第456話-1 彼女はオラン公をリジェに迎える
「オラン公をリジェに迎える……」
「はい。前面の野営地にて数日戦力を集積するため滞在することになると思われます。その際、兵が周辺の村落や街を襲撃しないよう、オラン公をリジェに迎え入れ人質とするのです」
「……という態でか」
司教猊下は彼女の提案の意図を理解する。外面的には、リジェをオラン公の敗残部隊が包囲し、再び軍資金の提供を要求する。当然、リジェは拒むのだが、リジェはネデルではあるが神国の領土ではなく、リジェ司教領である。
総督府軍が直ちに向かってくることはあり得ない。一応、他領であるし、救援依頼も受けていない。兵を動かせば、その分資金も発生する。既に、ネデルの主要な地域においてオラン公軍は撃退されており、数日包囲した程度で、今さら総督府軍が動くとも思えないのだ。
そこで、リジェ司教領とオラン公の間で、今後の取決めをすすめておくという機会を設ける事にする。司教猊下とオラン公は異なる宗派の関係であるが、参事会の主要な構成員の中には、原神子派信徒も少なくない。また、今後、オラン公がネデルでの影響力を扶植していく過程で、司教猊下もその存在を無視することは出来なくなるだろう。
今の時点なら、自分たちが優位な立場で手を差し伸べることができるだろう。司教も参事会もそう考えると彼女は予想している。故に、ここでの顔合わせは成立するだろう。
オラン公とリジェの街は直接やり取りすることは問題がある。今後は、ニース商会の支店を介してやり取りをするのが無難かもしれない。その辺りは、後日姉が提案するだろうか。
リジェの街は銃器産業の一大拠点であり、神国のネデル駐留軍だけでなく、本国や他の地域の装備も注文が入るだろう。それはすなわち、神国の軍事情報について伝わる事と表裏の関係である。戦争を始めようとすれば、先立つ物は装備であるからだ。
「オラン公軍の野営の件は理解した。それと、参事会にはどう話を通すか」
彼女は姉を使って話をしようと考えていた。恐らく、ニース商会の支店を
使った連絡手段が今後も継続することになるだろう。オラン公からニース商会の支店に連絡が入り、内部で通達という形でリジェの支店に文書が渡され、参事会や司教宮に書面が伝わる形だろうか。
「ニース商会頭夫人か。なかなか興味深い女性だ」
慎みはないが、人の興味を引きやすいのが彼女の姉である。司教とは直接面識がある人間同士であるから、さらに姉を参事会にも認知させ、商会を窓口として連絡をするのはそう難しくはない。
「オラン公を対陣中に一度司教宮殿に招いてはと思うのですが」
彼女は『人質』代わりに、オラン公をリジェ内部に招き、内密に直接交渉するのも手だと考えていた。なにより、司教宮殿には公女殿下も滞在しており、配慮することで今後の関係も良好になるのではと考えている。
「私に異存はないが、オラン公の軍の被害を受けた司教領の住人もいる故、参事会とは少々難しいかもしれぬな」
商売や人的な被害を受けている住人もいるだろう。未だ、戦時中である事を考えると、安全確保をするに参事会の場では難しいのではないかというのが司教猊下の認識である。
「既に遠征の目的は終えておりますので、あとは、オラン公が無事ネデルを離脱できるかどうかになると思います」
「追撃戦はどうなのだろうな」
銃兵の比率が高く、大砲も戦場に投入したネデル総督府軍は簡単に追撃をする事は難しいだろう。騎兵も存在するが、リジェ司教領迄追いかけてくるとは考えにくい。一応は、帝国に所属する別の君主の領地であるから、主権は別に存在する。
という建前で、金のかかる軍事行動を終わらせることを選択するだろうと彼女は考えていた。常備の兵は動かすだけ金が余計に掛かる。ロックシェルも軍を長い間不在にすれば、不測の事態もありえるだろう。過去には暴動も発生している。
なにより、指揮官である将軍が総督を兼ねているのが不安でもある。ロックシェルを総督も精鋭の神国兵も不在の状態にしたいとは思わないだろう。歴戦の将軍の引き際は鮮やかであろうと彼女は推測する。
「人を放って、総督府とオラン公のそれぞれの状況を確認するのが優先か」
そう言うと、司教猊下は話を終わらせ、側近の司祭たちに指示を出し始めるのである。
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