第429話-2  彼女はオリヴィの手紙を確認する

 手紙を読み終え、彼女は深いため息をつく。恐らく、王国の近衛連隊の指揮官たちや軍の幹部もこの神国軍の編成などに関してはしっかりとした情報を持っているのだろう。王国の近衛連隊も、このような編成に近づけようとしていると耳にしている。


 近衛連隊の規模を現在の三千から一万程度にまで拡大する構想が進められているものの、原資をどう捻出するかで議論がまとまっていないというのが彼女の知るところだ。


『すごい金食い虫になってるんだろうな』

「つまり、時間が経過するほど神国は経済的負担が重くなり、ネデルでも過度の増税の影響などで今以上に神国総督府に対する不平不満が今以上に高まる事になりそうね」

『長期的には、それがオラン公の意図するところなのかもな』


 信教も大切だが、多くの人が行動に移すにはお題目ではなく、実際の生活に直結するところが大切になる。『税が重い、生活が苦しい』『神国兵を食わせる為に』ということが広く共通の認識となれば、ネデルに住む多くの住人も不満に感じ行動に出よう取るものが増えるだろう。


 実際、海上に逃げたネデルの貴族や原神子信徒の船乗りは『私掠船』となって神国の船を襲っている。この損害も、長い目で見れば大きな問題となり、解決の為により多くの予算を割かねばならなくなるだろう。


 負担はネデルの住民の不平不満を高め、やがてオラン公たちに味方する勢力を扶植することになる。今回の遠征においても、それ以降についても遠征は手段であり、目的は不満の矛先を総督府と駐留軍に向けることにあるのだろうと彼女は考えるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 遠征軍に同行するとはいえ、あくまでも彼女の仕事は『冒険者としての依頼』即ち、軍の進路に存在するであろう「魔物」の排除である。直接戦闘に参加することはなく、仮にあるとすれば密使として立て籠もる城塞へ秘密裏に侵入し手紙を渡すなどになるだろうか。勿論、その都度支払いは発生するだろうが。


「戦争ですか……」

「戦場は人がたくさんいて賑やか」

「突然人が死ぬのは……慣れませんけどね」


 孫娘が戦場が近づいてきたことを実感し不安を口にすると、既に二度の遠征で経験をしている赤目銀髪と灰目藍髪が言葉を繋げる。


「俺達、冒険者だからな。人間相手は仕事の範囲外だぞ」

「ですが、相手が襲い掛かって来れば、降りかかる火の粉は払う必要があります。戦場で一々、説明する余裕はありませんから」


 先ず殺してから確認する……といった程度の覚悟は必要だろうか。


「本隊ならば遠くからでも存在が確認できるでしょうし、遭遇戦となるのは恐らく軽騎兵の斥候部隊。数は十人前後でしょう。逃すことなく、討ち漏らさないようにして、情報を持ち帰らせないことが大事でしょう」

