第436話-2 彼女は遠征の先を考える 

 街壁に向かわず司祭宮殿に向かう最中、彼女はどこかで見た事のある、いや、とても見慣れた乗り物と、更に見慣れた人物を目にした。


「……」

「ね、今こっち見たよね。絶対気が付いたよね」


 特徴的な兎馬車、その馭者の席には、大変見慣れた女性が座っている。行商人風のいでたち、そして何事かとその背後から顔を見せる二人の少女。


「……姉さん……何故ここにいるのかしら」


 姉と連れのようだ。良く見れば少々薄汚れた村娘のような衣装を着ているが、一人は公女マリアである。今一人は初めて見る人物だ。


「いや、総督府軍がマストリカに出撃して、ロックシェルの警戒が緩んだからね。脱出するならこのタイミングだ!! って。えーと、マリアちゃんは知っているけど、こっちのマリアちゃんは初めてだよね」


 どうやら、初めて見る少女もマリアという名前のようである。


「は、初めまして!! わたし、薬師をしておりますアンネ=マリアと申します。マリア様と名前が同じで畏れ多いので、『アン』とお呼びください」


 年齢は赤毛銀髪と同じくらい、つまり二期生と同世代だろうか。彼女は、『ストレングゼロ』という無力化ポーションを作り出した薬師がロックシェルにいたという話を思い出す。


「もしかして、オリヴィさんの友人の」

「は、はい。オリヴィ=ラウス様には良くして頂いています。おばあちゃんの昔からの知り合いみたいで……」


 オリヴィも冒険者である以前に、錬金術師・薬師として修業をした女性だ。何かの依頼で知り合い、誼を交わしていたのかもしれないと彼女は考えた。


「最近ネデルも物騒でしょ? ヴィーちゃんとも話していたんだけれど、森の中で独り暮らししている薬師なんてさ」

「……魔女狩りね」

「そうそう。とんだ恩知らずだけどね。小銭の為に人を売るなんて、良くある話だからさ。優秀な子ならリリアルでも大歓迎でしょ?」


 アンネ=マリアはポカンとしている。どうやら、姉は何時もの調子で何も伝えず連れ出したようである。


「アンさん。私たちは王国で魔力を持つ孤児の子達を集めて、魔術師や薬師、錬金術師を育てる学院を運営しています」

「……学院。学校という事でしょうか」

「ええ。大体十歳から成人まで、それに、今はその後も残ってもらって王国の為にお仕事をして貰うこともあるの。ここにいるのは、学院の生徒達です」


 赤目銀髪、灰目藍髪、村長の孫娘が会釈をする。


「まあ、皆さん。ご無沙汰しております。いつぞやはありがとうございました」

「問題ない。それが仕事」

「マリア様も御壮健そうで何よりでございます」

「……よろしくお願いします……」


 村長の娘は初めて会ったので誰かは分からないのだが、口調からして貴族の御令嬢だと当たりを付けて丁寧に答える。


「妹ちゃんこそ何してるのよ」

「様子を見に来たら包囲されたのよ。今は、リジェ司教と冒険者ギルドの依頼を受けて、防衛に協力しているわ」

「へぇ、相変わらずの巻込まれ体質だね。まあ、そこに合流する私もどうかと思うけどね!」


 良く解ってらっしゃるではありませんか。姉は司教宮殿に客として滞在していると聞き、これ幸いと同行者に成りすます事にするらしい。


「公女殿下は不味いでしょう」

「まあ、バレなければ問題ない。ね、マリアちゃん」

「はい。見習修道女として行商に同行させて頂いております」


 身分は、ニース辺境伯の身内……ということにしたらしい。つまり、商人と見習修道女と薬師の女三人旅……という設定だ。逃避行とも言う。


「三人一部屋になるかもしれないけれど、構わないかしら?」

「おねえちゃんは妹ちゃんと同室でも構わないよ!」


 姉は構わなくとも、彼女は構うのだ。それに、夜も警戒に出たりするつもりなので、同室は避けてもらいたい。そもそも、姉一行はおまけなのだから、恐らく彼女達の部屋よりも質の落ちる巡礼者用の部屋になるのではと思うのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 司教宮殿に戻ると、『ゼン』と歩人も戻ってくるところであったようで、建物の前で合流する。


「げぇ」

「何かなセバス君。君のご主人様の姉君だぞ。ちゃんとご挨拶しなさい」


 言い回しは腹立たしいが、なに一つ間違っていない。


「リリアル男爵閣下の侍従を務めております、ビト=セバスと申します。お嬢様方よろしくお願いいたします」

「見習修道女のマリアちゃんと、薬師のアンちゃんです。よろしくしてもらいなさい」

「兄ちゃぁん?」


 どこのましゃだと思わなくもないが、発音が違う。


「よろしくお願いしますわセバス様」

「いや、セバスとお呼びくださいお嬢様」

「アンです。よろしくおねがいします」


 貴族らしき女性に様付けで呼ばれ、思わず断る歩人。背後で『ゼン』もご挨拶をする。これは、隠しても隠し切れない高位貴族の令嬢と令息の挨拶となり、身分が隠せないと周囲は思ったりする。


 薬師のアンは「ほぇ」くらいの感じで、初めて見る貴族の息子の挨拶に大いに驚く。デカいからじゃないぞ。


 彼女は一先ず、宮殿の侍従に連れが増えた旨を伝え、部屋を用意してもらえるように手配をお願いしたのである。


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