第426話-1 彼女は二人の問題を指摘する
「今のなんだよ……」
「さあ、何かしらね。貴方も立ち合ってみればいいじゃない」
ルイダンが剣を取り落とした『ゼン』の姿を見て唖然とする。剣技は間違いなくあった。剣を巻き上げ弾き飛ばされると確信していた。だが、剣を取り落としたのは仕掛けた『ゼン』である。
「も、もう一度」
「はぁ。あと一度だけですよ。魔力が心許ないですから」
ここは学院の中庭ではなく帝国領内の街道沿い。不意の襲撃が無いとも限らないのだから、魔力の残を考えて立ち合わねばならないのだから当然だ。
『ゼン』は今度は、所謂、振り下ろせるように剣を立てて構えた。灰目藍髪は相変わらず中段で剣を前に出すような構えだ。
「それと『ゼン』。私が女だから、魔力が少ないから、孤児だから……舐めてるのですか?」
灰目藍髪、黒目黒髪と同じく、彼女に似た濡羽色の髪に、大きくすこし垂れた目尻をもつ長身の女性である。顔立ちは優しげだが、その心情は少々複雑であり、彼女に似て負けず嫌いでもある。なにより、騎士となる為の修練には、手を抜くことがない。
「本気でやらないと、あなた、そのうち命を落としますよ」
「!」
魔力が少なく、『魔術師』になれなかった灰目藍髪は狭き門をくぐり一期の薬師コースに潜り込んだ。頭脳が特別明晰……というのではなく、この場合、『見取りが上手い』ということが大きく影響している。
即ち、人の動作や教わった事をほとんど一度で身に着け、再現してしまう。それが、学習だろうが、薬師の技術とだろうが……剣技だろうが。ある意味、天才なのだと、彼女は考えている。
『優秀な幕僚になるよなあいつ』
「そうね。リリアルの生き字引になるでしょうね」
剣技は、伯姪・茶目栗毛・青目藍髪に相手をして貰い、鏡写しのようにその戦い方を真似ることができる。相手により、手札を組み替えることも容易にできる。
「さあ、どこからでもどうぞ。但し本気で」
改めてそう『ゼン』に伝える。
「大丈夫、下に魔装を着こんでいるのだから、あなたが剣に魔力を余程通さなければ切れたり傷つくことはないから」
「……リリアルの魔装って、それほどのものか……」
王族とリリアル生、彼女の家族以外にはほぼ『魔装糸』を使った装備は出していない。ルイダンと『ゼン』にも、手袋と胴衣だけである。実際、斬られてみなければ、それはわからないだろうが、今までさんざんリリアル生はそれで命を救われてきた局面が無数にある。
『ゼン』の身に纏う空気、いや、魔力が変わる。身体強化のレベルを上げ、剣技も本気で繰り出す、そう見て取れる。
「参る!」
「来なさい」
一段速度の上がった踏み込みから、剣と相手の上半身を切り裂くような斬り下ろし。斜めの軌道は力を込めると同時に回避した後の追撃も容易となる厄介な操法だ。本来は。
Ginn!!
