第449話-1 彼女は『痩男』と対峙する
「随分燃え尽きて来ましたね」
「結構いい時間。セバスが文句言いそう」
「言わせておけばいいでしょうけれど、明るいうちに街へ行きたいわね」
夕暮れ時にはまだ早いのだが、最後の戦闘が終わる頃には薄暗くなってくるだろう。今日は野営かもしれない。焦げ臭いにおいが体に染みついているので、さっさと着替えて風呂にも入りたいのだ。
最後は東の部屋。中の住人は、『シャリブル』氏である。生かして連れて行きたい……死んでも連れて行きたい技師である。
「私が話をしてみるわ」
「お任せします」
『心配なんだが』
『魔剣』は、彼女が交渉事が苦手であることを良く知っている。だが、率直に話をしてみれば問題ないだろう。
東の部屋の扉も開いている。一声かけて中に入る事にする。中には痩身に髭を蓄えた男がいる。
「『シャリブル』さんでよかったかしら」
名前を聞かれ驚いた表情をするノインテーター。
『皆死んだのだろう。私も殺すつもりなのではないのか君たちは』
「お話をして、協力していただけなければ討伐させていただきます」
『討伐』の言葉を聞き、自分が『魔物』と認識されていることに改めて気が付いたような反応をするシャリブル。
『聞かせて貰えるだろうか。そうだ、椅子をどうぞ』
「ありがとうございます」
シャリブルの部屋には小さなテーブルと椅子が二脚備えられている。誰か来客があるのだろうか。
『気になるかね』
彼女の様子を察して問いかけるが、彼女は首を横に振る。
「アルラウネのライア=イリスさんに伺ったのですが」
『ライアは無事なのかい?』
彼女はこの地を離れる際に、ライアを連れて行く事を伝える。その結果、彼女の魔力で生きている事の出来るノインテーターはそう長く生きている事ができなくなるのだということも。
『そうか。なら、それまでの命だね』
「……私たちは、王国にとある研究施設を持っています」
『……王国人なのか。でもなぜ、いや、何の為に?』
シャリブルに今の時点で伝えることができることは少ない。彼が、優れた銃器職人もしくは武具職人であるという前提で話を進める。
「あなたの今まで弓銃手として磨いてきた技能、その技能を支える銃の製造を私たちに伝え、また手伝って欲しいということです」
『その為に、殺さないということだね……』
「それと、ライアさんの望みでもあります。ともに行かないか……と」
リリアルにおいても弓銃、銃兵の教官が欲しい。できれば、老土夫の苦手な銃器の職人も育てていきたい。弓銃と銃はマッチロック・フリントロック銃において極近縁の関係となった。銃身部分の加工はともかく、台座や引き金などは弓銃からの移植された技術である。
「身分を明かしますと、私は王国の男爵で、王国副元帥でもあります」
「星四の冒険者」
「妖精騎士」
『……聞いたことがありますが、あれは、物語ではないのですか?』
腹立たしい事に、姉が副業として稼いでいる舞台の脚本に用いられている名称は、彼女の綽名に由来している。『妖精騎士の物語』シリーズは王国とその周辺において、『アストラ王物語』と並ぶ人気である。
アストラ王とは、王の庶子が仲間を集めやがて聖剣に選ばれ国王になる騎士成長譚である。
「『アストラ王』か『妖精騎士』かで人気を二分する」
「妖精騎士は主人公が女性で、その……ドロドロとした愛憎劇がない分、子供からお年寄りまで人気ですね。既婚者には刺激の強いアストラ王が人気みたいです」
騎士物語には一家言ある灰目藍髪がすかさず口を差し挟む。
しばらく考えていたシャリブルだが、他のノインテーターがどうなったのか気になるようであった。
「ドレ殿は、死を望まれましたので、私が塵へとお返ししました」
シャリブルは納得したようにうなずく。
「ガルムはまだ首の状態で生かしています。これも生かしておくような存在ではないのですが、侯爵家の血筋であるようなので、情報を聞き出す為に連れ帰る事にしています」
なるほどとシャリブルは先を促す。コンスは……
「被害妄想の醜い豚だったので処刑が適切」
『……確かに。ガルム殿以上に、話の通じぬ御仁でした。このまま放置しておいて良い人格ではありませんでしたから納得です。皆さん、ただ魔物として討伐されたのではなく、ノインテーターも元人間として扱って下さることも理解できました』
延々と無駄とも思える会話を繰り返しながら四人と対峙した彼女達であったが、その経緯に関して、シャリブルは納得し信頼を得ることができたようである。
『今少し、弓銃職人として、弓銃手としてお役に立ちたいと思います。どうぞ、この不死者を王国にお連れ下さい』
「ありがとう。あなたを仲間にすることができて嬉しいわ」
彼女は歓迎の意を示す。そして、この場から幾つか持ち出したいものを確認し、赤目銀髪が自分の魔法袋に収容することにする。
『すばらしい魔力ですね。魔法袋のできも中々のものです』
「そうでもない。リリアルでは普通」
『ほお、素晴らしい魔装鍛冶魔導職人がいるのしょうな』
髭を捻りながら、シャリブルの気持ちはすでに王国の工房へと旅立っているようなのだ。思っていた以上に職人馬鹿なのかもしれない。
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