第427話-1 彼女は『魔力壁』を考える 

「……難しいな……」

「既に癖がついているから」

「おじさんは物覚えが悪いんでしょうね。私は結構簡単でしたよぉ」


 ルイダン、今さら魔力操練からの魔力走査を習得中である。周囲に自分の魔力を広げて気配を感じるというのは、恐らく決闘においても相手の動きを察知するという意味で有用なのだろうが、その辺り、ルイダンは身に着けていなかったと思われる。


「……はぁ……」

「そんなため息つくなよ……でございますよお嬢様」

「なら、セバスが教師役でも構わないのよ?」

「え、いやぁ、俺みたいな歩人が子爵令息様のお相手をするのは……」


 彼女の他、リリアル生の大半は孤児であるから、身分で言えば特に問題ないと思うのだが、おじさんは小父さんに教えるのが苦手なのである。


「難しい……」

「難しい? 体の中で魔力が固まってしまっているのよ。つまり、老化で体が堅くなっているのと同じなの」


 子供の頃から魔力を用いた剣の操練を覚えてしてしまっている為、それ以外の様々な魔力を用いた操練が使えなくなっていると言えるだろうか。


「老化かぁ……いや、俺はまだ若い。ピチピチのおじさんだ」

「聞いた事ねぇぞ」


ピチピチのおじさん……頭皮が突っ張っているのだろうか。ともかく、魔力を体外に放出する練習から始めないと、魔力が『居ついている』状態なので、魔術を展開できないのだから、話は先に進まない。


 彼女がルイダンにだけ教えるのでは勿体ないという事で、村長の孫娘も一緒に教える事にする。孫娘の場合、魔力走査まで使えるので、ルイダンほど困難ではないだろう。


「まず、掌に魔力を集めて展開するわね」

「……は?」

「えーと、こんな感じでしょうか」


 掌に魔力を集めるというのは、意識して掌に血流を流し込むような雰囲気ですこし掌が暖かくなるような印象を受けるようだ。


「そうね、掌に魔力が集まって来たわね」

「……あー 魔力纏いで剣に込める前に、腕から掌に纏わせる感じだな」


 ルイダン、気が付いたようだ。


 体の表面に魔力を集める事で、この時点で掌で弾丸や矢を受け止める程度の強度が確保できているはずなのだが、一段階上げると、掌の魔力を自分体の前方に移すイメージ。これは、魔力走査との組合せに近い魔力の発現となる。


 『魔力纏い』+『魔力走査』=『魔力壁』といった印象だ。


「手のひらから魔力を浮き上がらせるイメージね」

「うーん、こ、こんな感じですか……」


 村長の孫娘の掌から、手の形に魔力が浮かび上がる。切っ掛けはつかめたようだ。このあとは、発動の速度と、展開位置の精度を上げていくことになる。体からの距離が遠いほど魔力を消費し、尚且つ展開の難易度も上がるので、最初は体から30㎝も離しておければ十分だろうか。


「ルイダン」

「……なんだ、難しいぞ……」


 魔術はイメージが大切なので、大人より子供、身分の高い教育をしっかり受けている者より知識のない者のほうが発現させやすい。貴族の子弟で成人後しばらくたち、騎士としての鍛錬を重ねたルイダンはリリアル生よりも新しい技術を身に着けることが難しいのだ。


「魔力を掌から離れさせる練習をいつでもどこでも続けなさい。できるまでよ」

「……そうか。そうだな……」


 一人、延々と魔力を放つ練習を始めるルイダン。魔力量自体は貴族として不足が無いので、リリアル生冒険者組と比べても……それほど少なくはない。練習は量を熟しても問題ないはずだ。


「あ、先生!! できました!! できましたよ私!!」


 小一時間ほどで、村長の孫娘は出現時間が数秒かかるものの、体から30㎝離した位置に掌型の『魔力壁』を形成できるようになった。




 野営の準備が終わり、夕食の時間となる。『ゼン』は魔力量も問題なく、固定観念も少なかったようで、既に、灰目藍髪と同程度の『魔力壁』を形成できるようになり、しきりに灰目藍髪を相手に剣の立ち合いを試みたがっていた。


 実戦で上手に剣技と組み合わせることができるか、という段階に入っているように思う。実際、襲撃を受けた際、複数人からの攻撃を止めるのに、『魔力壁』を用いた護衛ができることで、安全度は相当上がると考えられる。


 護衛対象が凶刃に襲われた際も、『魔力壁』でその刃を一瞬防げるだけで、状況は一転するからだ。


「これは……是非、他の親衛騎士にも身に付けさせたいですね」

「護る技術としては重要だと思います」

「そうですね、騎士に相応しい魔力の使い方です」


『騎士』という言葉に灰目藍髪が反応する。心から渇望する『騎士』としての自分の姿。既に、一つ相応しい技を身に着けているといえるだろう。それが誇らしく思えるのだ。


「剣士も魔力纏いや身体強化を用いて戦いますが、何か大切なものを守る為の騎士とは違うと思います。そういう意味では、『魔力壁』を使い大切な者を守れるというのはとても良い事でしょうか」


 彼女もつい口を出してしまう。彼女は不本意ながら『騎士』になってしまったのだが、それは、代官の村を魔物から守ったことによる。男爵となった理由も、王女殿下を海賊からお守りした功績による。


 彼女とリリアルの存在は、王国を内なる敵、外敵から守ってきた結果得た立場にすぎない。


「騎士らしい魔術」

「そうですね。私も身に付けられてうれしいです」


 村長の孫娘、将来的には彼女の姉がノーブル伯となった際に、侍女として暫くは傍に置き、男爵家の息子辺りを婿にして水晶の村へと戻して村長を委ねつつ、騎士とすることになるだろうか。そういう意味では、リリアルから離れても自分の生まれ育った村を護るための存在となるだろう。


「……今までそんなこと、考えた事も無かった……わけじゃないんだが……」


 未だに魔力を展開できないルイダンは、その話を聞きつつ自分の身を振り返ることになる。


「王都は既に、中にいる人々を守っているのだから、守られている自覚、守る自覚が希薄なのでしょうね」

『だから、工作員や魔物に密かに侵入されてもきがつかねぇんだよなぁ』


『魔剣』と彼女が言う通り、ルイダン含め、王都の住人はその城壁と騎士団、そしてなにより王国全体から王家と共に護られているという事を忘れているのだ。故に、安心し、油断し、危険に気が付けないという面もある。


「休まず弛まず、続ける事ね」


 焚火を囲みながら話をするなか、一人ルイダンだけが浮かない顔で掌に魔力を集めていた。


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