第456話-2 彼女はオラン公をリジェに迎える 


 姉はシャリブルの店舗に腰を据え、なにやらリジェの商人たちと交流を進めるようにしているようだ。姉の荷物の中には、シャンパーのワインや蒸留酒、サボアのチーズなども入っている。その辺りを手土産に、さらにルリリア商会で扱う蒸留アルコールなどもサンプルとして提供している。


 リジェは商業的に豊かな町であり、内外の交流も少なくない。ネデルでありながら総督府の直接影響下にない点は立地条件として長所であると言える。


 ムーズ川を経由すればコロニアとも近く、メイン川水系とも移動しやすい。勿論、西に進めば王国にも近い。拠点を置くに申し分ない場所であると言える。


 シャリブルの武具店に足を向けると、姉は一階奥の工房スペースでなにやら頭だけのノインテーター『ガルム』と与太話をしているようである。シャリブルはその場にはおらず、アンヌは司教宮殿で公女殿下付きの侍女をしているので二人きりである。


「あ、妹ちゃんお帰り。オラン公軍はどうだったの?」

「もう予想はついているのでしょう。ボロ負けよ」

「だよねー」


 姉は他人事なのでケラケラと笑っている。横では生首の『ガルム』が歪めた笑いを口元に浮かべ何か言いたげである。


『神国軍が勝利し、反乱軍が負けたのか、めでたい!』

「めでたいのはあんたの頭でしょ? 目先の勝ち負けを考えるような戦役じゃないじゃない。ホント、貴族の子供とは思えないよね。精々、末端の騎士の子供程度の思慮しかないよね」

『なっ、女に何が分かるというのだ!!』


 姉妹に言ってはならないことを『ガルム』は気が付いていないようだ。彼女の姉がニヤリと笑い、彼女に話を振る。


「これで一先ず終わりなんだよね妹ちゃん」

「ええ。オラン公以外の反乱分子は恐らくネデルにのこれば粛清されるでしょうから、公で原神子派の貴族は一本化されるでしょうね」


 人口の半数は都市に住み、封建貴族の少ない土地柄であるネデルにおいて、公爵や伯爵はそれほど多くなく、また、帝国自由都市であったり、商人同盟ギルドに加盟した自由都市多くあったことから、貴族と言っても都市貴族が主であり、実際に軍事的な能力を持つ都市は『コルトの戦い』の時代のようには行かなくなりつつある。


 神国のネデル総督府に対抗するために旗頭となれる高位貴族で処刑されていない者はかなり少ない。その中で、ナッツ伯を実弟とするオラン公は、国外で活動していたとしても、それなりに注目され期待される存在なのだ。


 今回の遠征、北部では一度は勝利し、南部遠征においても敗れたとはいえ計画的に軍を編成し行動させる能力を見せたことは、総督府からもネデルの反神国の住民からもその存在感を強く認識した事だろう。


「実際、損害を受け死んでいるのは、あなたの同僚である『傭兵』たちであり、正直大して役に立っていなかったわね」


 足元を見て総督府軍と対峙した状態で追加報酬を要求し、その上、交渉の途中で傭兵団の幹部が殺される事件まで発生している。リジェの周辺を荒し周り、野営地で彼女たちに襲撃され散り散りばらばらに逃げて雲散霧消した数合わせの戦力も相当いた。


 神国軍に討伐され、追撃の足止めになればオラン公にとっても儲けものなのだ。


『はっ、ではこの敗戦に何の意味があるというのだ?』

「意味なんて大してないよ!!」

「……姉さん、適当なことを言わないで頂戴。まさか、傭兵隊長を務めていたガルム卿はその事に思い至らないというのでしょうか? そんなはずありませんわよね」


 彼女が煽り気味に話しを振ると、条件反射の如く『当然だ!』と叫ぶ。


『まず、原神子派の首領として名乗りを上げる意味がある。それと、自らの軍事的能力を示し、反乱軍を指揮する能力を証明して見せた……』


 と答え、そこで話が止まる。彼女と姉の中では、それ以上にネデル総督府が困窮する方向に舵を切らせることに繋がると考えていた。


「今回、わざとネデルの村や街をオラン公は荒しているよね。何で?」

「分かっているでしょう?」


 姉は笑いをこらえるような表情で口をつぐむ。彼女も目線を下に向け微笑している。そして、『ガルム』だけが頭の上に?を付けている。


『糧秣確保の為ではないか。戦争には略奪が付き物だろう』

「えー 自分たちが反総督府の軍を挙げているのに、何で味方に付けたいネデルの住民に反感を買うような真似するのよ。その理由を妹ちゃんは聞いているんだよ、わかるかなガルム君」


 ふふふと笑う姉妹と、顔を一層歪める『ガルム』。


 答えは簡単な事だ。総督府軍が勝利し、オラン公は撃退された。とはいえ、公自身は健在であるし、周囲の騎士達も温存されている。戦死したのは臨時雇いの傭兵だけである。


 ネデルに神国軍は数万の兵を張り付けている。それも常雇いの兵だ。そして、今回その戦力でも、街や村を攻撃するオラン公軍を防ぐことはできなかった。その結果、どうなるのか。


 まず、被害を受けた住民の不満は高まる、その上、総督府軍の統治能力に疑問を持つようになる。神国の税の半分以上を納めるネデルにおいて、その金額に見合った保護をネデルの住民は受けていない。これが、都市と農村の関係に距離がある王国などであれば話は別だ。


 人口の半数が都市に住むネデルは、その内部の職人たちが周辺の農村に下請け仕事を依頼していたりする。染色関係、織物関係の下職は農村に住んでいる農民の家族である。それが、守られないという事は都市の住民も経済的に困窮することになる。これは、ネデル特有の事情である。


