第449話-2 彼女は『痩男』と対峙する
中庭の炎も小さくなり、熾火になりはじめている。かなり時間がかかってしまっているので、野営になりそうだ。円塔を下り、シャリブルを中央に、前後二人に別れ階段を下る。
「あとで詳しく、あなた達を監視していた魔剣士について教えて頂けますでしょうか」
『勿論です。私の知っている事は全てお伝えします。とは言っても……』
シャリブルは二年ほど前に暴動に巻き込まれ半死半生のところをロックシェルの医師により看護されていたが、いつの間にか今の城に担ぎ込まれ、アルラウネの魔力を与えられノインテーターとなっていたのだというのである。
『恐らく、私が身近な実験台であったのだと思います』
他の三人は「傭兵隊長」を務めた経験者であり、戦場の経験も指揮する能力も問題……ない。たぶん。だが、シャリブルだけがその例外である。実際、弓銃兵として優秀なのは弓銃の製作が本業だからであり、兵士として活動するのは、その作品の成果を示すための方便でもあったからだ。
ロックシェルは神国のネデル総督府のある場所であり、異端審問所もそこにある。
『ノインテーターって異端じゃねぇのかよ』
「何でもありなのよねあの方たちは」
異端であれば拷問も人であることを無視することも問題ないのである。人より信教が優先であり、それを妨げる者に容赦をする事はないという発想だと彼女は感じていた。
『王国も昔、修道騎士団を異端認定したけどな』
「でも、素直に認めて脱退したら殺しはしなかったじゃない? 神国は処刑してさらに財産も社会的地位も毀損するのだから、よりたちが悪いわ」
王国はその後、直系の王統が途絶えており、今はその分家筋の王家が立っている。修道騎士団を滅ぼしたことに対する報復なのではと言われたこともある。
では、神国王家はどうなるのであろうか? これは、歴史に問わねば分からない事である。
「よう、終わったのかよ」
「だいたい」
「そ、その顔色の悪いおじさんは……」
シャリブルを見つけ、村長の孫娘が顔面蒼白となる。この中で唯一ノインテーターに腕力的に敵わない存在だからだろうか。
「シャリブルさんは銃器の職人さんなのよ。リリアルで工房のお手伝いをしてくださるというので、お連れしたの」
「……なるほど……狼男や吸血鬼もいますから、いまさらですよね」
村長の娘は知らないだろうが、実は、王都にはエルダー・リッチもいる。
「そうか。俺はビト=セバス。このお嬢様の従者だ。先輩だから、よろしく面倒見てやるぞ……『ブル』」
「ブル……何だか強そう」
「なら、シャリ? でしょうか」
「普通にシャリブルさんでいいでしょう」
「……納得いかねぇ……」
ビト=セバスという命名が未だに気に入らないのが歩人である。とは言え、殆どのリリアル生は『おじさん』『おっさん』と呼んでいるので問題はない。
土魔術を解除し、馬車を収納してからアルラウネと馬を残してある森と川の境目の場所へと移動する。
『こうして、また外を自由に歩けるとは思いませんでした』
「太陽の光は問題ないのですか?」
灰目藍髪が問うとシャリブル曰く『苦手なので、太陽の光の下では魔力の消耗量が増えるので、頻繁に魔力の補充が必要になる』とのこと。つまり、魔力をこまめにアルラウネに補充されていれば、日中でも稼働できるということなのだろう。
ついでに言えば、精霊同様睡眠を必要としないので、夜の哨戒も問題なくこなせる。らしい。
「寝ないで良いのは素晴らしいわね」
『人間の欲求の中には、睡眠欲ってのもあるだろ? ついでに言えば食欲も喪失してるぞそいつら』
加えて性欲もない。普通の吸血鬼は、異性の人間を誘惑し吸血鬼化させることが性欲と同じ快楽を伴うと言うがノインテーターは『レヴナント』的な存在なので、生存欲求と生前のこだわった事象以外は特に関心がない
といえるだろうか。
「性欲・睡眠欲・食欲がないとは……理想の騎士となりそうです」
「理想の騎士は人間ではないという事なのかしら……」
『ゼン』の言葉に彼女はそう答える。彼女の知っている騎士達は全員が俗の塊のような存在なのだが。特に……ジジマッチョ。
『アルラウネ』の元へと足を向ける。これからの事、シャリブルの事を相談するためである。
彼女たちの帰りを、『アルラウネ』は喜んでくれた。
『無事で何よりだわぁ』
「ご心配をおかけしました」
『ううん、余計なお世話だものぉ。それでぇ……シャルブルだけなのねぇ』
「「「……あ……」」」
四人は『ガルム』のことをすっかり忘れていた。
『アルラウネ』が王国へ向かい、シャリブルもリリアルで弓銃の職人として仕事をし、将来的には魔装銃の職人も兼ねられるようになることを彼女は望んでいることを伝える。
「へぇ、弓銃職人さんですか。へへ、私、村では弓銃の名手だったんですよぉ!!」
どうやら、村長の孫娘は剣や槍よりも、弓銃で狼や魔物を退治することを練習していたようだ。確かに、自ら武器を取るとしても、将来の村長が女性にもかかわらず白兵に興じるのはおかしなことだ。リリアルの常識は世間の常識ではない。
『そうか。それは是非仲良くしてもらいたい。職人にとって、その道の名手の声は良いヒントになる』
シャリブルも、アウェイ感が漂う中で共通の関心ごとを持つ存在を知り、少し気を許してくれたようだ。そこに赤目銀髪も加わり、歩人がさらに加わる。
「先生、ガルムの頭を回収に行きましょうか」
灰目藍髪の言葉に彼女は軽く首を横に振り「疲れたから明日にしましょう」
と答えた。
『アルラウネ』を囲み、野営地を作る。森と原っぱの境目にある良い場所であるからだ。馬を連れて歩人が戻ってくる。
一晩限りの野営地は、古帝国時代の駐屯地のように土塁で囲まれ、木の柵の代わりに『土槍』の柵が形成される。
『あなたたち、精霊魔術が得意なのねぇ』
と、『アルラウネ』は関心しきりである。帝国には精霊魔術の使い手が王国よりずっと多いのかと考えていた彼女にとって、その感想は意外なものであった。
「精霊魔術の使い手はこの辺りは多いのではないのですか?」
『昔はたくさんいたのよ。でも、街を築いて森から出て塀に囲まれた場所に居つくようになると、みんな魔力があっても使えなくなっちゃうみたい。精霊を感じる心も、感覚も失うからなんでしょうねぇ』
故に、森にやってくる傷ついた人間を『アルラウネ』は放っておけないのだという。どれほどの長さの時間を生き、その中でどのように人とかかわってきた半妖精であるのかはわからないが、人恋しい気持ちを持つ程度には
必要としてきたのだろう。
結果、その心理と行動原理を暗殺ギルドに利用され、『ノインテーターメーカー』として利用されたのだろう。
「ライアさん……あなたの魔力を半死半生の人に与えると、不死者になってしまうのは、何故かお分かりですか?」
『アルラウネ』は、いい笑顔で彼女にこたえる。
『わたしぃ、草なんだからぁ。難しいことは、わからないわよぉ~♪』
そうですか。とはいえ、彼女の中にはある程度仮説が立っていた。
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