第427話-2 彼女は『魔力壁』を考える
翌朝、寝不足気味のルイダンを余所に、『魔力壁』の展開の訓練方法について、赤目銀髪が提案し始めた。
「良い実践練習を考えた」
赤目銀髪は、所謂『投矢』を老土夫に作ってもらっている。長さは30㎝ほどで、弓銃の矢に近いずんぐりとした装備だ。神国兵は1mほどの短い投擲用の槍を装備して、馬上から投げ釣る攻撃に用いるようだが、こちらは、狩猟につかう物に近いだろうか。『ダート』と呼ばれる道具だ。
それを右手に持ちルイダンに向けて構える。
「おい、良い子は矢羽根を人に向けてはいけませんって習わなかったか?」
「悪い大人には向けても問題ない」
赤目銀髪曰く『集中力の問題』なのだという。危機的な状態になれば、集中力が増し、一気に魔力の『居つき』が解消されるに違いない、所謂ショック療法である。
「大丈夫。この程度」
魔力を込めた『投矢』を近くの木に叩きつけると爆発する。どうやら先端の魔銀の部分に魔力を込めてあったようで、命中した箇所の水分が急激に膨張し爆ぜたのだろうか。彼女以外のメンバーが大いに驚く。
「かなりの効果ですね」
「人間の血液も爆発するのでしょうか……」
「危険があぶねぇぞ!!……でございます。俺には打つなよ、振りじゃねぇからな。絶対ヤメロヨ!!」
歩人は『魔力壁』が苦手であり、土魔術の壁の方が簡単に形成できる。
「セバス!! GO!!」
「おおおおぉぉぉぉいいぃぃぃ!!!『
Bann!!
歩人が地面から土壁を形成し、『投矢』が投擲され命中、破壊される。
「まじ、やめろよな」
「土魔術なかなか。実戦でも問題なさそう」
「ええ、よくできたわねセバス。騎兵突撃も、一瞬なら防げそうね」
「いや、それなら『土牢』の方が確実だろ……でございますお嬢様」
歩人は土の精霊魔術が得意なのだが、リリアルの活動で見かけたことが無かった理由は……恐らく面倒だから。それが、オリヴィとの関わりで「使えないのはおかしい」とバレてしまい、慌てて猛練習を……させられている。
歩人であるが、それ以前にビト・セバスはあくまでも怠け者なのだ。
その後、幾たびか元傭兵らしき山賊の襲撃を受けた。その都度討伐を行ったのだが、前回二回までと比べ、その襲撃頻度が高まっていることが気がかりである。
その中で、比較的装備の良い元傭兵らしき山賊の首領を捕らえられたので、彼女は尋問をする事にした。それまでは、二人の騎士の加減が下手で、話の出来る状態で捉えることができなかったためである。
「は、話したら、逃がしてくれるのか?」
と交渉を試みるのだが……
「黙って死ぬか、話して最寄りの街の衛兵に突き出されるか選ばせて
あげるわ」
「……」
首領以外は、既に死んでおりセバスが土魔術で埋めてしまっている。それを見て、一瞬考えたものの、質問に答える事にしたようだ。
首領曰く、装備はネデル駐留の神国軍に所属する傭兵としての基準を満たす為に良い装備をしていたという事。但し、ここにきてオラン公の軍と交戦が始まり、どうやら簡単には稼げなくなりそうだという事で、一旦、ネデル軍を離れて潜伏する傍ら山賊の臨時職業を務めていたというのだ。
「あなた達のような兵士が増えているのかしら」
「ああ。弱い者いじめをして余禄もたっぷりの異端審問官の御先棒担ぎなら楽しめたんだが、マジで戦場に出るのはどうかってところだな」
傭兵は戦場で稼ぐ以上に、その周辺の街や村を襲って奪うことで稼ぐことで成り立つ商売でもある。神国軍ではネデル領内でのそのような行為を厳に戒めている為、異端審問の逮捕連行の際に、家財をピンハネするくらいの余禄しかなく、それも無くなれば旨味のない仕事だと、さっさと見切りをつけて来たのだという。
「それで、やたら山賊が増えたのですね」
「まあ、首刎ね放題だったがな」
「確かに。これが王国内であれば大問題ですが……」
「帝国は緩い。悪党もやりたい放題」
考えていた以上に、ネデルの神国兵も精鋭以外は戦争になることを望んでおらず逃げ腰であるという事が理解できた。
用事も済んだことであるので、
山賊の首領(元傭兵隊長)の装備一式を剥奪し、腕を後ろ手に縛り上げ腰にひもを通して馬車の側面につなげる。話せばうるさいので、口には猿轡をかませる。これで、とりあえずウーウーいう声以上は聞こえてこない。
「さっさと、メインツに向かおうぜ……でございますお嬢様」
前回より足止めを喰う機会が多いため、少々時間がかかっている事は否めない。メインツに向かう前にディルブルクへ立ち寄り、首領をオラン公に引き渡し尋問を受けさせる必要もあるだろうと彼女は考えた。
『いい手土産だな』
『魔剣』も同意し、先にルイダンと山賊をオラン公へ預けることにする。
前回より、一日余計にかかったものの、無事ディルブルクへと到着。今回はオラン公自身が出征することになっており、規模も前回と比べかなり大きな戦力となる。
「かなりの規模です」
「確かにな」
王国軍が過去遠征を行った際の戦力が一万から二万程度である。口々に聞こえる話を総合すると、今回の遠征で集まった戦力は……凡そ二万を超えるという。
「金持ってるなぁ」
「成功報酬の分を増やせば、初期費用は抑えられるでしょう」
傭兵は全て前払いというわけではない。手付と前金の分をこの時点で受け取り、戦争が終わった後論功賞含めて査定され、また傭兵側も自身の功績や損害を踏まえた上で後払いの分を請求することになる。
勝てば多く得ることができ、負ければ……とりっぱぐれも考えられる。この規模で何をどう目指すのか、彼女はオラン公の考えを推測することはできていない。
春の遠征のように、目の前で約定を反故にされ、みすみす退却するようなことを起さないように、都市を包囲できる程度の戦力を整えたと考えれば理解できる。
「さて、ダンボア卿。観戦武官として王国と王弟殿下に恥をかかせないようにお願いするわ」
「……任せておけ。とは言えないが、王国まで公爵を無事お連れできるように全力を尽くす。でなければ、この行脚は意味が何もないからな」
ルイ・ダンボアの役目の一つ。それは、王弟殿下が王国北東部に大公として配置された際、ネデルの指導者と顔を繋ぐための橋渡し役となるため観戦武官として同行する。
遠征中にオラン公が戦死すれば……何の意味も無くなってしまう。故に、王弟殿下同様、遠征において公爵を守る必要があるのだ。
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