 守るためには、より多くの常備兵を集め配置しなければならない。攻める側は予定を決めてから集めればよいのだが、常備の兵を主とする強力な神国軍のネデル総督府旗下の部隊は、ものすごい金食い虫となる。


 守るためには財政負担を強いる事になり、税を増やさなければ戦力不足でオラン公の遠征を完全に防ぐことは出来なくなる。攻める側は時期も戦力もある程度柔軟に決定できるが、守る側はそうもいかない。


 戦力としては隔絶した神国のテルシオ兵団も、こちらが攻め寄せなければ追い込むことは出来ないのである。ロックシェルに向かったからこその戦であり、複数の部隊で『騎行』のような進撃をすれば、苦しくなったのはネデル総督府軍であったはずなのだ。


 とはいうものの、百年戦争期の連合王国軍のように敵地で寄せ集めの軍でも求心力を維持できる指揮官は、オラン公の遠征軍にはいなかった。

勝手に略奪に走る諸侯や、足元みて追加の報償を得ようとする傭兵しかいなかったので今回は実現しなかったが。北部遠征軍のような部隊が三四と存在したならば、総督府の苦戦は必至だったと思われる。


「総督府を困らせる伏線を張るための遠征だったんだよね」

「ええ。対策の為に、戦力を増強し、あちらこちらに兵を配してその防衛の拠点、都市ならば城塞化を進めないといけないわね」


 マストリカは既に、堡塁を備えており大砲による攻撃に耐えられる構造に改装されているが、リジェに堡塁はない。多くのネデルの都市は軍事拠点のマストリカのようには改修されていないだろう。その為の資金は、都市の住民が負担することになる。兵士を雇う金だけでなく、設備を更新する金も必要だ。


 さらにいつまでもこの投資は必要なのだ。常備の軍は、軍を維持し続ける限り金を吸い込んでいく。さらに、銃兵の使用する銃は高価であり、火薬という消耗品も高価である。大砲を使用するので、更に火薬も必要だ。


 強力な軍隊を維持するには巨額の資金が継続して必要なのだ。


「経済的に苦しくなるよねぇ~♡」

「その上、異端審問で経済を支えてきた原神子派の都市貴族・商人を排撃しているのだから、税収はさらに下がるわよね。支出が増えて収入が減るのだから、長期的に見て破綻は必至。ガルム卿、これが今回のオラン公の作戦意図でしょう」


『ガルム』沈黙。そして、彼女の姉が嬉しそうに告げる。


「戦場で勝つのは下策なんだよガルム君。優秀な将軍は、戦場の外に勝利を求めるものなのだよ」

『!!! 何を分かったようなことを!!!』

「分かるわよ。オラン公は戦場で輝くタイプではなく、政略こそ重視するタイプですもの。とは言え、戦場に出ずに城に籠り命ずるだけでは人心を掌握する事は出来ないと考え、一見無謀な遠征に踏み切ったのでしょう」


 いかに意味のある敗北を喫するか。オラン公の戦略はこの一点にあったと言えるだろう。恒常的な軍事費の負担、交渉をせず純軍事的に決着を付けることを決めたフェルナン将軍は、勝利を重ね方針を転換できなくなってしまっただろう。


 勝利によって、軍拡路線が確定してしまったのだ。自身が総督を退くか、財政破綻し反乱の炎が立ち上るまで、方針を変える事は難しいだろう。意図せず、異端審問により国外に原神子派貴族をおいだしてしまったことも拍車をかける。議会で話し合う相手はすべてあの世か国外にいるのだ。これでは、話し合いという割りの良い対策を打つことができない。


「戦に勝って勝負に負けちゃったかな?」

「神国のやり方をそのままネデルに持ち込んだのが悪手なのよ。つい最近まで、サラセンが国土の中にいて、聖征をし続けていた国と、自分たちで国を築いたと考えている市民が住む街が大半で、その街を育てる為に協力する貴族を領主として選んできたネデルの住民が同じ対応で良いわけがないじゃない」


 強圧的な貴族・国王に対し力で反抗することも辞さなかったネデルの市民の心理を考えれば、神国の統治方法は悪手なのだ。先代国王はネデル育ちでありその辺りよく理解していた。が、その息子は神国の王宮で育った神国の空気しか知らない男なのだ。総督も同様。


『ならば、どうすれば良かったのだ』

「何でも聞けば教えてくれると考えるのは子供の証拠だぞ! ガルム君」

「そうね。それに、今は頭しかないのだから、考えるくらいしかやる事がないのではないかしら? よく考える時間はたっぷりあるわね」

『き、貴様!! 勝ち逃げは許さんぞ!!』


 そもそも、負けた相手は灰目藍髪である。


「妹ちゃん、こんなのと勝負したの?」

「まさか。そんなわけないじゃない」


 彼女が姉に、灰目藍髪に如何に『ガルム』が叩きのめされたかを詳細に説明する。顔がどんどん歪んでいく『ガルム』である。


「あははは、まあ、リリアルでもう少し腕を磨いてさ、騎士としての面目が立つようにしたほうが、お姉さん良いと思うよ」


 貴族の子供はすべからく『騎士』となる資格を有している。成人と認められるのは、騎士として一人前に役に立つと見なされた時である。『ガルム』……大丈夫かお前と思わないでもない。大丈夫でないからノインテーターなのだが。


『ぶ、武器を変えれば問題ない』

「次は言い訳できないように、同じ装備にしてあげるよ!」


 逃げ道を塞がれた元貴族の子弟は、坊やだからという理由でも勝負に負ける事を許されない立場となったのである。




 侯爵家の嫡子ではないと言え、子爵家の次女程度でも理解できるオラン公の戦略を読み取れない『ガルム』は頭の出来は今一つなのかもしれないと、彼女は考えていた。



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