剣の軌道が外側に弾かれ、体が流れる『ゼン』。そのがら空きの胴を、灰目藍髪の曲剣がなでるように切払われる。魔力を通しており、魔装を身に纏っていなければ、脇腹ゴッソリと切裂かれ内臓が飛び出していただろうか。
剣を弾かれたのは、相手の剣でもなく何もない空中で突然剣が払われたようにしか思えなかった。
「い、いまのはなんですか?」
質問する『ゼン』に相手をした女剣士は勿論、周りのリリアル生も答えない。
「自分で考えてみれば、想像は出来ると思います」
「いや、それはそうなんだが。あまりにも……」
「ヒントは、私には魔力があまりありません。それが理由です」
「……なるほど」
二人の会話を必死に聞き取るルイダン。過去最高に真剣な表情をしている。
「ありゃなんだ」
「何だと思うのかしら、あなたは」
彼女の表情を伺うように言葉を選んで話を進めるルイダン。
「魔術だよな」
「ええ、魔術よ」
しばらく悩んでいると、『ゼン』が声を出して灰目藍髪に自分の答えを告げるのが聞こえてくる。
「想像ですが、『魔力壁』ですね。それも、かなり小さく、瞬間的に展開した」
『ゼン』の出した答えに、灰目藍髪は一番の笑顔で答える。
「正解です。私、魔力少ないので工夫しましたから」
剣先槍先をいなすのに、大きな魔力壁を常時展開するような贅沢な魔力の用い方をできるのは、学院でも彼女と黒目黒髪程度なのだ。魔力量でいえば彼女の姉も可能なのだが、注意力……魔力が散漫なので魔力壁はあまり得意ではないとされる。
『魔力壁』を垂直ではなく、剣の軌道に対して斜めに逸らすように展開する。斜めにすることで少ない魔力量・薄い魔力壁でも強度を確保できることに灰目藍髪は気が付いていた。
さらに、伯姪・茶目栗毛の二人と研究を重ね、直角の四分の一くらいの角度で傾けるのが一番逸らしやすいということも発見している。
相手の剣筋を読み、その軌道上に瞬時に魔力壁を傾けて展開する……という技術は、いまのところこの三人だけが身に着けているだけなのである。
『ゼン』はとても感心したように「素晴らしい技術ですね」と素直に褒める。ルイダンは「俺も!」と言い始めるが、灰目藍髪の魔力の残量を考えるとこの時間はこれまでであろうか。
「相手をしてやる」
「……お前もできるのか?」
「だいたい」
赤目銀髪。魔力量が多いので、細かな操作はそれほど必要としていないが、能力的には十分身に付けられると周りは理解している。
「じゃ、加減なしで」
ルイダンの言葉に、リリアル生が即座に反応する。
「いままで加減しているの見たことありませんけどぉ~」
村長の孫娘、意外と交戦的というより、ルイダンに好意を持っていないのだろう。ツンデレではない。
「大人なのですから指摘してはだめでしょう。『俺まだ本気出してなかったから』って孤児院の男の子もよく負けた時の伏線張っていたではありませんか」
「だせぇな近衛騎士様……でございますねご令息様」
おじさんも大人げない。ルイダンは刺突の構えを取る。一瞬の身体強化からの突進。そして……斜めに弾き飛ばされる。
「あー 先生の一騎駆けみたい!」
ミアンの攻防初戦。士気を挙げるため、あえて、東門外のスケルトンに対し魔力壁を用いてラッセルのように跳ね飛ばし一騎で浄化を進めた姿をリリアル生達は思い出す。
「一騎駆けはロマン!」
「密かに練習していましたものね」
赤目銀髪の魔力を持っても、恐らく数分と展開できないだろう魔力壁の三角展開。この場合、突進してくる角度に対して流すつもりで直角の四分の一程角度を付けて魔力壁を一面だけ展開したのである。その結果、ルイダンは突進方向を逸らされ弾き飛ばされることになった。
「今のをもっと小さく、素早く、正確に展開するとさっきのようになる」
「……な、なるほど……」
魔力が少ない故の苦肉の策。ただし、それは戦場では大いに役に立つ切り札となる。剣や槍が届く直前でその先を逸らされる。不意を突かれ脇に入り込まれ、致命の一撃を与えられる。そのまま、相手は横をすり抜け、別の敵へと向かう。
腹を斬り裂かれると、内臓が腹圧で飛び出す為、そのまま行動不能になる場合がほとんどである。放置しておいても問題なく死ぬ。剣士として、騎士として持てる能力を最大に生かすとすれば、灰目藍髪にとって大切な手札となることだろう。
「あれ、対峙している時に織り交ぜられると面倒なのよね」
『お前の場合、魔力マシマシで「壁」ごとぶった切るじゃねぇか』
彼女の場合、魔力量に任せて叩きつけるので、相手の魔力壁の強度を上回ってしまい、貫通してしまうのだ。もしくは、相手の死角からの一撃が多いので、剣を会わせるまでもない。
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