第436話-1 彼女は遠征の先を考える
王国の北東部の安定、神国・連合王国・帝国からの干渉を抑える為に、王国単独ではなく協力者を必要としていると考えていた。
アンデッドの大軍ではなく、神国兵がミアンに押し寄せていたら、恐らくは近衛連隊程度の出撃では押し返せなかったであろうからである。
単独ではなく、事前情報を得たり、隙を伺いネデル領内でオラン公の協力者が反乱を起こしてくれる可能性があれば、ネデルの神国兵を王国に差し向けるにも限度が発生する。
王国は、リジェ司教領・オラン公と協力することで、ネデルの神国軍の鋭鋒を躱す事が可能ではないかと考えているのだ。
少なくとも、連合王国と神国が本格的に揉めてくれるまでは、王国はバランスを維持し、神国に付け入る隙を与える事の無い様にしなければならない。
サボアの聖エゼル騎士団の設立や、ニースの聖エゼル海軍の活動は内海において教皇の覚えもめでたく、神国国王としても王国との協力関係を崩すつもりは今のところはないようではある。だが、油断できるわけではない。
「ダンボア卿とオラン公の関係を王弟殿下につなげると」
「王家と直接では言い逃れできません。元々、王弟殿下は連合王国の女王陛下の婿という可能性もありますので、原神子派と近しくしてもおかしくはありません」
王家そのものは御神子教の敬虔な信徒として、教皇庁と仲良くしているわけだが、連合王国は独自の『国教会』なる組織を設立し、自国内において国王が最上位の宗教的な権威としている。厳密にいえば異端なのだ。
原神子派の教義を組みながら、教会組織は国王中心に御神子信徒の方法を維持している。だが、連合王国内の大司教の任命権は教皇猊下ではなく、国王が持つ……としている。
「王弟殿下であれば言い訳が立つという事ですね」
「それは、私たちの活動も同様です。なにしろ、冒険者に過ぎないのですから」
「……はあ……」
リリアル男爵としてみられる高位貴族や権力者からすれば、国王の代理人だと受け止めてもおかしくはない。王国内における彼女の存在は、そう認識されるからだ。
「誰も名乗っていませんからね。勝手にそう受止められるのなら、受け手側の責任です」
「物は言い様ですね」
「そういう役回りですから」
そんな話をしつつ、彼女はスラリとした銃身のやや長い拳銃を手に取る。土夫の作風と違って、これであれば日常に携帯しても短剣程度で目立たないだろう。重さもその程度である。
『お、良いなそのサイズとデザイン』
「ええ。すっきりしていてとても機能的だと思うの」
質実剛健・無骨である方が格好いいという土夫の価値観と彼女は全く合わないのである。できれば、流離なデザインの装備は好ましい。
「その銃かっこいい」
「うん、でも、狙撃用というよりも騎乗用ですね」
「私は懐に隠せるようなサイズが欲しかったので、これにします」
彼女の銃は『魔剣』を短剣状に装備し、剣のように腰に吊るすに丁度いい短めの騎銃といったサイズである。小柄な赤目銀髪が装備するには良いサイズなのだろう。灰目藍髪なら、彼女の持つ魔銀製拳銃をややスマートにしたデザインのものを剣と別に装備する程度で良いだろうか。投げナイフのような牽制用の装備である。
「長銃身の銃もいいですね。これで狙撃ができれば最高です」
「猟にも使えて便利かもしれないわね。レンヌへの土産になるのでは?」
帝国土産にリジェの長身銃というのは割と良い趣味だと彼女は思うのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
リジェの街には噂が流れ始めていた。
曰く『ミアンの聖女様がご滞在になっている。参事会で不甲斐ないギルド長どもをどやしつけて下すった』
曰く『オラン公の乞食軍は、街を攻め落とせるほどの大砲も攻城櫓も持っていない、寄せ集めの貧乏所帯だ』
曰く『街を守らずオラン公に降れば、街ごと異端審問に掛けられる』
参事会で彼女の口を借りて伝えられたリジェの街を取り巻く現実を、ギルド長達は噂の形をとって街の中に流し始めた。
