第463話-1 彼女は遠征の報告をする
「男爵、早速だが報告を頼む」
飲み物の手配が住み、背後には灰目藍髪が立ち、彼女は飲み物に一口付けると、今回のオラン公の遠征について把握している限りにおいて説明し始めた。
オラン公の遠征の目的については達成されており、本人とその直衛軍も無事であること。総督府軍との交戦で、多くの帝国傭兵に損害が出ている事。さらに、遠征軍に参加した傭兵達によるネデル領内の略奪等の実施により、総督府は早急に信用回復の為、被害のあった地域に軍を派遣なければならないこと。
神国兵の強さは、その火力に依存し、その為、大量の火砲の使用により金銭的な負担が大きい事も明白であった事。それに、連合王国の長弓兵同様、攻められた際に威力を発揮する戦法である事である。
「攻城戦をみていないのだな」
「オラン公が攻城兵器を有しておりませんでしたし、今回の遠征でオラン公に付く都市で総督府軍の攻撃を受けるまでに至った街もありませんので。ただ、マスケットも長弓同様、城塞を攻めるには向いておりません」
長弓は野戦でこそ、また防衛戦でこそ効果がある。どんなに矢を射かけても石造りの城壁は崩れたりすることはないからだ。大砲の砲弾ならともかく、銃弾では石の表面を削るのが精々だ。つまり、攻城戦においては相変わらず如何に城壁を崩すかの戦いであり、時間も手間もかかるということになる。
今回の遠征では発生していないケースだ。
「しかし、神国軍は相当に強力なのだな」
「……近衛連隊のモデルの一つですから……」
「そ、そうなのか。なるほど、強いわけだ」
宮中伯の返答に面食らう王弟。実際、サラセンの親衛軍が銃を大量に装備した歩兵であることを参考にし、対抗できる軍を編成したものが神国の軍制になる。『テルシオ』は、その為の戦闘体系であり戦術である。
実際、長槍とハルバード主体の帝国傭兵を中心とするオラン公の遠征軍は全くかなわなかった。近寄られる前に、銃でダメージを与えられ、大砲で追い散らされた。但し、テルシオは追撃戦を行う能力が低いため、別途、相応の数の銃と騎槍で武装した軽騎兵が必要となる。
王国においても、昔ながらの貴族中心の重装騎兵より、戦場の周囲を警戒し、敵を発見し、追撃を熟す騎兵戦力を騎士団中心に再編成することになるだろう。
「軽装騎兵か」
「かなり広範に警戒・襲撃・偵察・連絡・追撃の任務に参加していました。私たちも戦場の周辺で何度か交戦しています」
「強いか?」
王弟の質問になんと答えれば良いか彼女は戸惑う。戦争は『いしけん』つまり、石と剣と布の関係である。石は剣を弾き、剣は布を切り裂く、そして布は石を包んでしまう。軽装の騎兵は遭遇戦や強襲にはそれなりだが、相手が守りを固めていればうち竦められてしまう。
彼女達ほどの魔力を用いた戦闘に特化した集団でなければ、相応に脅威であることは言うまでもない。
「どうかしら? あなたも戦場で出くわしたでしょう。意見を教えて頂戴」
背後に立つ灰目藍髪に、不意に話を振る。将来騎士を目指すにおいて、高位の貴族や官僚と言葉を交わす事もある。その練習だと言えばいいだろうが、彼女が楽をしたかっただけとも言える。
「は、はい。銃と長槍を装備しており、軽装とはいえ金属の胸当てと兜を身に着けており、その攻撃速度は脅威であると感じます。ただし、騎士として育成された者ばかりではないようで、遭遇戦では後れを取ったようです。二度ほど誰何され、反撃しましたが、魔力持ちが少なく、あっという間に討伐いたしました」
魔物ではないので、討伐はいかがなものかと思うが、リリアルにとって、敵国兵も魔物も王国に脅威をもたらす存在であるから大差はない。
「神国の再統一までの過程で、彼の国はかなりの人間を『騎士』として取り立て国内聖征のため活用しました。故に、騎士として鍛錬が不十分なものでも、『騎兵』としては相応に役割を与えられ神国軍に所属しているのでしょう」
「確かに。人口が半分程度の神国において、騎士の数は王国を上回る。その分、質は伴っていないが、騎士・貴族の数が多い分、遠征に充てる戦力は王国に匹敵するというわけなのだが」
王弟殿下は宮中伯の説明に、しきりに頷いているが、初めて知る事も多いのだろう。つまり、百年戦争以来、国内において大きな戦争がない王国と異なり、つい六十年程前までは、何百年かに渡り国内にサラセンの王国があった神国は、その国と継続し戦争をしていた。その為、軍人となる騎士・貴族が王国と比べとても多い比率なのだ。
これは、サラセンと戦争を継続していた帝国以東の地域においても同様であり、国内の戦争が少ない、王国・帝国などは騎士・貴族の比率が低い。
「神国は、地域によっては半分が騎士・貴族という場所もあると聞きます」
半分貴族って、それは既に貴族ではないんじゃないか。王国は精々、百人に二人いるかどうか程度であり、少し多くても三人に届かない程度である。
「騎士団と近衛連隊、それに騎士学校の資料として、神国軍の運用と、帝国傭兵を基幹とする在来型の遠征軍の比較をまとめて書面で貰えるだろうか」
「王都に戻り次第、提出いたします」
一先ず、ネデル騒乱とでも呼べばよいだろうか、オラン公と総督府の戦争に関してはこれまでだとされた。
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