたり、首に巻き付けて切裂くこともできる装備なので、比較的容易に扱われます。長さは1mほどですので、剣の届く距離であると少々危険かもしれません」
「あと、意外と弓銃の装備が多かったな。あれは、音が小さいから暗殺向きってことか」
「そうですね。毒を矢に塗り狙撃することもあります。音の大きな銃より弓銃が好まれます。火薬の匂い、火縄の臭いは気が付かれますから」
つまり、やみくもに近づいたり対峙するのは良くないという事だ。
「なので、何段階かに分けて仕掛けるつもりです。それと……」
収容されている子供たちの住む家屋には自爆用の装置が仕込まれており、その発動を避けるためにも、夜間に奇襲をもって冒険者組で魔力持ち及び屋外を警邏する守備兵を殺し、明るくなる前に自爆装置の解除と、教官らの部屋の封殺を行うという行動に出ようと考えている。
「なにも正面から堂々と討ち入る必要はないわね」
「ええ。奇襲するのには慣れていても、されるのには慣れていないでしょう? 幸い、優秀な土魔術師もいるのだから、部屋ごと教官たちは埋めてしまうのも手だと思うのよね」
「ちょ、ちょ、待てよ。そんな魔力ある訳ねぇだろ!!」
「なら、俺の仕事か。暗殺者も生き埋めには対応できないかもしれないなら、その方が安全だ。俺がやる」
「……い、いや、俺もできねぇってわけじゃねぇんでございますよ。お嬢様」
魔力ドカ食い前提の作戦に歩人は難色を示したが、癖毛が『おれやる』と言ってしまったので、逃げられなくなった。これ、今後の学院内の立場が変わる一瞬になりそうだと歩人は悟ったからである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます