第442話-1 彼女は『アルラウネ』と交渉する 

 正直、突入は「四人でも良い」と考えていた。ツーマンセル二組で虱潰しのほうが、逃がしたり討ち漏らす可能性も減る。また、相手も分散することも考えられる。


 だが、密閉空間である小城塞の狭い通路で、魔剣士やアンデッドと対峙してリスクが高い灰目藍髪を連れて行くのは、正直、今の時点でとりにくい選択肢であると彼女は考えていた。


「加える選択肢もあるわ」

「……では何故?」


 ここに、姉や伯姪がいれば、二手に分かれても問題なく意志疎通が可能だろう。今回、経験あるメンバーは赤目銀髪のみ。それも、指揮を委ねる事は難しい。『ゼン』には経験が、灰目藍髪には魔力量が不足している。


 歩人……女子と二人にするのは、女子が嫌がる。


「ノインテーター四体の討伐は問題ないと思うの。でも、魔剣士の能力が想定できないところが突入に加えない理由の一つね」


 常時複数の魔術を起動し、防御と索敵を行う事で、身体強化と魔力纏いまで魔力を割くと、魔力量は中程度は欲しい。彼女と赤目銀髪だけがそれを可能とする。歩人もできるが、突入はさせない。


「セバスには、『土』魔術で掩体を作ってもらうわ」

「セバスには、『土』魔術で変態を作る能力がある」

「変態じゃなくって掩体な。まあ、小さな砦だろ? 銃眼とか設けて、安全に監視できるようにか?」


 赤目銀髪のセバス押しに空気が和らぐ。彼女は歩人の役割りを説明し、この後の『養成所』の攻囲にも活用すると告げる。


「魔剣士が逆襲してきた場合、土を固めた掩体くらいは斬り落とせると思うの」


 故に、中に魔装馬車を埋め込み、監視は幌の前後の部分に合わせて狭間を切る形で形成し、歩人自身は魔力を幌に流し、斬撃で斬り飛ばされないように予防線をあらかじめ張るというのが彼女の考えだ。


「その場合、『剣士』が一人必要なの。それが、あなたを残す理由。納得していただけるかしら?」


 馬車に残るメンバーの中で、魔力庫である歩人は馬車を離れるわけにはいかない。銃手に過ぎない孫娘は魔剣士に対抗できない。


「見せ場ですね!」

「その時は、お前のピンチだぞ。わかってんのか?」

「大丈夫。バインドしているところを、至近距離から撃ち殺してもらえばいいわ」

「はい!! それなら私でもできそうですぅ!」


 魔剣士も、同時複数の攻撃を上手く処理できるかどうかは分からない。魔装銃の弾丸なら、魔力の防御も『魔鉛弾』 なら貫通できるだろう。


「二人で一人前なのは癪ですが」

「でも、がんばります!」

「セバスも頑張れ」

「お前もな」


 役割も無事決まり、その後は、どのように馬車砦ワゴンブルグを作るかについて検討を進めたのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 小城塞が見える少し離れた位置で魔導船を下り、馬はその近くにつないでおく事にする。魔物や狼に襲われないように、周りを『土塁』で囲んでおくことにする。


