第447話-1 彼女は『優男』と対峙する
パチパチと中庭の構築物が音を立てて燃えている。暗闇の中の円塔に侵入するのに、彼女たちは松明を灯し、侵入時に中に投げ入れることにした。これで、ハッキリとではないが、およそ何かいるかどうかは見て取れるようになる。
魔力走査ではその存在の有無は確認できるが、目で見るように存在が認識できるわけではない。
「眼を瞑れば何も見えず」
「苦しくて目を開ければ……やはり暗闇」
「それじゃ意味ないですよ」
そんな感じである。
彼女は、屋内の接近戦を考慮し、灰目藍髪に『シールドボス』を渡す。バックラー代わりに使えるように常にいくつか持ち歩いている、魔銀鍍金加工の聖鉄製のものである。
魔力の保有量に難のある灰目藍髪は、伯姪と似たスタイルが似合う。既に伯姪は魔力量の問題は克服しているので、少し前の戦い方である。ニースの騎士の剣技と、王都の騎士風の剣技は少々異なるが、両手持ちの剣はビルや『ゼン』と、片手剣は伯姪と稽古を重ねているのでどちらも上手く使えるのではあるが。
「これを備えて。狭い所では斬り合いより殴り合いの方が楽でしょう?」
曖昧な笑顔で答える灰目藍髪。片手剣の護拳はしっかりとした魔銀鍍金の加工が施され殴れる仕様である。つまり、いつもそれである。
「ノインテーターの腕力は精々オーガ並み。尚且つ、魔力纏いがない分、単純な物理的な強度しかないでしょう」
「いなして、逸らして、踏み込んで『殴る』」
彼女と赤目銀髪、灰目藍髪の声が低く揃う。『ゼン』は軽く肩をすくめていた。
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扉を切り開き、中へと蹴り込む。そして、松明を室内に放り投げると中にはすらっとした雰囲気の貴族の若者らしき男が立っていた。
『やれやれ、ノックもなしに押し入って来るとは度し難い野蛮人だね君たちは』
どうやら『ガルム』という元若い貴族の四男坊であろうか。魔力持ちであったというが、今はアルラウネの借り物の魔力でしかない。上手く纏えるとは思えないが、要注意である。
「むぅ。虫が何か言っても無視」
「勝手に住み着いているゴミムシが何を偉そうに宣っているのですか。野蛮人ですらない畜生の分際で」
リリアルの女性は口が悪い。
「『ガルム』とかいうのでしょう? 滅せられる前に、言いたいことがあれば聞いてあげるわ」
ただでさえ顔色が悪いのだが、怒りで顔が青黒く変わっていく。
『き、きっさまらぁ!! 人がせっかく優しくはなしかけてやればぁ!!』
ノインテーターはーは人ではない。そこは訂正してもらいたい。
『だ、大体、女は何時も無礼だ。なんだか、僕に纏わりついてきたり、四男だと分かった途端、急に無視し始めたり!!』
何か身の上話が始まった。曰く、彼は庶子ではないが、後妻の子供であるという。
父親はミランにほど近い『侯国』の侯爵であり、先妻の産んだ三人の男子が既にいたのだという。歳は一回り以上違い、長兄は次期侯爵として、次兄は教皇庁で司祭を務め将来は枢機卿は確実と言われる知性と社交能力を持つ優秀な男。そして、三男は傭兵隊長として名を馳せ、いまは父親の元で騎士団長を務め、近隣では知らぬ者のいない勇士であるという。
『兄たちが優秀なのはわかるよ。それでも、姉さんまで……ひどいじゃないかぁ!』
後妻である母は長女を産み、彼を産みその後、ほどなくして体を壊して寝付いたのだという。姉は少女の頃から母に変わり侯爵家の『女主人』として家政をしきっていたという。父親も驚くほどの優秀な経営能力と『諜報』の腕を持っていたのだそうだ。
『ぼ、僕には一度だってそんなこと言ってくれたことはない。それに、何も任せてくれなかった……』
兄を『文』の面で支え父に、兄弟に認め貰おうとした。ところが、その場所は既に姉が占めてしまい、彼の居場所は侯爵家の中には無くなっていた。いや、正確には、仕事を認められる場所が存在しなかったであろうか。
