第430話-2 彼女は『あれ』の手紙を確認する 

 オラン公の軍が進発したという話は、メインツにも伝わってきた。そろそろ、リ・アトリエもメインツを出て、軍の後を追わねばならない。食料も資材も十分確保しており、馬車もしっかり収納した。ここからの遠征は、騎馬のみで行うことになる。


 今回は四頭の馬に六人が乗る。単独は『ゼン』と歩人、彼女の背後は村長の孫娘、赤目銀髪の背後は灰目藍髪となる。


「おじさんの後ろって避けたいかも」

「……いや、全然傷ついてねぇし。独りのほうが気楽だし!!」


 男女七歳にして騎馬を同じくせずである。


 一先ず、トリエルまでは『魔導船』に四頭の馬を乗せ移動することになる。魔導船ならば、馬も疲れないから先の事を考えるとその方が良いと判断した。


 メインツから川を下だり、暫く行ったところでトリエルに向かう支流に入り遡行する。魔導船ゆえの楽な活動だ。普通の川船であれば、下るのはともかく遡行するのは難しい。馬で岸沿いを牽いていくなどする必要がある。


「魔導船……すごくいい」

「魔装馬車もいいですけれど、これはこれで楽ちんです」

「目立ちますけどね」

「「「確かに」」」


 水車の如き外輪で水を掻いて川の流れに逆らい、人が走るほどの速度で移動するのだから、川沿いを移動する人たちが指をさして声を上げている。


「帝国ですから問題ないわよ」

「王国内だと……」

「お芝居のネタになる」


 姉が情報提供している戯曲に取り上げられかねない。その前に、王妃様と王女殿下から「欲しい」と言われるのは確実であるし、王太子殿下も「あると南都との往復が楽になるなぁ」とぼやかれるだろうし、もちろん姉と、姉の夫である聖エゼル海軍提督の義兄からも「是非頼むよ」と言われるだろう。


『土夫が張り切るだろ?』

「大型船だと、船大工と打ち合わせが必要でしょう。魔力だって……」

『お前の姉がいれば、大概のことは問題なくなる』


 船の動力=姉の魔力である。多分、ノリノリで動力兼機関長として乗り込む事だろう。本来の帆船に魔導外輪を組み込むだけなので、姉がいなくとも風で動くことになるだろうし、義兄や他の魔力持ちでも動かせないわけではない。継続して動かすには複数人で交代交代になるだろうが。




 トリエルにて上陸。市内でオラン公軍の情報を確認。トリエルに到達する前に既に北進をしているということで、オラン公軍はトリエルに立ち寄っていないという。寄れば、あまり良い結果にならない可能性もあったので、あえて避けた可能性もある。


 今から五十年程前、オリヴィも関わった騎士達の反乱軍にトリエルは包囲されたこともあるからだ。大司教のいる司教座都市を万が一にでも兵士が攻撃すれば、帝国内のナッツ伯や原神子派貴族の反感も買いかねない。流石に、原理主義者も、大司教を攻撃することは躊躇する。


 一先ず、オラン公の軍同様北へと進路を向ける。だが、進先はオラン公の行軍路のやや西側である。川を挟んだ反対側とでも言えばいいだろうか。


 白銀色の馬鎧……すなわち、『魔装馬鎧』を付けた四頭の馬が菱形の隊形を作りつつやや細い街道をゆっくりと進んでいく。並足といった程度だ。二万五千にもなったオラン公の軍は、一日当たり十数キロしかすすめないと思われる。この速度であれば、一日二日で追い越す事になるだろう。


 今回実戦では初めて使用することになる『馬鎧』だが、実際は、彼女たちが日頃着用している胴衣・鎧下と同じような素材で作られた、魔力を通す事で板金鎧を越える強度を持つ魔装糸を織り込んだ馬用の鎧だ。


「馬鎧、遠目には魔物に見えるような仮装をすると敵にウケる」

「ウケなくていいから。戦場で目立つって、イコール狙われて死にやすくなるだろ。ヤメロ!!」


 赤目銀髪的には、グリフォンやペガサスのような架空の馬に似たモノに擬態して驚かせたいという事のようだが、歩人の言う事ももっともなのだ。戦場で目だつのは手柄首と認識され、狙われる事の方が危険が危ない。


