第441話-2 彼女はリジェを離れる
『猫』が偵察している間、彼女はメンバーに明朝、リジェを出るつもりで準備を始めることを告げる。小要塞はリジェにほど近く、サブロウ達がノインテーターにさせられた場所であろうと推測される。
そこには、戦場に出していないノインテーターと、それを抑え込めるだけの能力を持つ冒険者崩れの魔術師・魔剣士が滞在して監視役を務めていると考えられる。近くまで魔導船で移動し、そこからは徒歩で進む予定だ。
城塞の中は暗くされており、アンデッドにとって都合の良い環境が確保されていると推測されるが、それでも夜中に侵入するよりは幾分かましであろう。魔導船であれば、一時間少々で辿り着けるはずだと彼女は計算している。
「リジェを出るのですか?」
「ええ。そろそろオラン公の遠征も総督府軍と戦闘を始めて、一当たりした後に転進するでしょうから」
「……敗走じゃなければいいですけどね」
「負けるだろ? 秩序ある敗走か、大混乱の敗走かの二択になる」
不安げな顔の村長の娘に、歩人が心無い言葉を告げる。どちらになるかは、『猫』の報告から予想はつくだろうと彼女は考えていた。
夕方の早い時間、『猫』は戻ってきた。
曰く、ロックシェルに向かう街道上は防御柵で封鎖されており、足止めの部隊が配置されているとのこと。その上で、小競り合いをネデル総督府軍は仕掛けており、その都度、少なからぬ損害がオラン公の遠征軍に出ているということだ。
「当然かしら」
『諸侯軍も一枚岩ではないし仕方ねぇだろうな』
総督府軍が方陣と銃で武装し纏まった攻撃を仕掛け、また防御を行うのに対し、オラン公の側は、其々の諸侯が集団をつくり、思い思いに攻撃・反撃を行うため、攻撃を受ければ一方的に損害を受けるのはオラン公側であるという。
だからといって、今から編成を変える事など不可能であり、如何に損害を少なくして戦場から離脱するかがオラン公軍の課題であり、それを防ぎ袋の鼠状態から搾り上げ殲滅するかが総督府軍の目標でもある。
『幸い、ナッツから引き連れてきた直営軍三千は組織的な戦闘ができるレベルにあるので、最終的には、その三千と共に、公は撤収されると思われます』
二万数千の軍の中で、オラン公が実際指揮できるのは三千という状況では、古今東西の名将と言えども勝利することは難しいだろうと彼女は考える。
『三千対二万ならともかく、余計な者が周りにいるならなおさら不可能か』
『魔剣』のボヤキに彼女も内心同意する。同じ質であればともかく、数も質もネデル総督府軍が上であり、尚且つ地の利も情報収集能力も相手が上である。組織だって退却できるだけでも、実質的には勝利に近いだろうか。
「それで、魔物は滞陣していたかしら?」
『ノインテーターはおりませんでした。奴らは魔力を隠すような真似はしないので、確実かと思われます。また、それ以外の人型の魔物もおりませんでした』
御神子原理主義者の指揮する神国軍が堂々と魔物と轡を並べるわけが無かったのは幸いであるし、当然であった。そう考えると、春の南部遠征において、二体のノインテーターと遭遇したのは、緊急対応として現場指揮官が何らかの理由で『依頼』を出したのかもしれない。
実際、『魔物使い』が出た北部遠征も、現地である『フリジア』の総督の差配であった可能性が高い。神国将軍であり、国王の覚えめでたい総督が魔物はともかく、アンデッドを戦場に投入するとは考えにくい。
「だれがどういう理由で吸血鬼を戦場に潜ませているのでしょうね」
戦場では魔力持ちの魂が手に入るという理由で、吸血鬼が潜んでいるという話を聞いたことがある。但し、ノインテーターは真祖を頂点とする吸血鬼の体系とは別系統であり、死に損なった存在が精霊の影響を受けて不死者と化している可能性が高い。
つまり、二系統の吸血鬼はそれぞれ別の思惑を受けて、ネデルに存在しているのだろうと思われる。一先ず、ノインテーターを生み出す魔物と、既に生み出されたノインテーター、そしてそれを使役しようとする存在を排除しなければならない。
