第445話-1 彼女は今一人の魔剣士を想定する
「一度ここをでましょう」
二度の戦闘、短時間とは言え今までにない強い相手と戦い、自身が感じている以上に疲労している可能性がある。ノインテーターの討伐が思ったより難易度が高くなっている可能性を考え、十分に休息を取ってから先に進もうと彼女は考えた。
「魔剣士残り一人」
「ですが、最強の相手かもしれません」
「それはない。会った事がある剣士なら、そこまでじゃない」
彼女と同行した赤目銀髪はその姿を見ているのだろう。だが、それが力を全て見せた状態だと、誰が断言できるだろうか。ここは、外の様子を確認する為にも、一度出る事にしたのである。
馬車の掩体に戻った彼女は、歩人に声をかけその上部を解放させる。
中の三人の様子が変であることに気が付く。
「どうしたのかしら」
「……出た。やばいの出た……」
歩人曰く、小城塞内で爆音がした後、黒い衣装に黒い革鎧を身に着けた痩身の男が静かに出て来たのだという。
「まじ、『影』そのものな感じでよぉ。怖い奴だった……でございます……」
歩人のビビりは何時ものことであったが、灰目藍髪と村長の孫娘も恐怖を感じたようだ。
「正直、『ビル』さん並の強さを感じました。命を捨てても一瞬で切り捨てられる位の実力差を感じて」
「もう、人間の形をした魔物って感じがしました。魔力の量とかじゃなくって、存在自体が危険な感じですぅ!」
もしかして、魔力量を外に出さない、隠蔽に似た量を少なく見せる技術をもっているのかもしれない。彼女を含め、リリアル生には隠蔽する必要はあったとしても、少なく見せる必要のある場面は少ない。対人戦において、駆け引きを必要とするような役割の人間。
「凄腕の暗殺者ということでしょうか」
「ここは放棄された?」
『ゼン』と赤目銀髪の予断は適切かもしれない。もしかすると、暗殺者養成所で人を集め、逆襲してくる可能性もある。ただ、伝えたとして、援軍が到着するのは明日以降であろうし、ネデルで戦争中の時期にその様な人間をあえて呼び寄せる可能性はどうなのだろうかと思うのだ。
「では、後はノインテーターだけでしょうか」
「その可能性は高いと思うわ」
灰目藍髪は同行を希望した。それはありかもしれない。だが、どのような四体のノインテーターなのか、四体を良く知る存在に情報を得たいと彼女は考えていた。
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『ゼン』と赤目銀髪、村長の孫娘を馬車に残し、彼女は歩人と灰目藍髪とともに、件の『アルラウネ』のところに戻る事にした。馬の様子も確認したが、特に問題も無いようであった。
『あらぁ~ もう余事は済んだのかしらぁ~。そう言えば、シャルフ・リッターさんが出て行ったわねぇ~♪』
「
『そうそう。あの人が新人さんとかぁ連れて来てくれるのよぉ~』
黒い魔剣士と、『魔戦士』は共にシャルフリッターと呼ばれる暗殺者なのだと言うのだ。暗殺者養成所を保有する暗殺者ギルドの高位冒険者なのだろうか。
『見た目若そうなんだけど、実際は年配の人らしいわぁ。人間の年齢ってよくわからないけどぉ~♪』
彼女が対峙した時、黒い魔剣士は三十前くらいだと感じていた。ビルよりも少し年上ではないかと思ったのだ。実際のビルは三千歳なのだが。
黒い魔剣士は、定期的に外に出る事があるのだという。魔戦士は鎧で目立ちすぎるであろうし、守りの要。他の二人は恐らく、奴隷的な存在で何かを任せるような立場にはなかったのだろう。
因みに、『ゼン』が倒した魔剣士は、一瞬女性かと思うような華奢な顔立ちの小柄な男性であった。東方の剣士であったと思われる。
「それで、この後、ノインテーターの部屋に入るのだけれど、どんな方達なのか、あなたの知る範囲で教えてもらえないかしら」
情報として何か得るものがあればと思い話を聞きに来たと率直に伝える。『アルラウネ』がどのような話をしたのかはわからないが、その特性の欠片でも分かれば、対応がしやすいと彼女は考えていた。
『う~ん、でも、殺すつもりなのよねぇ』
「元々死んでいる存在ですから。塵は塵にでしょうか」
本物の吸血鬼は、太陽光の元では灰になるとも聞くが、実際どうなのであろうか。少なくとも、学院の射撃場にいるメンバーは太陽光では死にはしない。
しばらく首を傾げつつ、思案していたが、おもむろに話し始めた。
『わたしが知っているのはぁ、その人の語った人生だけなのよぉ。だから、得意な武器とか戦い方とかはしらないわぁ』
「それで構いません。教えてください」
『なら、おはなしするわねぇ~♪』
一人目は『シャリブル』という細身でやや額の禿げあがった中年の男だという。
彼は学者肌の男であったが、家が貧しく学費を稼ぐために傭兵になった職人の息子であったという。
『私は、こんな物より人を豊かにする物を作りたいって……いってたわぁ』
「死んでいるのよね」
『死んでいても、夢はぁ死んでないわぁ』
何か違う方向に話が進んでいる。歩人の目に涙が浮かんでいる。そう、おじさんはおじさんにたいして感情移入しやすいのである。四人とも、セバスと同世代か少し上の男たちだがほとんどだという。
「ぐすん……あ、あのよぉ」
「……なにかしら」
「その……シャリブルって奴は、リリアルで仕事させてやってくれねぇか?」
歩人が人の世話……いや不死者の世話を焼くなどと、明日は嵐かもしれないと彼女は内心思うのである。
「ノインテーターは人を狂戦士に変える魔物よ」
「いや、それはそうだけどよ。強制されてたからしょうがなくって奴もいるだろ?そうじゃないとこの世から消されるって感じでよぅ」
恐らく、処刑騎士はノインテーターに勝てる戦力であったのだろう。それが監視役を務める事に加え、アルラウネから魔力を定期的に注がれることで延命させられていると教育されていたのだろう。
戦場で魔力を使わなければ、数年単位で生きられる……活動が継続できるというのが『アルラウネ』の見立てらしい。生前、魔力量が多かった人間は、分体に魔力をためておけるため、稼働年数も長くなるという。今残されている四人は、その素養を認められストックされているらしい。
「ところで、シャリブルさんの得意な得物は何か聞いているかしら」
彼女の問いに『アルラウネ』は『弓銃』と答える。つまり、狙撃手であったのだ。
『魔銀の弓銃で、すっごく遠くからでも狙えるんですってぇ~♪』
彼の話は良く解らないものがほとんどだったが、弓の話だけは何となく覚えているのだという。つまり、半精霊とはいえ、女性に対して製作物の話をしてしまう、残念おじさんなのだ。
「ば、ばっかやろう!! おじさんは、自分のことを知ってほしいんだよぉ。分かってやれぉ!!!」
「正直鬱陶しいです。先ずは相手のことに関心を持つところから、始まるのでしょう。聞き上手でなければ、上手にコミュニケーション取れませんよセバスさん。特に女性は、自分の話を聞いてほしいものです」
姉ならさらにドンと歩人を攻めるだろうが、彼女はうっとおしく感じるので、あまり考えないようにしている。
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