第463話-2 彼女は遠征の報告をする
すでに夕食の時間となり、彼女は晩餐に付き合う事になる。既に軽い食事を済ませた『ゼン』と灰目藍髪は交代し、食事の場に付き添うのは『ゼン』となっている。この辺り、親衛騎士としての立ち回りの経験がある為か、時間のやりくりがとてもうまいと彼女は感じていた。
レンヌの騎士団長の子息であり、子爵家の次期当主でもある『ゼン』はそのいかめしい外観と異なり、とてもし騎士らしくまた貴族らしい振る舞いが板についた男でもある。
「男爵、あなたが連れている騎士を私たちに紹介してもらえないだろうか」
王弟殿下から声を掛けられ、彼女は簡単に、しかしながら明確に主のいる騎士である事を過たずに伝える。
「レンヌ公国の親衛騎士団長の子息にして、レンヌ公太子の側近を務める親衛騎士で『ゼン』と申します。彼とは、王女殿下の侍女としてレンヌを訪問した際に知り合いました。今回は、公太子殿下と本人の意思で王都で学ぶためリリアルで預かっている形になります」
王弟殿下は自分の側近たちより高位の貴族であると知り、また、王女殿下の婚約者の側近がリリアル学院預かりになっている事に驚く。
「あの時、近衛は散々だったな」
「しかしながら、護衛が務まるか否かを問われれば、言葉ではなく腕前で示すしかありませんから。手加減しては失礼でしょう」
『いや、お前めいっぱい手加減してたじゃねぇか』
最強の近衛騎士を軽く捻ってしまったのは少々黒歴史でもある。あれから、貴族の子弟に遠巻きに避けられている気しかしない。おかげで婚約者が……婚約者候補ですら王族とはいえ、倍ほども歳の差のあるオッサンしかいない。
熱心に働いたのにもかかわらず、結果が伴わないのはまるで解せない。
レンヌの騎士という事で、彼女が男爵位を与えられる経緯となった連合王国の新鋭艦を制圧した話に話題が向く。
「私も、王都の舞台で見たことがあるのだが、あれは事実なのだろうか?」
迂闊な質問をするのは当然王弟殿下である。
「ゼン卿は、親衛騎士としてその場に居合わせたのか?」
壁際に立つ『ゼン』に話を振ったのは、宮中伯。
「はい、私は公太子殿下の随行員として、レンヌ公国の御座船に同乗しておりました。当初は騎士に近い場所で王女殿下と舟遊びをしていたのですが、潮流の影響か、少し流され沖に出てしまっておりました」
船を岸に近づける間もなく、沖合を航行していた大型の船が御座船を拿捕するように動き始める。私掠船であったのだ。
「高い敵船の甲板から弓や銃で狙われ、こちらは正直手も足も出ない状態でした。そこで急に敵船の甲板が大騒ぎになり、気が付くと、リリアル閣下とニース卿がお二人で私掠船を制圧されておりました。ですので、お芝居の内容は詳しく存じませんが、お二人だけで船を制圧したのは間違いございません」
と、良い笑顔で答える。王弟は「そうかそれはすごい」と何度も唱え、宮中伯は意味ありげに微笑んでいる。
「男爵は、連合王国とはいささかかかわりが深い」
「……と申しますと、どのような事でしょうか?」
例えばレンヌ、例えばルーンの新市街と立上げと連合王国に関与した都市貴族の排除。ロマンデに潜伏する工作員村の摘発。連合王国に対して、それなりに敵対する関係である。それが仕事なのだから仕方がない。
ルーン辺りは、百年戦争の間三十年ほど連合王国の支配下にあり、旧来からの都市貴族は、少なからず連合王国とも懇意にしていたと言える。元はロマンデの公都でもあり、ロマンデにかかわりの深い連合王国の王家・貴族とも関わるのが当然なのだ。
「それで、これは先の話になるのだが……」
先の話、嫌な予感しかしない。
王弟殿下が王国北東部に所領を頂き『公爵』となる事が内々に決まったという。また、連合王国の女王陛下はいい歳にもかかわらず、自分の王配をいまだに定めず、王国・神国のみならず、様々な国の王族を天秤にかけているのだという。
「私もできれば妻は……年下が良い」
何言ってるのか意味が分からないが、とりあえず殿下の与太は聞き流し、宮中伯の話に集中する。
「連合王国の今の女王は『原神子信徒』だ。神国国王は、女王の姉に当たる先代女王の王配であった事もあるが、姉は厳格な御神子教徒であったが、まあ、高齢だったので子には恵まれず、王太子であった国王は父親の死去で国に帰り、そのまま連合王国には戻らなかった」
至極当たり前である。大国の王が、連合王国の王配としてとどまる理由はない。但し、先代女王は年下の夫を深く愛しており、戻らぬ夫を思い病を得て亡くなる。
その後、擁立されたのは現在の女王であり、擁立したのは原神子派の貴族たちである。父王は教皇庁からの独立を目指し、また経済的にネデルと深く結びついていたこともあり、原神子派に融和的であった。これを、先代女王が反動的に戒めたので、国内が混乱していたという事もある。
「先代女王は、『厳格』であったが故に、信徒としてはすばらしかったが、為政者としては落第だったと言える。その点、今の女王は優秀だ」