『アルラウネの居場所を今一度確認してまいります』
「お願いね」
戻ったばかりの『猫』は、歩人と突き止めたアルラウネの居場所を確認する為、再び、リジェの外へと出かけて行った。
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一時間ほどで戻って来た『猫』によると、ノインテーターの数は変わらず四体。これは、定数を四とし不足した場合に追加をする仕様なのだろうと推察する。吸血鬼に率いられた二個中隊もあれば、余程の大軍でなければ問題なく
対処できる。
その上、管理する魔剣士四人に関してはその存在が確認できなかったのだというのだが……
「そう。随分と仲良くなったのね」
『……半精霊と半魔物ですから、多少は気安いようです』
歩人と訪れた時に面識の出来ていた『ノインテーター製造機』である植物の魔物『アルラウネ』なのだが、とてもおしゃべりなのだという。歩人も加わる。
「あれは、人間でいうところの売笑婦みたいなもんな気がするな」
『寂しさの反動でしょうか。相手をして欲しいみたいで、色々と教えてくれました』
魔剣士は四人とも中にいるという。数日前、物資を運んでくる使いの者がいつもより短い間隔でやってきて、いつもの数倍は運び込んだというのだ。
『恐らく、オラン公軍の接近でしばらく訪問できない可能性からでしょう。魔剣士の気配がその後、確認しにくくなったそうです』
恐らく、常時気配隠蔽を展開し警戒しているのだろう。これは、彼女たちが接近した場合も、事前に察知されている可能性が高い。奇襲ではなく、強襲になるのであれば……作戦を変更する必要がある。
『魔力の少ない奴らは危ねぇぞ』
「そうね。守り切れない可能性を考えて……策を講じるわ」
翌日に備え早々に休む事にする。伝えるのは、魔導船の中でも構わないだろう。
翌日、司教猊下にリジェを離れることを伝える。彼女の本来の依頼を達成する為にである。
三日目になると、包囲するというよりも監視兼戦力にならない傷病兵たちを残したような野営地が街から離れた場所にあるだけであった。恐らく、退避するオラン公軍が近くを通る際にでも合流するつもりなのであろう。
魔導船を川縁に浮かべ、移乗する。流れに逆らい船が動き始めると、リジェの住民から驚きの声が聞こえてくる。既に彼女の存在は知れ渡っており、尚且つ、リジェ司教領と王国は友好的な関係を結ぶと噂されている。彼女だけでなく、見たこともない魔導具を備えた王国軍を想起すると、目の前の戦乱の先にある不安も和らぐというものだ。
「魔導船は快適」
「今日は一仕事しなければならないから、移動で苦労をしたくないわね」
馬は四頭のみに絞った。馬車だけで移動するならば二頭でも問題ないのだが、この後の『暗殺者養成所』に向かう事を考えれば、馬車と騎乗での移動と両方が望ましい。
彼女は、この後の手順を改めて確認する事にした。船を動かす仕事は歩人に委ねる。魔力的には問題ないだろう。
「偵察の結果、オラン公軍の遠征の影響で、警戒度がかなり上がっているようなの。つまり、ノインテーターはともかく、高位の魔剣士だと思われる監視役は、気配隠蔽を行っているので、魔力走査では居場所が特定できないの。遭遇戦になるわね」
村長の孫娘が息をのむ音がする。
「では、どのようにするおつもりですか?」
『ゼン』が皆の声を代表するように発言する。彼女は少し間を置き、ゆっくりと説明する。
「隊を二つに分ける事にします。突入は私と……」
侵入するのは彼女と赤目銀髪、そして『ゼン』。外周で待機し、逃げ出すものがいれば攻撃するのは、歩人、灰目藍髪、村長の孫娘の三人。
「……納得いきません」
彼女も考えていたのだが、やはり、灰目藍髪は突入組を希望するのであった。
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