 壁は高さ2m程とし、直径で10mほどの円形に成型する。


「随分と手際が良くなったわね」

「これなら、セバス城も直に完成する」

「さりげなく俺を本館から退出させようとすんな! でございますお嬢様方」


 『土』魔術師……土の魔法使いビト=セバス、自宅ぐらいは自分の魔術で作ろう。楽しい新婚生活が待っているかもしれない。かもしれない……


『主、先にアルラウネのいる場所にご案内します』

「お願いするわ。全員である必要はないわよね」

「同行したい」

「……わ、私は留守番しておきます」


 灰目藍髪は残り、『ゼン』は同行することになる。突入組と待機組に別れた形だ。





 城からほど近い森と川原の境目。そこに、彼女よりやや背の高い女性が城を背中に立っているのが見える。距離はニ三百メートルだろうか。


『んー 知っている気配がするぅ』


 間延びしているようで、だが隙のない声。魔物ゆえか、人の声とは少々響き方が異なるのは、肉体が違うからだろうか。


『ライア=イリス殿。我が主をご紹介したい』

『黒猫ちゃん? ご主人様がいたんだぁ、残ねぇ~ん』


 魔物は名前を持っているようである。彼女は自己紹介をし、連れの二人も紹介した。そして、軽く世間話をしつつ、本筋の話に進める。


「それで、一つ教えていただきたいのだけれど」

『なぁ~んでも聞いてちょうだいぃ~♪』

「あなたの力で、ノインテーターを生み出せるのかしら?」

『なぁ~にそれぇ~♪』


 『アルラウネ』はカラカラと笑う。その笑いは作り笑いとは思えず、言葉の響きがおかしいとでも言いたそうである。


「簡単な事。死にかけた人間を不死者にしたことはある?」


 赤目銀髪の率直な質問。しかし、それに真直ぐに答えることはない。『アルラウネ』は赤目銀髪をジロジロと見る。そして……


『ちょっと触れてもいいかしらぁ~』


 黙って頷く赤目銀髪に、その体から蔦のような物を伸ばし、髪や体をなで廻す。危険ではないかと緊張する『ゼン』が剣に手を掛ける。


『むぅ。そなたから、「アーデ」の気配がするぅ~♪』

「……アーデは……ぉかあさんの名前……」


 赤目銀髪は猟師であった父と二人で暮らしていたのだが、物心ついた時には既に母はおらず、父からは「母の名」だけを聞いていたのだという。


『では、お前はアーデの娘になるのだろうか。私はアーデの姉のライアだぁよぉ~♪』

「……ライア……おばさん?」

『はは、そうなるかね♪。どうやら、その赤い目と銀の髪はアーデ譲りだよ♪♪』


 赤目銀髪……半妖精とのハーフであったようである。クウォーター?


『随分あの子とは会ってないから、どうしているのか知りたいねェ~♪』

「私も知りたい。ぉとうさんの話もしたい」


 アルラウネはどのようにして移動するのだろうか。姉妹とはどういう意味なのだろうかと疑問に思わないでもない。


『あ、アルラウネの本体は地面の下にある根の部分なのぉ。だから、株分け?根っこから別れて姉妹になることができるのぉ』


 それは同一人物ではないのだろうか。いや、同一魔物? 同一精霊か。


『昔は同じ場所に生えていたんだけど、途中で根が途切れて姉妹になったのよぉ。その内、アーデだけが連れてかれたのぉ。その後、わたしも、ここに植え替えされたからぁ……なのよぉ~♪』


 目の前のアルラウネは緑色の体に、紫色の花を頭の上に生やしている女性の形をしている。脚は地面に埋まりどうなっているのかはわからない。その体の表面は草の色をしているが、肉感は人間のそれに近い。


「お前は、人間を食べる魔物か?」

『お前じゃないわぁ。ライアよ。質問には答えてあげるわぁ。人間や動物を捕食するのは若いアルラウネね。わたしくらいの半精霊になると、魔力を受け取ったり、与えたりできるのよぉ。それで、死にかけている人間にアルラウネの魔力を与えるとぉ♪』

「ノインテーター……死なない存在になるのね」

『半分正解。というかぁ、わたしも詳しい理屈は分からないのぉ』


『アルラウネ』は人と出会う事もなく森の中で過ごしていた。いつの間にか人間のような個性が生まれ、思考が生まれ、余り動けないが、一人でいる事が退屈になってきた。


 話し相手が欲しいと思った。そこで、森の中で死に掛かっている人間に自らの魔力を与えて助ける事にした。


『死に掛けている人が、わたしの魔力で回復するわけでしょぉ? でも、魔力を貰い続けないといけないのよぉ』

「では、魔力を貰えなくなればどうなる?」


『アルラウネ』は少し躊躇してから端的に答えた。


『しんじゃぁうわぁ……だから、傍にいつもいてくれるんじゃなぁい~♪』


 ノインテーターの異常な回復力、死なない力の源泉は『アルラウネ』から与えられた魔力によるということなのだ。つまり……


「この場で燃やす」

「根切りにしましょうか?」

『え、ねえ、まってよ。なんで燃やそうとするのぉ?』


 アルラウネのライアには悪気が全くないのである。精霊化しつつある魔物を討伐することも躊躇される。彼女はしばし考える事にした。



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