「騎士としては目立つことは大切なのですが」

「そういうのは、トーナメントですればよろしいのです。戦場ではとうに、歴史のかなたの話でしょう」


 親衛騎士『ゼン』が、騎士らしい感想を口にすれば、リリアルの中で今最も騎士になりたいと願っている灰目藍髪がサラッと否定する。戦場で騎士らしい振る舞いが許されたのは百年以上前の話である。


 長弓で射られ、銃で撃たれ、大砲の弾でなぎ倒され、槍に追い立てられるのが今の世の騎士の姿だ。ついでに言えば、攻城戦において騎士は聖征の時代ほど役に立たない。銃の存在は、防御の時により効果を発揮するからである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 谷を挟んで反対側には、沢山の炊煙が立ち上っている。古来、戦の物見は、立ち上る炊煙を見てその戦力を推測するというが、延々と立ち上る炊煙は大軍の到来を遠くからでも示していると言える。


『ネデルに入ったばかりだから、まだ余裕があるんだな』


 長い遠征、恐らくは一月は越えるだろう。堅いパンと水だけでは士気も上がるはずがない。故に、ほどほどに温かい食事を得られる機会は逃したくないということなのだろう。とは言え、彼女たち六人と比べれば、オラン公の軍はいささか物見遊山に見えなくもない。


「近づいてきたわね」


『魔力走査』で、前方の間道を確認していた彼女の近くに、魔力持ちの反応が発生する。徒歩ではない速度の接近。魔物でないとすれば、魔力持ちの騎士が騎乗で近づいていると思われる。


『魔狼だったりしてな』

「……否定できないわね……」


 ゴブリンや狼なら人の群れを襲うという選択肢は考えにくいが、魔狼は複数であれば、百人単位の人間にも襲い掛かりかねない程度には凶暴だ。


 参観に細長く伸びる野営の陣営のどこかに突入する可能性があっても不思議ではない。


「いいえ、これは……蹄の音よ」

「あー 出番かぁー」


 不承不承に歩人が、先行して間道に並行した山林に入り込み、走り始める。


「騎乗で構わないので、立ちふさがるようにうまく振舞って頂戴」

「了解」

「しっかり、皆を守りますよ」

「いってらっしゃい。なるはやで討伐お願いします。こわいです!!」


『ゼン』は騎兵槍をかかげ、三人の前に立ち街道を塞ぐように構える。それを確認した彼女は、歩人同様、林間に駈け入ると気配隠蔽を施し、疾走し始めた。





 騎兵の数は十と想定通りであったが、その装備は想定外であった。


「ホイールロック銃……」


 回転する金属板を用いて火花を飛ばし火薬に着火する方式の銃である。火縄を用いるマッチロック、火打石を用いるフリントロックと並ぶ着火方式。火縄の点火の用意が不要な分、即射撃可能なのだが、確実に火花が飛び火薬が爆発するかどうか確実ではないところが難点だと言えるだろうか。


 だが、騎兵槍の装備を前提としていた彼女からすれば……残してきた四人が危険だと判断した。


「セバス、行きます」

「ウソダろ!! 撃たれちまうだろ!!」


 気配隠蔽を解除し、林間を音を立てて疾走する。


「なんだ!!」

「何かいるぞ!! 警戒!! 警戒!!」


 騒がしくなる街道上の騎兵。そして、退路を塞ぐように街道上に姿を表した。たった一人の小柄な少年じみた外見。騎兵はほっとしたようだが、何事か誰何する。


「止まれ貴様!! 賊か!! 帝国の犬か!!」


 そして、狙い定めて彼女に向けて自分のマスケットを向け、狙いを定めて発射する。


 Bwaaann!!


 Ginnn !!


 明灰色の衣装に黒っぽい胴鎧を付けたその存在は、弾丸が命中する前に見えない壁で弾き飛ばした。


「「ま、魔術師だ!!」」

「剣を抜け、突撃!!」


 一瞬驚いた騎兵たちだが、弾丸ではなく剣を持って突撃することを選択。だが、背後から、銃撃が加えられ、幾人かがうめき声をあげ馬から転げ落ちる。


 Wwwwooooo!!!


 真っ黒な塊のような戦士が、騎槍を携え、神国騎兵に突撃を開始する。彼らより頭一つ大きく、馬も人も化け物じみた存在のように思える。


 一瞬で、黒い塊は神国騎兵の心を固まらせたのである。



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