そして……
「目立っている」
「なんか、いろいろ貰い物あって、嬉しいです」
「喜捨の積りでしょうか。先生が修道女姿で街に姿を現していますから」
「……こ、これも依頼の範疇なの。ええ、仕方ないのよ……」
修道服を着ている彼女と、その供回りにしか見えないリ・アトリエの女子組三名。特に、灰目藍髪は「女剣士風」でいかにもなのである。
「昨日よりも随分と落ち着きました」
「視線に落ち着かない」
「それで街の皆さんが落ち着くなら何よりだと思わなければ」
手を振られたり、声を掛けられたりにも慣れてきた。
すると、街壁の上が騒がしくなり、尖塔の鐘が鳴り響き始める。どうやら、警戒していた衛兵がオラン公軍の接近を確認して知らせたためのようだ。
「ミアンを思い出す」
「あの時はこんなだったんですね。緊張してそれどころじゃなかったから……」
灰目藍髪の言葉はその通りなのだが、彼女の場合、寝不足と多忙で記憶がかなり飛んでいる。斑まである。
アンデッドは不眠不休、食事もとらない。故に、ずっと警戒し討伐もしなければならなかった。グールや吸血鬼の襲撃もあり、昼間少し仮眠し、夜中はほぼ起きていた……はずだ。
それと比べれば、勤勉でもなく戦意も低いオラン公の傭兵相手であれば、さほど警戒するまでもない。暗くなれば引き上げるし、坑道戦術など鉱夫を連れて何日もかけねば実現できない。そんな資金も戦意もないのだから、ネデル総督府軍が戦力を纏めるまでの数日を稼げばよいだけなのでそこまで危惧するものでもない。
領都であるリジェには、食料も生活物資も十分蓄積されている。包囲され水が無くて困る事もない。周りは水路なのだから。
「確認に向かいますか?」
「いいえ、『ゼン』とセバスが街壁に登っているはずなので、今日は遠慮しておきましょう。攻撃は明日の朝からでしょうから」
下手に見に行けば、それはそれで面倒なことになる。ミアンでは防衛戦を指揮する立場であったが、ここでは司教と参事会その指揮下の衛兵・市民兵が対応するので、彼女がすべきなのは実際の防衛戦闘での助力程度だ。
「招かれざる客にならないように注意しましょう」
「では、一旦司教宮殿にもどりましょうか」
「賛成、お腹がすいた」
「足も疲れました。運動不足ですかね」
村での生活と比べると、リリアルではさほど体を使わないので、村長の孫娘やサボアの使用人娘たちは体が鈍っているという。
「なら、鍛錬の時間を増やしましょうか?」
「そういう事より、使用人の仕事をしたいんですよね。それが日常ですから」
魔術師組は特に、使用人の真似事などすることはないので、使う体の部位が変わって鈍っているのだろう。畑仕事や水仕事は範疇ではないからだ。
「畑仕事ね」
『リリアルの生徒も増えたなら、畑も作って自給自足してもいいかもな』
人数が少ない頃は、近隣の村や代官の村からの頂き物で賄えたのだが、いまでは少々物足らなくなってきている。土地はあるので、敷地の外、森と薬草園の間を畑にするのも良いかもしれない。
「体を使う作業を増やしましょうか」
「二期生以降は、その辺りも考慮してもよいと思います」
村長の孫娘たち以外にも、孤児院育ちの生徒に実習として経験させる事も良いかもしれない。街育ちだからといって、農作業が全くできない事も問題ととらえて良いだろうか。
「育てる楽しみというのもありますからね」
自分で育てた野菜を食卓で味わうという経験も、学院生活を豊かにするのではというのがその理由だったりする。
貴族の娘なら刺繍辺りが趣味になるのだろうが、庶民なら……野菜を育てるが実益を兼ねた趣味になるのか……そんなはずはない。
「野菜はすぐ育つからいい」
育つのが早いのは草だからなのだろう。食べれる草が野菜なのであれば、薬草のように魔力を与えたらどうなるのか、彼女は少々気になっているのである。
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