第446話-1 彼女は『小太』と対峙する

 中庭の入る日差しは随分と少なくなっている。太陽は中天を越え、西に傾き始めている。時間はそれほどあるわけではない。


「先に、中庭の構造物に火を放ちます」

「……大丈夫でしょうか?」


 火が回るのに小一時間程度であろうか。魔力壁を足場にすれば問題ないのだが、灰目藍髪にはその能力がない。


「逃げ出せる場所をあらかじめ潰しておくのは、選択としておかしくはありません」

「大丈夫。先生がいる」

「……わかりました……お任せします」


 彼女は油球を幾つか木造構造物の内部に投げつけ、小火球で炎を宿す。乾いた木が油にまみれて徐々に燃え上がっていく。しばらくすれば、中庭全体が炉のようになることだろう。


『あれだ、石壁の継ぎ目が緩んだりするんじゃねぇか熱で』

「それで使い物にならなくなれば壊す手間が省けるじゃない。いいのよ」


 継ぎ目が緩み雨などで崩れていけば、やがてこの城壁も無くなるだろうか。


 先ずは倉庫の奥に進み、北の円塔のらせん階段を上る。先頭は『ゼン』。


「良いところ見せて」

「良い所しかありませんから、いつもお見せしているだけですよ」


『ゼン』の場合、確かに親衛騎士としてまた、貴族の子弟としても申し分ない男であるが、残念ながら外見は『熊雄』である。


 螺旋階段は先が見通せないので、防衛のための円塔としてはとても効果的施設だと言える。だが、ノインテーターは魔力を一切隠蔽できておらず、居場所は四か所、東西南北全ての円塔の二階に各一体のノインテーターがいることが彼女の魔力走査で確認できていた。


「でも、何故魔力が隠蔽できないのでしょうか」


 人間でいる時、魔力隠蔽を身に着けていたノインテーターも存在していてもおかしくないのだが、理屈は単純である。


「借り物の魔力だからよ」

「なるほど」

『アルラウネの魔力を自分じゃ管理できねぇんだよ』


 単純にノインテーターとしての力を発揮するだけであれば、細かなアルラウネから貰い受けた魔力を操作する必要がない。そもそも、半精霊の魔物の魔力を並の人間が操作できることの方が稀であろう。アンデッドになってまで魔術の研究をしようと考えるほどの魔術師てあれば別だが。


 そう考えると、エルダー・リッチになった『伯爵』を思い浮かべざるを得ない。だが、答えはすぐに出る。


「アルラウネから離れられなくなるわけね」

『だな。植え替えできる土魔術師がいれば別だし、アルラウネの意思もある。今回の引っ越しはあの娘っ子がいるからだろうしな』


『アルラウネ』は姪であると宣言した赤目銀髪に同行して、リリアルへと引っ越す予定なのだ。そうでなければ、住み慣れたデンヌの森を離れるという選択は考えなかっただろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 階段を登りきると、正面には扉、そして、東西へとそれぞれ向かう通路が見て取れる。


 東側の通路は開口部が多く、陰影が激しく重なっている。


「行きましょう」


『ゼン』が先頭、その背を守るのは灰目藍髪。扉を剣で斬り落とし、跳び入る。なかは薄暗く、遮蔽した窓の隙間から薄っすらと太陽光が差し込んでいる。


『よく来たな!!』


 部屋の奥にあるゆったりとした大きな椅子に座る小太りの男。『コンス』であろうか。


 彼女は『飛燕』を放ち、遮光していた板を撃ち抜き、一つ二つと砕ける度に、室内に明るさが戻って来る。


『むぅ。無粋な……』


 ゆらりと椅子から立ち上がる。手には優美な意匠の護拳を伴うやや幅広のレイピアが握られている。正直、その小柄で小太りな姿とは不釣り合いに思える。


 そして、帝国の高位貴族……オラン公・ナッツ伯兄弟の礼装をおもわせる金糸銀糸をふんだんに使用した上等な胴衣を身に着けている。が、どこかサイズが合っていない。


 戦場で鹵獲したものを、直したがうまくいかなかったようである。恐らく、手足が短い故に、詰めても限界があるのだ。


「今度その衣装を着る機会があるならば、一から作り直す事をお勧めするわ」

『だろうな。この場所を出る事ができるようになるなら、そうする!!』


 お前らを殺してな!! と叫び声をあげつつ、見上げるほどの背丈の異なる『ゼン』に向け、レイピアを構え突進する。いや、瞬間的に懐に飛び込んできた。


 Ginn !!!


