第447話-2 彼女は『優男』と対峙する
『君たち、誰から殺されたい?』
愚問である。とはいえ、彼女たちの装いは簡素な胸鎧をつけただけの駆け出し冒険者風に見える。だが、中庭が大炎上しており、尚且つ、自分たちノインテーターを御するだけの腕を持つ魔戦士たちが既に倒されていなければこの場に四人が来る事ができなかったという事には思い至らないのかもしれない。
「坊やだから」
『だぁまれぇえ!!』
赤目銀髪の呟きに過剰反応をするガルム。
『だまれ黙れダマレ!! 僕は、坊やなんかじゃない!! お前から相手をしてやるぅ!』
「それは困ります。下の者から順にお願いしなければ」
灰目藍髪が自ら名乗り出る。この中では、一番下なのは間違いない。赤目銀髪は、何でもありなら親衛騎士にも勝てるだろうが、剣だけであればわからない。
『ふむ、では貴様からだな女。姉上のような剣技であることを祈るぞ』
どうやら、姉上は内政・諜報だけでなく、個人的な武技も一級のようだ。
「よろしくお願いします」
軽く会釈をし、剣を構える。右手に片手剣、左手にはバックラーの如きボス。左手に短剣を持つスタイルより古い用法である。とはいえ、これは戦場の装備。剣とバックラーを鎧に吊るしておき、主にランスやメイスを振るう戦いが主であった時代の装備である。
平服でバックラーを持って街を歩くのは少々微妙である。
とはいうものの、平服でレイピアを装備することは、殺傷能力が高い装備を街に持ち込むことを禁じる場合もあるので、平服で装備する剣とはいい難いかもしれない。
剣を立て構えるガルム。斬撃系の攻撃に対して、剣身の長さを生かしてカウンターを取る場合、この構えを取る事が多い。所謂、ロングソードやバスタードソードのように振り下ろして斬る・突くという運用はしない。
最短距離で相手の胴や腕を突くもしくは切ることが、この剣の用い方であり、どこかのルイダンがさんざんやって見せたところである。ルイダンはそれでも、魔銀のレイピアも使うので、ガルムのそれより、余程危険であるが、動きに関しては同じだろうと推測される。
『さあ、どこからでも来い女ぁ!』
挑発するガルム。だが、レイピア遣いは、たとえ長柄相手でもカウンターを狙う。何故なら……下手に攻撃して受けられると剣が折れるからである。
レイピアはその長い全長に対して凡そ1㎏と軽い。その理由は、剣身が細いのである。故に折れやすい。戦場で使うような剣ではないというのはこの辺りにもある。剣は、槍やハルバードよりも攻撃ではなく防御に向いた装備であり、受止めることも大切な役割なのだが、レイピアはそれができない。
リリアルが鉈のような片手剣を好んでも、レイピアとそれを短くしたようなショートソードを使わない理由は、そこにある。
ボスを前に出し、剣を掲げるように構え灰目藍髪はじりじりと前に出る。
『突きを出す隙があればいいがな』
「どうでしょうね。半身になって盾を突き出されると、攻撃しにくいわよね」
ジリジリと前に出る相手に対し、ガルムは戸惑いの色を見せる。これが、バスタードソードであれば、刺突以外からの斬撃やガードを利用した組技まで考える余地があるのだが、レイピアはアウトレンジでカウンターを取ることに特化した剣である。
ボスが無ければまだちがっただろう。が、そうはいかない。
一瞬で間合いを詰める灰目藍髪、その突き出したバックラーがカウンターを狙うガルムのレイピアの剣先を逸らす。そして、そのままボスでガルムの顎の下を撃ち抜くように打突する。生身の人間であれば、首を支点に顎が回転し、首がねじおれるところだったろう。
いや、実際ねじ折れたのだが、ノインテーターの回復力で、数秒で正常な位置へと戻してしまう。先ほどまでは折れた枝のように頭がブランブランしていたのだが。
『ふむ、見事だな。これはあなどれない』
「本気で攻めて来なさい。でなければ、次で終わります」
『ふっざけるなぁ! やさしく相手をしておればつけあがりおってぇええ!!』
貴公子風の外見が台無しなガルム。だが、灰目藍髪にとってこれは策の内である。
ガルムの家族に対する泣き言などというのは、それこそ甘えにしか聞こえていない灰目藍髪にとって腹立たしい限りである。
私生児として生まれ、魔力量もすくなく女であるが故、養子にもされず金銭的な援助もしなかった父親。その父親の仕打ちを甘んじて受け入れ、信じて孤児院で待つ娘を置いて若い男と夜逃げをした母親。そんな両親からすれば、母親がなくなったこと以外、侯爵家の末弟として可愛がられ甘やかされてきたガルムの泣き言など言語道断なのである。
「ガルム、掛かって来なさい。姉さんがその歪んだ根性を叩きなおして上げます」
『姉』を騙られたガルムは、更に激昂する。
そして、レイピアであるにもかかわらず、組討同然のラフファイトを仕掛けてくる。
左手のマンゴーシュで刺突を仕掛け、灰目藍髪が躱すのを見てレイピアの鍔元で彼女の左腕を叩き打つ。斬れはしないが、痛めつける目的での打撃である。
だがしかし、その剣は何か金属板を叩いたかのような感触で弾かれる。
『な、なんだ、その布は……』
見た目に騙されつつあるガルムは、灰目藍髪の仕掛けた罠にかかりつつあった。
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