第455話-2 彼女は騎乗銃兵と遭遇する 

 騎兵は戦場の主役ではなくなったが、三つの主要兵科の一つである事には変わりがない。砲兵は未だ主役という事ではなく、その移動の鈍重さにより補助的な存在に過ぎない。また、砲の管理は専門の職人が管理しており、マスケットのようにはいかないのである。


 誰何する声に、彼女は落ち着き払って答える。


「冒険者ですが、どうやら戦場に迷い込んでしまったようで難儀しております。貴方様方はもしかすると、神国の騎士様でいらっしゃいますでしょうか?」


 神国は騎士が多い国である。それは、二世代ほど前までサラセン教徒と国内で戦争をしていたからである。騎士の多い地域というのは、古帝国の領域において『辺境』に位置する場所が多いのだと言われている。


 一つは神国、今一つは半ばサラセンに占領されてしまっているが大沼国である。王国などでは精々が2%程度の貴族の割合が、神国では10%を超え、特定の地域においては40%にもなるという。勿論、その多くは己の身一つの騎士達なのだという。


 彼らは限られた封土では暮らす事も出来ないので、船に乗り内海、外海へと足を踏み出していく。そして、海外に植民地を獲得し大領主となるのが夢なのだという。志半ばで死ぬ者も多いが、冒険に身を投じるものがとても多いのはそうした理由である。


 今少し地に足をつけた者たちは、神国軍の騎兵や指揮官となる。


 つまり、この誰何している者たちは恐らく正真正銘の騎士達である。


「冒険者にしてはいやに身綺麗な装備だな」

「いかにもだ。怪しい馬鎧など纏わせている。それに、お前達は女ではないか。騎乗で難なく移動できる女冒険者など聞いたことがない。ちょっと、ついてこい」


 騎兵は四名。恐らくは分隊の下の単位だろう。周辺に似たような四人組の騎兵がいるはずで、同じように周囲を警戒しているはずである。


 彼女は冷静にお断りをする。


「何故でしょうか」

「怪しいからだ」

「ほう、ならば、お前達が怪しいと我々が判断したならば、処断しても構わないわけですね」

「ここはネデルであるのだから、貴様らにその様な権限はない」

「いいえ、ここはリジェ司教領です。私たちはリジェ司教猊下の客です」


 彼女は一先ず、穏便に話す事にした。


「司教の客だと。名を名乗れ」

「神国の田舎騎士は、自分の名を名乗る前に相手に名乗らせるのですか?」

「「「「!!!」」」」


 灰目藍髪、煽る煽る……騎士四人が銃を向ける。





 神国騎兵には、いくつかの下位の兵種が存在する。プレートアーマーを装備した『重装騎兵』は、ランスと剣で装備し、馬も鎧を纏い、また手綱は鎖で作られ、歩兵に切られないように工夫されている。数が大いに減ったものの、混乱し槍兵が方陣を崩した場合、突撃し歩兵の壁を穿つ役割を担う。


 今の国王に変わってから、この重装騎兵は徐々に『ハーフプレート』の鎧を装備した『槍騎兵』の兵科に変わりつつある。これは、5.4mの騎兵槍を装備し、上半身のみのプレートアーマーを装着している兵科である。鎧の重量は半分程度となり、馬への負担が軽減されている。また、馬鎧も装備していない。これは、銃の性能向上で、馬鎧の効果がなくなったことによる。


 これに対し、以前は投槍と簡易な布胴衣に盾を装備した軽騎兵が存在したが、現在では『騎乗銃兵』という存在に神国では変わっている。この兵科は、軽騎兵の連絡・警戒・偵察・追撃と言った任務を同様に担うと同時に、銃で武装している。常に火縄を灯しているわけにはいかないため、ホイールロック式の発火装置を使い銃を発射することになる。


 即ち、銃撃する際は狙いを定めてから……チャッチャと金属板を擦り、火花を散らさねばならない。上手く火薬に点火できないと、間抜けなことになる。




 長々解説したが、彼女たちを拘束しようとしている四人は……

『騎乗銃兵』である。


『なにカシュカシュしてんだこいつら?』


 銃を向け、鉄の円盤を擦り火花を散らそうとするのだが、一向に発砲されない。というか、何故、発砲しようとしているのだろう。危険を感じた三人は、一斉に行動に移る。


「てぃ!」


 魔装槍銃を用いて、一人の騎乗銃兵から銃を叩き落とす灰目蒼髪。その背後で彼女が『魔剣』を振り、魔術を発動する。


『雷燕』


 後方で銃を構える銃兵に、雷を纏った「飛燕」が命中。馬ごと体を跳ね上げ、地上へと落下し、暴れた馬に踏まれたようで惨い事になっている。


「ちくしょう! ちくしょう!」


 必死に転回する残りの二人の銃兵。彼女に銃口を向け、発射する。


 Paaannn  !!