「何だか羨ましいわね」
「同感です」
彼女と『ゼン』は同調する。何もしなくとも、家族に愛され好きなことをすればよいと言われてきたのだという。彼女の人生も似たモノなのであるが、途中で何故か大きく変わってしまったので何とも言えないのだが。最初はそんな感じであった。
『まあ、ないものねだりだよな』
『魔剣』の言う事が正論過ぎて痛い。
その結果、ガルムは家を出て帝国で傭兵隊を組織し、三兄同様の存在になろうとしたのだという。因みに、三兄は『ゼン』とよく似た豪傑系の騎士で、ガルムは王子様系の優男である。変なポーズを決めるのは止めてもらいたい。
侯爵家の家名に兄の勇名を聞いた実力はあるが貴族との伝手のない傭兵達がガルムを担いで『傭兵団』を立ち上げたのだという。とはいうものの、ガルムは客寄せ用の看板であり、実務は何一つ任せて貰えなかったの
だという。
散々話を聞いて思ったのだが、彼女が口を開く前に灰目藍髪が先に話を切り出した。
「もしかして、そのいでたちで戦場に出たのですか?」
確かに、帝国の傭兵は派手な衣装で胸鎧程度の軽装のものが多い。騎士の板金鎧や眼の部分以外を完全にふさいで音も聞こえないような兜も被らない。
ガルムの装備は、それ以前に『平服』なのである。街を行く人と変わらない貴族の若者の着る衣装なのである。そして、長いレイピアと左手用の短剣『マンゴーシュ』を身に着けている。
そもそも、レイピアは決闘に用いられるような剣であり、戦場で携行している者がいないわけではないが、護身用の剣に過ぎない。長柄か銃を装備するのが基本的ではないだろうか。
冒険者でゴブリンあたりを討伐するのであれば、決闘用の剣でも問題ないだろう。混戦時に剣を使うのであれば、もう少し短い剣を持ち歩く。そもそも、長すぎて歩きにくそうである。剣術の試合でなら左手用の盾代わりの短剣を持つのも分かるが、戦場でそれはないのではないかと思う。
「騎士の貴方から一言アドバイスをお願いするわ」
その護拳も華やかな装飾じみた実用性が疑わしい剣を見つつ、『ゼン』が話しかける。
「ガルム殿、一つお尋ねしたいのですがよろしいか」
『無論だ』
「その細剣は鋼鉄製でしょうか?」
魔銀製であれば、魔力で斬るので剣身の厚みは関係ない。鋼鉄製でも魔力纏いができないわけではないが、魔力の消費量が多くまた威力もそれほど期待できない。つまり、『魔剣士』であれば、魔銀剣をもたねば戦場では戦力になりえない。
『む、これは、法国の有名な工房で誂えた流行の細剣でな。見ただけで、その者がどの程度の身分かをひと目で示す事ができるモノなのだ』
つまり、『侯爵家』くらいでなければ、誂える事ができないと言いたいのか。『だが、職人が魔銀を扱える者ではなくてな。残念ながらこれは鋼鉄製だ』
つまり、魔剣士として魔銀剣を扱うつもりがないという事だろうか。そして、念のため、左手用の短剣も確認したがやはり魔銀の剣ではないという。魔力があったにも関わらず、何故、こだわらないのだろうか。
『ま、魔銀の剣であったとしても、魔力量が少ないから、余り有効ではないと……あ、姉上にこの剣を勧められたのだ……』
うん、頭がだんだん痛くなってくる全員である。
「つまり、あなたは、魔力量が少ないので、魔銀製の剣を上手く扱える自信が無いので、身分を示す事ができる細剣を身につけることを御姉様に勧められ選ばれたのですか?」
じろりと問いかけた灰目藍髪をにらみつつ、ガルムは左手を右肘に置き右手で髪をかき上げつつポーズを決める。
『そうだ。姉上のアドバイスは常に適切だからな』
シスコンきめぇと彼女は内心思うのである。だが、この反応を見て、学院生二人は「先生と反応が違うけど、中身が似ている」と直感的に理解していた。
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