「女だてらに、古代語や様々な学問を学んだ俊英らしい。可愛げのない女だ」
それを言えば、彼女も彼女の姉も可愛げのない女である。貴族の家の役割りを果たす、それが文官の家系ともなれば公文書が記される古代語の習得は必須である。外交においても、場合によっては古代語による会談もあり得る。
王弟殿下は恐らく、古代語を習得していない。因みに、国王・王太子のみならず、王妃・王女殿下も古代語は習得している。可愛い末息子には学問は不要と母親は考えたのかもしれない。
「それで、本題に入って頂けますか」
「いや、簡単な話だ。王弟殿下が連合王国に表敬訪問する。その随行員に男爵を伴う事になるという話だ」
「……」
「男爵なら、文武に優れ、また王弟殿下に同行し晩餐会や舞踏会などにも連れ立ってもらう事が可能だろう」
ちょっと待ってもらいたい。帝国・ネデルにかなり滞在したので、この後また連合王国というのは、リリアルの運営的にも問題がある。
「荷が重いですわ。もう少し身分の整った御夫人を同伴される方が良いでしょう。未婚の貴族の子女を王弟殿下が連れていては、女王陛下に不信感を持たれるのではありませんか?」
王配候補として王国が推す王弟に、若い女が連れ添っていては外聞も悪いだろうし、なにより年増女王が不快に思うだろう。なにしろ、その昔は「妖精女王」と呼ばれた女性だ。現役の『妖精騎士』と顔を合わせて面白いはずがない。
「いや、それは政治的な立場でしかないから問題ない。そもそも、神国の国王は、腹違いとはいえ元妻の妹を結婚相手にと望んでいるのだから、それと比べれば、さしたる問題ではない。そもそも、男爵は王国副元帥の地位にある。王族を除けば、国内でも高位の存在。現役の竜殺しでもあり、王国の武威を示すにこれほど適切な人材もいない」
「これほど、暗殺したい人材のお間違えではありませんか?」
「ははは、あなたほどの人が暗殺されるとは到底思えない。それに、これは形を変えた戦争でもある。勝てば、しばらくあいつらも悪さできなくなる。仕事が結果として減るのであれば、問題ないだろう」
問題は大ありだ。だが、この場で宮中伯が話を切り出すという事は、王宮では調整が済んでいると見て間違いないだろう。断ることは出来そうにもない。
「時期はいつごろでしょうか?」
「早くとも半年後、一年以内と考えて貰えればいいだろう。相手も、随行員を伝達してから、その人選に意見する期間がある。今日の明日ではないので安心してもらいたい」
喉元まで「安心できるか!!」と声が上がったが冷静になる。一先ず、リリアルの仕事を終わらせる時間の余裕はある。それに、暗殺者養成所の排除が優先される。裏冒険者ギルドという事は、商人同盟ギルドの系統。その背後には、帝国の貴族が存在すると考えておかしくない。
「商人同盟ギルドとはどのような関係を築くご予定ですか」
王弟殿下は何を言っているのか理解できなかった様子だが、宮中伯は彼女の質問意図を正確に把握する。
「あれはもう駄目だろう。東外海の植民都市はほぼ大原国が押さえてしまった。今まで、帝国内の人口増の受け皿として発展した地域だが、既に枯黒病の流行と、国内の発展によりあの地域は帝国から乖離し始めている。単純な素材を購入し、右から左に流すだけの商業圏は成長性がない」
代わりに成長の原動力となっているのは新大陸、若しくはサラセンを経由しない東方の貿易。その主な担い手は神国・連合王国とそれを取り持つネデル商人。経済発展の中心地はネデルに移っている。
「どのように関係が破壊されても、既にあれらは無用の存在だ。もう大した権能は帝国内にすら残っていない。まして、大国である我々が無視しても全く問題がない程度のものだ」
吸血鬼の巣である可能性を考えれば、徹底して叩き潰したくもある。特に、王国の目と鼻の先にある暗殺者養成所は根こそぎ破壊する。
「捕虜は取る必要はありますか」
「ない。会敵必殺で構わん。どうせ、末端の指導員程度では何も知らされていないだろう。無駄なことをして、リリアルが危険な目に合えば、私の首の方が危ない」
宮中伯アルマン、祖母である先代子爵の孫弟子でもあり、若い頃からの醜聞もかなり把握されている。彼女の祖母が恐れられているのは、王都に張り巡らされた情報網を握っているからでもある。
母と姉も相当の者だが、かつて王妃の侍女として若い頃から王宮に根を張り半世紀を過ごした祖母のネットワークには敵わない。
「とにかく、連合王国に男爵が同行してくれるのであれば、安心だ。よろしく頼む婚約者殿」
「……殿下、私はあくまでも候補者の一人に過ぎません」
ははは、と笑って誤魔化す王弟。しっかりダメ男オーラが噴き出している。同じ王族とはいえ、腹黒殿下とは正反対の意味で危険な男であると彼女は感じていた。年上の弟(駄目な)という感じがする。リリアルであれば、癖毛に近いかもしれない。
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