 背後に回る灰目藍髪の斬撃を、小太りな体を捻って躱し、地面を転がり距離を取る。なるほど、得意技は転がる事のようである。


「ねえ、あなた。ノインテーターになって、何がしたかったのかしら?」

『復讐、全ての傭兵に対する復讐。俺を裏切った者たちを全て殺す』


 確かに、コンスは知らぬ間に利用され、最後は見捨てられた哀れな傭兵隊長であった。


 だがしかし、そこそこの家の貴族に生まれたからには、子供の頃には側仕えや家庭教師役のものも存在したはずである。


「あなたの周りには、あなたを支えてくれる人たちはいなかったのかしら?」

『……う、うるさい!! だ、黙れ!! 黙れだまれぇ!!』


 黙れと人が叫ぶ場合、都合の悪い事を言われた場合が多い。即ち、彼女の指摘は正鵠を射る内容であったのだろう。


「あなたは、あなたの周りの人達を裏切ったことはなかったのかしら?」

『……』

「無言は肯定とみなすわよ?」


 最初から一人であったわけではない。利用されないように、賢く立ち回れるように、実家の両親や後継者はコンスに配慮したはずだ。家に残すには愚かすぎるが、かといって放置すれば禍根を残す事になる。


 然るべき側仕えを置き、教導役を据えたはずなのだ。それが、最後に周りに人がいなかったという事は……まずはコンスが裏切ったのだろう。


『し、仕方なかったぁ!! お、俺のせいじゃぁないぃぃ!!!』


 つまり、自分のミスで側仕えの者を失ったという事だろう。そして、それを見てまともな傭兵は距離を置き、その名前と血筋を利用する事を考えた者だけが周りに集まったという事だろう。


 ノインテーターになる前であれば、今のような剣技も持ちえていなかっただろう。愚鈍でプライドばかり高いコンスは、経験を重ねた傭兵達にとっては扱いやすいことこの上なかっただろう。


 搾れるだけ絞った後、役に立たない『傭兵隊長』を戦場で始末することでコンスとの関係を終わらせたというのが真相か。


『俺は優秀だ!! 俺はやれる。兄貴や従弟たちにだって勝る存在なんだぁ!!』

「それは、不死者になったからではないのかしら」

『ち、違う……』


 動揺するノインテーターに『ゼン』が斬りかかり、バインド状態をすかさず灰目藍髪がフォローし、コンスの手足を傷つけるが、即座に再生してしまう。


『見ろ、俺が優れている理由を!!』

「借り物のくせに偉そうに!」

『なんだとぉ!! 生意気な女だぁ!!』


『ゼン』から一瞬で灰目藍髪の前に移動したコンスは、力任せに拳を叩きつける。魔力壁を小さくしか展開できない灰目藍髪は、上手く合わせる事ができず、背後の石壁に向け弾き飛ばされる。


 が……


「ばっちり」


 赤目銀髪が一瞬でその壁と灰目藍髪の間に入り、魔力壁を用いて激突を回避する。


「これ飲んで」

「あ……りが……とう……」


 ぐふっとむせかえりながらも、回復ポーションを口に含み飲み下す。そして、頭を振るい覚醒させるようにゆっくりと剣を構え前進する。


「みじめな男。不死者にならなければ、か弱い女にも劣る存在だったのね」

『う、うるいさい!! 真っ先に貴様をぉ!!』


 背後の灰目藍髪に向きなおろうと意識を変えたところを……


 Bashu!!


『ゼン』の魔銀のバスタードソードが斬り下ろされ、首が斬り飛ばされる。が、再び巻き戻すように首が繋がる。


「ノインテーター」

『不死の王だ!! 恐れろ、崇めろ俺をぉぉ!!!』


 体型だけなら立派な王だろう。その前に『愚』とつくだろうが。


 一瞬戸惑う『ゼン』だが、再び、剣戟を五月雨のように繰り返す。その傷は決して致命傷ではないが、何度も傷をつけそれが瞬く間に修復されていくが……彼女は気が付いた。


『回復が遅くなってきたな』


 借り物の力ゆえに、その力を使えば使うほど、魔力は消費されていく。ノインテーターの不死のからくりは『草』魔術の要素を多分に含んだ『アルラウネ』の能力の反映に過ぎない。見る間に伸びていく草の成長力を再生能力に反映させている……と推測されるからだ。


 では、その能力は無限なのだろうか。当然有限である。

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