 漸く発射された銃口から白煙がもうもうと立ちこめる。弾丸は


 Chunn


 彼女が展開した魔力壁にはねとばされる。


「な、なんなんだよぉ!」


 それはこちらのセリフだとばかりに、彼女は再び魔力を剣に込める。


雷刃Tonitrusgladius


『雷刃剣』は、『雷燕乱舞』と同意である。つまり……


「がああぁぁぁ!!」


 軽装とはいえ、金属の胴鎧と兜を装備した騎乗銃兵は、複数の雷を纏った魔力の剣戟を受け、馬も同時に心臓マヒを起こし崩れるように倒れる。


 最後の一人は、『ゼン』にバスタードソードで馬上から叩き落され、地面でひくひくと動いている。


「やっちゃいましたね」

「ええ、やってしまったわ。事が大きくならないうちにリジェに引き返しましょう」


 不用意に見つかってしまい、無駄な交戦となったが、精鋭とはいえそれなりの練度であるという事は理解できた。参考までに、ホイールロック銃を回収、四人には止めを刺しておくことにする。そして、銃声を聞きつけて周りに他の騎兵が接近してくる前に、リジェへと向け馬脚を進めるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 リジェに戻り、司教宮殿に公女マリアを訪ねる。彼女の無事を伝えたこと、オラン公自身は疲労困憊ではあるものの、危険な状態ではない事。但し、遠征自体は公の側の敗北で間もなく集結し、リジェを経由して王国へと敗走する予定であることを説明した。


「……敗走……ですか」

「はい。総督府軍と遠征軍の間の兵の能力差は埋めがたいのです」


  総督府軍の兵士は、常雇いの専門兵士。対するオラン公の帝国傭兵は、少数のベテランが率いる素人の寄せ集め傭兵だ。また、銃をほとんど装備していない状態で、大量の銃と大砲で攻撃してくる神国軍に対応できるはずがないということを公女殿下は知っていた。だが、敗走となれば混乱が生じ、思わぬトラブルに巻き込まれないとも限らない。それが心配なのだろう。


「戦闘段列は前衛にオラン公の直衛軍、後衛に傭兵隊を中心とする諸侯軍が配置されております。既に前衛は渡河を終え、リジェに向かう途上におりますが、後衛が総督府軍と交戦を開始し、時間の問題で敗走し始めるでしょう。公は、前衛を率いてリジェに向かわれていると思われます」

「お父様の直卒の部隊は健在という事でございますわね」

「おそらく、後衛を切り捨てて粛々と移動されていると思われます」


 後衛を切り捨てると聞けば外聞が良くないとは言うものの、実際は、遠征途中で値上げ交渉を始め、ろくに戦いもせず傭兵隊の指揮官を勢い余って殺害するような粗悪な兵士たちであり、潰走するのは当然の戦力である。


 当初の目論見とは少々異なるのだが、傭兵を壁にして上手く戦場から離脱する作戦は成功するだろう。


「それで、ルイダンは元気だったのかな妹ちゃん?」

「ええ、お陰様でゲッソリしていたわ。やはり騎士学校の遠征においても、近衛騎士の野営は義務化するべきね」

「それはそうだよね。騎士団の騎士は、冒険者上りも少なくないし、任務で野営する事も多いだろうから問題ないけれど、近衛は坊ちゃまばっかりだから、戦場に出ても、高級宿で従者付けて宿泊するくらいのこと主張しかねないボンクラもいるだろうしね」


 近衛は、貴族の子弟のための箔付けの為の組織である面も少なくない。特に、優秀な職業軍人を目指すものは近衛連隊の指揮官へとすすむため、近衛騎士として残るものは、カッコだけの騎士が大半となる。


「近衛を廃止するか、再編するかだよね」

「南都の王国騎士団が編成終了すれば、その規定が新規の騎士団の規範となるのでしょうね。南都騎士団は近衛同様、貴族の子弟の受け皿というだけのなんの能力もないお荷物的騎士団だったのですもの」


 『タラスクス』討伐の前後、南都周辺の騎士も冒険者もなんら討伐を実施しておらず、周辺地域に魔物があふれていたことが思い出され、かなり腹立たしい気持ちが蘇る。


「そいえば、『聖エゼル王国騎士団』も修道女中心に設立進めないとね」

「あまり、あの方たちに迷惑を掛けないで貰いたいわね」

「大丈夫だよ、随分と貸しもあるし、それに、南都とサボア、ニースのバックアップの為にも、私の聖エゼルを育成しなきゃだからね。たのしみだなぁ~」


 魔力を持つ孤児を育成するリリアルに対し、家の事情で魔力という才能が有りながら修道院に入らざるを得ない貴族の子女に聖騎士団での研鑽を進め、最終的には貴族の夫人もしくは、女性王族の侍女などとして採用されることを目指すのは、本家サボアの聖エゼル同様である。


 聖エゼルの旧領が王国内にもあり、王家の預かり財産となっている物を母体に、騎士団を編成することになるのだという。一段と姉のコントロールできる戦力が増える事を彼女は不安に思うのである。

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