第五幕『小城塞』
第441話-1 彼女はリジェを離れる
オラン公軍はマストリカの下流を渡河し、西へと移動。トレゲンという街のそばでマストリカから移動したネデル総督府軍と小競り合いを行ったという。
その後、両軍は距離を保ちながら西へと並走、その途上にある『サントロ』の街を包囲しているという。街は街壁を持つ堅牢な存在だが、その人口規模はリジェに遠く及ばず、二万の大軍に包囲され長く保つとこは困難だと思われる。
急使はそのサントロの衛兵であり、リジェに救援を求めてきたという事なのだ。
総督府軍は、この街を餌にオラン公軍を拘束し、攻め掛かればこれ幸いと後背を討つつもりなのだろう。糧秣や軍資金の不足しているオラン公軍は、背に腹は代えられず、サントロに資金と食料の提供を求めているのだと思われる。
街はリジェからの指示もあり、門を固く閉ざしオラン公との交渉を拒絶しているのは、戦後の異端審問を恐れてのこと。とは言え、リジェに外征を行える軍は存在しないのだから、助けを求められても困るのだろう。
「修道院が略奪されたとか」
修道院には様々な財貨が蓄えられている。サントロの修道院が略奪の対象となり、身代金も要求されているという。
とは言え、リジェの街を守る事は滞在する上で不可抗力であるのだが、オラン公軍と総督府軍が対峙している状況で、僅か六人の冒険者に何ができるというのであろうか。
「司教猊下はなんとおっしゃられているのでしょうか」
「……猊下は特に何も。ですが……」
周りからすれば、『ミアンの聖女』に何かを期待しているという事なのだろう。が、これはネデルの問題であり、王国の子爵令嬢である彼女の責任の範囲外である。期待するのは無料だが、行動には対価が必要なのだ。
「金貨二万枚支払うか否かですね」
「……そんな……」
「いえ、ここが王国であれば、王国の貴族として民を守る責があります。ですが、リジェの民はリジェの君主が守るべきでありましょう? その手段が金貨二万枚なのであれば、支払うか支払わず力で対抗するかですわね」
二万枚は支払わないという決断であれば、力で抗い、それが不足すればオラン公軍に蹂躙されるしかない。
「そこを……」
「何とかならないよ。貴族の義務ってそういうもんでしょ? ただ働きはしないよ。義務は権利を受け取った者に発生するんだから。そもそも、リジェ司教領の住民って義務を免除されてるんじゃない。だったら仕方ないよね」
姉にしては正論である。まあ、それが当然なのだが。
オラン公の軍の進路に、ネデル総督府軍は街道を封鎖するように別動隊を派遣しているという。リジェ司教領を抜けロックシェルに向かうには、総督府軍本隊と戦い勝利するか、その存在を背後に感じながら、街道封鎖を突破する為に戦闘するしかない。
ロックシェルはネデル有数の都市であり、その街壁はリジェの比ではない。恐らく、攻囲することは僅か二万では不可能であると、公も総督も理解している。先細りの進路であり、どこでいつ誰と戦うかを選ぶほかない。
「……」
「無理ですし、無駄です。後日、復興の為に資金と人手を融通するくらいしかできることはありませんでしょう」
「……」
「そもそも……」
彼女は確かにミアンで戦ったが、それはミアン市民が戦う姿勢を示したからであり、王国の見習騎士として為すべき事を為した結果である。勿論、王国の支援もあった。王太子殿下が近衛連隊を引き連れ急行してきたのだ。リジェにはそのようなことはない。故に、彼女が助力する理由がないのだ。
神は、自ら助ける者を助けると言うではないか。
話が平行線となっているところに、司教猊下が現れる。
「皆の者、リリアル閣下にこれ以上無理強いをするのは止めよ!」
大声ではないにも関わらず、響き渡るように声は突き刺さる。
「そもそも、これはリジェとネデルの問題。王国の副元帥である閣下が関われば、それは問題になるであろう。今までは、一冒険者として成り行き上……協力して下さっているだけではないか。
甘えてはならない。良いな」
「「「「……」」」」
彼女を取り囲んだリジェの聖俗の関係者が一斉に口をつぐみ、顔を下に向ける。
「大変失礼いたしましたリリアル閣下」
「……いえ。お気持ちは理解できます。ですので、これで終わりにいたしましょう」
誰もかれも必死なのであるのは理解できるが、彼女を頼る事は筋違いだと察してもらいたいと思う。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
対陣するオラン公軍と総督府軍。今のところ、ノインテーターによる破壊工作は為されていないようである。いれば、軍は崩壊しているであろう。
「今回は……オラン公の命さえ守れれば良しとするべきかしらね」
『ノインテーターを抑える方が先だろう。そろそろ、例の場所の討伐をするべきだろうな』
ノインテーターは周囲の人間を狂戦士の従者と変える。戦いが始まる前には、無用の存在である。つまり、にらみ合っている状況では、まだ、拠点に潜伏している可能性が高い。
討伐するなら、今なのだろう。
だがその前に、オラン公の軍の状況を確認したい。あまりにも危険な状況であれば、公爵だけでも助け出さねばならないかもしれない。ついでに、ルイダンも連れて脱出させる必要があるだろう。
『主、状況を確認してまいります』
『猫』であれば、人知れず戦場全体を確認し、公爵の幕営近くで状況も把握できるだろう。
「半日ほどでお願いできるかしら」
『かしこまりました』
『猫』自身は、馬の襲歩ほどの速度で山野を駆け抜ける事ができる。現場には半時間で到着できるであろうし、総督府軍とオラン公軍の布陣を確認し、幕営で聞き耳を立てる事も容易である。そして……
「戦場に、吸血鬼・ノインテーターもしくは大きな魔力を有する存在がいるかどうかも確認して頂戴」
『猫』は背中越しに振り返ると、にゃあと鳴き声で答えたのである。
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