『なんか士官みたいだな』


 騎士学校でも知識として下級指揮官の教育は受ける。斥候とその対策も当然下級指揮官の教範の範囲内だ。





 接敵した場合の問題点を確認していく。


「騎乗である事を考えると、移動はこちらと重なる可能性が高いでしょう」

「馬で移動しやすいのは街道ですから。それに、大軍が移動するなら当然、その経路を利用するとネデル軍も考えていますから妥当です」


 つまり、斥候が出ていれば、当然、オラン公の軍も彼女達も街道上で

遭遇する可能性が高いと考えられる。


「逃げるのと足止めするので二手に相手は分かれる」

「銃でも弓でも、鎧を着た騎兵を一撃で仕留めるのって難しくないですか?」

「相手より先に発見して、通り越させてから背後から奇襲が良いと思います」


 逃げられて情報を持ち替えられないようにするには、背後から攻撃し後方に逃げられないようにする方が良いのは当然だ。


「セバス……」

「……無理だ」

「まだ何も話していないじゃない」

「いや、絶対無理だ」


 その昔、『和をもって民と成す』と建国の言葉を述べたとある部族の長が残した言葉の中に曰く「『無理』というのはうそつきの言葉」というものがある。


「途中であきらめるから『無理』なのよ」

「何時からそんな奴隷みたいな扱いを俺は要求されてるんだよ……でございますお嬢様」


 言うなれば最初からである。とにかく、歩人は回り込み組で、街道上に逃走防止用の『土槍』を形成することが役割と定められた。


「最初から背後に回るメンバーと、迎えうつメンバーで二手に分かれることになるでしょう」

「では、先生とセバスさんが回り込む側で、残りの四人が迎えうつ側という役割分担ではいかがでしょうか」


 灰目藍髪曰く、銃手と弓使いに如何にもな『ゼン』を加えて敢えて発見させ、飛び道具を見せていち早く逃走させるようにするという提案だ。


「俺だけが危険」

「土魔術の展開が遅いのは自己責任」

「おじさんにだって、優しくされる権利があるんだぞ!!」


 土魔術の展開で『土槍』がタイミングよく発動しない場合、街道上で術を展開している歩人は軽騎兵に蹂躙されるか、騎士の槍で一突きにされかねない。ドキドキ展開である。


「私が守ってあげるわよ」

「……お嬢様……」


 彼女がバックアップすると申し出て、歩人は一安心のようなのだが、リリアル生は一言いいたいらしい。


「セバスさん、年下の女性に守ってもらうなんておじさんとして相当かっこ悪いですよ」

「だがそれがいい……とは思わない。セバスカッコ悪い」

「カッコ悪くても生きていればこそです」

「練習あるのみだと思います」


最後の『ゼン』の言葉だけがまともに聞こえるのは言うまでもない。


「神国兵の斥候は魔物扱いということでよろしいでしょうか」

「異議なし。もしくは動く標的」

「狙いを定め!! ズドンです!!」

「魔装槍銃の効果も確認してみたいですね。魔物はともかく、対人戦ならそれなりに使えそうです」


 今回は、銃手としての参加となる灰目藍髪は、魔装槍銃を装備することになる。銃撃して後、騎槍として装備し突撃を試みることになるだろう。


「無理をせずに。『ゼン』もフォローをお願いするわね」

「承知しました。どのように扱うのか、少々手合わせしたいところですね」


『ゼン』の申し出もその通りである。メインツを出て野営する際にどのような扱いのものかを立ち合いで試す事にする。魔力持ちでなければ魔装槍銃を十全に使うことは出来ないので、近衛連隊などで採用される事は難しいが、近衛騎士や魔力持ちの騎士の斥候部隊には装備しても良いかもしれない。


 とはいえ、リリアルの手を離れどこかで鹵獲されても困るので、今後の検討課題となるだろうか。


「普通のマスケットでも使えそうです」

「「「「それだ!!」」」」


 リリアルは魔装銃の装備が基本であるから、その延長線で魔銀鍍金製

槍銃を装着させているが、火薬式の銃にも付けられない事はない。だが……


「火縄銃ってとても重たいものよ」

「……メンテナンスも大変になりそうですね」


 着脱式ならまだしも、槍の穂先が銃の台木の部分に固定されている魔装槍銃のデザインは持ち運びの際、魔法袋などに収納することが前提である。何日も徒歩で移動する一般的な歩兵には面倒な装備となるかもしれない。


「銃の普及自体がこれからですから、何十年か後には当たり前になるかもしれません。着け外しできるようになればなお良いですね」


 ダイニングテーブルにこの仕掛けの確認のための配置を示す兵棋を置く。白がリリアル、黒が神国軽装騎兵である。凡そ、チェスの駒を用いる。


「騎兵の接近はどうやって確認するのでしょう?」


『ゼン』の質問に、彼女は当たり前のように答える。


「指揮官もしくは、幾人かの騎士は身体強化程度が使える魔力持ちでしょう。であれば、『魔力走査』で先に見つけることができます。進行方向の街路上に絞って距離を長くとって走査を行えば、いち早く発見できるでしょう」


 先に発見すれば、彼女と歩人が下馬し、四人が騎乗した状態で待機。前衛に『ゼン』と赤目銀髪、後衛に銃兵である孫娘と灰目藍髪が立つ。


 気配隠蔽を行ったまま、街道から少し離れた場所を移動し彼女と歩人は軽装騎兵の背後へと移動する。


「恐らく、二手に分かれて接敵を報告する者と、接触してくる者になるわ。報告する者がニ三人、残りは四人に向かってくるでしょう」


 軽装の騎士は胸当程度の装備であり、騎兵槍と剣で武装している可能性が高い。銃を持っていたとしても、火縄と火薬の管理ができていないので、接触直後に使用することは出来ないはずである。


「四人が牽制し、私とセバスで先に報告する者たちを抑える」

「……俺が一人、残りはお嬢様でございますね」


 否! 逃げるもの全員を彼女が討伐し、歩人は街道上に

terracarcer』をいち早く作り上げ、四人に敵対する神国軽騎兵を牽制しなければならない。


『六人いればその倍くらいは楽に捌けるだろ』


『魔剣』の言う通りだが、捕らえた騎兵から情報を得ることまで考えると、少々手間になりそうなのである。



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