第431話-2 彼女は遠征軍と並走する
穴に落ちた騎兵に止めを刺す。その上で、神国軍の装備を剥ぎ取り、今後はネデルで行動する際に着用する機会もあるだろうと洗浄する。無事な馬は四頭。怪我をし瀕死の馬は……スタッフが後でおいしくいただくことになるだろうか。
「先ずは血抜きを……」
「ああ、手伝います私も!」
狩人の血が騒ぐ赤目銀髪、村での暮らしで自然に身に付く狩りの獲物の下処理作業を村長の娘が進んで引き受ける。
「死体は土牢の中で埋め戻していいよな……でございますお嬢様」
「それでお願い。『ゼン』、オラン公の陣にこの隊長を引き渡したいの。あなたも同行してもらえるかしら」
「はい、喜んで」
一頭の馬の上に縛り上げた『騎乗銃兵』の斥候隊長を固定する。暴れても馬から落ちないように、鞍に木の支柱を固定し縛り上げる。
「ついでに肩の骨でも砕いておきましょうか?」
『ゼン』の申し出に彼女は首を横に振る。先ほどの立ち合いで、既に内臓や肋骨に大きなダメージを与えているだろう。治療が必要なほどにである。
「ここの近くで野営をして待機。馬車を出して休息を許可します。炊煙と灯火には十分注意して。今日の間は、新しい斥候は来ないと思うけれど、デンヌの森の東端であることを忘れずに。交代で見張りを」
「「「はい!!」」」
『ゼン』を連れていく理由、それはオラン公への面会を伝える際、騎士らしい騎士がいるかいないかで周囲の対応が違うと考えたからである。ディルブルク城であれば、門衛も使用人も彼女を見知っているであろうし、『リ・アトリエ』でも『リリアル男爵』でも彼女の外見から本物だと理解してくれるだろう。
が、多数の傭兵を抱えた行軍中にリリアルメンバーがオラン公へと面会を依頼したとして、傍まで近寄るのは手間であろう。相手をするのが面倒だ。どう考えても、冒険者ギルドでの対応を思い返さざるを得ない。
見た目が厳つく、なおかつ騎士の振舞いが板についている『ゼン』に応対を任せるのが面倒でないと彼女は考えていた。
道すがら、斥候隊長への尋問を繰り返す。神国の騎士である隊長は、彼女が王国人であり、尚且つ原神子教徒ではなく御神子教の信徒であると伝えると、少し心を許した。
「傷に悪いので、少しだけ」
「ああ、すまない。……ん、良いワインだな」
「姉が仕事で扱っているのよ。王国のワインよ」
「ワインはボルデュのものが一番かと思ったが、これはこれですっきりしていて美味いな」
などと、姉からの差し入れ兼売り込み用のワインを口に含ませてやると、隊長は自分の身の上話を始めた。
曰く、散々内海でサラセンや神国と対立する軍と戦い、新大陸へも遠征したのだが、ネデルでは住民の反感もあり、また、新規雇用の傭兵達の素行も悪く食事などの待遇も悪いので兵士の士気は下がり気味であるという。
「オラン公の軍と戦って手柄を立てれば、少しは待遇も良くなると思っていたんだが……」
捕虜となりその目も無くなった。
彼らの分隊は
「既に把握されているということなのね」
「それはそうでしょう。二万を超える募兵は、隠密裏に行うという事は不可能でしょうから」
マストリカのムース川の線を抑える戦力だけでなく、ネデル各地域からオラン公遠征軍を攻撃するための戦力が抽出されている最中であろうか。恐らく、ネデル南部の幾つかの都市をオラン公は包囲するか、協力者として訪れることになるのだろう。
一月かかるか二月かかるか分からないが、その間に、ネデル総督府軍は容易に戦力を集めることができる。そして、オラン公軍が向かう先に、十分な戦力を展開し迎えうつことができるだろう。
川を渡り谷を登り、オラン公の陣営に近づく。誰何されたものの、協力者の冒険者であること、マストリカから派遣された斥候騎兵を捕らえ、その情報をオラン公の本営に伝える為に向かっていることを伝える。
その手柄を横取りしようと口をさ挟むものが現れるが、貴族であれば彼女が一喝し、傭兵であれば『ゼン』が拳で答えて道を開けさせることになる。
「如何にも寄せ集めね」
「包囲するには数が必要ですし、包囲するだけならば能力はさほど重視されませんから仕方ありません」
春の遠征においては、南部も北部も野戦を経験し、それに対応できるほどの技能を持つ戦力であったが寡兵でもあった。それ故、包囲を恐れず都市はその開城要求を突っぱねることができた。
秋の遠征には大軍を率いて包囲の用意は万全であるが、ネデル総督府の神国軍の精兵相手では鎧袖一触となりかねない。混乱する自軍兵士の波に飲み込まれて、オラン公が討たれる危険性もある。
「大軍も良し悪しね」
『一番いいのは戦争しない事だが、そうもいかねぇからな』
『魔剣』に言われる迄もなく、この遠征は勝利を目指すものではなく、神国軍を疲弊させ、ネデルに不満の種をまく事が目的なのだから妥協が必要なのだ。
「あちらですね」
流石に、一軍を率いる公爵の幕舎である。これまでの遠征の際に見たものより一段と豪華な天幕が広げられていた。
『まるでサラセンの皇帝みたいだな』
移動・遊牧を生業とするサラセン人は、その為自宅とも言える野営用のテントも宮殿のように豪華なものを用意するという。流石にそこまでではないが、リリアル謹製の狼皮のテントとは雲泥の差であると彼女は感じていた。
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