第430話-1 彼女は『あれ』の手紙を確認する
『前略 妹ちゃん、愛しのお姉ちゃんです。私が王都を離れてから随分と経っていますが、寂しくありませんか。お姉ちゃんは寂しいです』
姉からの手紙は相変わらず迂遠であった。内容を確認すると、ロックシェルに滞在してオラン公の娘である『公女マリア』のこと、ロックシェルの商人や貴族の動向について述べられている。
『かなりやばそうなので、ゲイン会からマリアちゃんを引き取って王国に一緒に逃亡する方がいい気がするよ』
というのが姉の見方だという。ロックシェルの総督府と異端審問所の動きが激しく、外国人と言えども落ち着いて滞在できるような状態ではないという。
『修道騎士団を王国が取締った時もそんな感じだったな』
二百年程前のこと、王都に今も存在する騎士団本部を始め、王国内の主だった修道騎士団の拠点と配置された騎士達が一斉に捕縛され、その多くは自らを異端であると認めた。結果、修道騎士団から離脱し罪を償う事となった。修道騎士団の動産は当然王家が接収、不動産も処分できるものなどは粗方売却してしまい、最終的に総長と王都管区部長が処刑された後、教皇庁が異端を認めないという回答を王国に与えたため、資産は返却されたが既に殆ど王国内には残されていなかったという。
王都に国王陛下と対等に振舞う修道騎士団総長と居城である『王都本部』は前者は処刑され王都を流れる川に遺骨は粉々に砕かれ流され、後者は今では王太子宮と王家の金庫として使用されている。
『今回の遠征のどさくさに紛れて、王国へ逃げる方がいいだろう。公女殿下も王国で保護するか、オラン公に合流すればいいだろう』
「姉さんが連れてくるというのがいささか気になるけれど、仕方ないわね」
最終的には、サボアの聖エゼルあたりで匿ってもらう事も一考に値するかもしれない。が、オラン公一家は『原神子派』であり、聖エゼルとは合わない可能性も高い。王国内においても原神子派は活動を制限されており、やはり、帝国内の『トラスブル』あたりの原神子派の活動が活発な都市で保護すべきなのかもしれないが、オラン公がそこは考えるべき事だろう。
そして、今一つ気になる事が書かれている。
「……『ストレングゼロ』だそうよ……」
『なんだそりゃ』
オリヴィの紹介で知り合ったロックシェル郊外に住む薬師の少女が作るポーションの一種であるという。元は、悪酔いした客を上手にあしらい、尚且つ、安く酔える酒を提供するための添加剤なのだという。
『酒精を加えたものか。スピリッツとかそういう類のアルコール製剤か』
『魔剣』は薬師に関しては門外漢だが、錬金術・蒸留の知識は多少とも持っている。
「大きく外れてはいないのでしょうけれど、飲むと『ストレングス』がゼロになる。つまり、物理的な力が出せなくなる……ポーションね」
例えば、彼女のような魔力で身体強化を十全にできるタイプであれば、魔力だけで体を動かす事が可能であるから、『ストレングゼロ』の効果は限定的であろうが、ブースト率の低い魔力使いであれば、効果は覿面であるし、魔力の無いものなら絶大な効果が表れる。
「オーガとかオークのような人型の魔物に効果があるといいわね」
『あいつら、拾ったものとか奪ったものを飲み食いするの大好きだからな。それこそ、ワザとワインやエールの樽にこのポーションを加えて奪わせれば、楽して討伐できるかもしれねぇな』
「山賊・盗賊の類や、拠点の守備兵の無力化にも効果があるわね。反対に、酒宴などで使われれば、襲撃のチャンスになる怖ろしい効果があるわね」
酔いつぶれた所を奇襲・強襲されるということが歴史上記録としてある話だ。これが、酒だけでなく飲料水などに添加されたり、祝い事の食品などに加えられたりすれば、酷い事になりかねない。身動き取れない状態で一方的に虐殺されても不思議ではないのだ。
「是非ともリリアルに迎えたいわね」
その薬師の少女は、祖母の師匠がなくなり一人で森の中の工房で活動しているという。可能性としては、ロックシェルにオラン公軍が向かう際にピックアップして連れ帰れるのが良いのかもしれないが……
『別行動だな。先にミアンにでも入ってもらおうか』
「……そうね。暗殺者養成所の討伐も控えているから……難しいわね」
『主、そのポーションがあれば、養成所の者たちを無力化できるのではありませんでしょうか』
『猫』の話も最もである。できれば、楽して制圧したい。とは言え、上手に目標とする教官や管理者に与えられるかと言えばかなり難しいだろう。
「霧状にして相手に吸収させるように播くとかかしらね」
『お前、風魔術使えねぇだろ。霧を生み出すには『火』と『水』と『風』かな』
『火』ならビル、『風』ならばオリヴィが用いることができる。あとは……彼女が魔力ゴリ押しでポーションを気化させるか、魔導具の『霧吹き』があれば、効果的に噴霧できるかもしれない。とは言え、今回の遠征には間に合いそうにないのだが。
『猫』はロックシェルの姉のところまでポーションを受け取りに行こうかというのだが、多人数を無力化できるほどの量を生成しているとも思えない。ポーションサイズの分量が精々だろう。
「今回は見送りましょう。今後、敵の野営地の水樽などに密かに混入するとか使用方法はいくらでもあるから……是非、王国に来てほしいわね」
怪しげな無力化ポーションを作る薬師の少女の名前は『アンネ=マリア』という。
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