第425話-2 彼女は二人の騎士を講評する

 つらつらと問われるままに応えていたルイダンだが、観戦武官としてオラン公に同道することになっている。王宮と王都でしか長らく活動していなかった彼にとって、この冒険者のような行動は初めての経験であるし、言いにくい事だが必敗の戦場に出向くことも初めての経験となる。


 ルイダンは不安であった。オラン公の本営が崩れ、オラン公が討取られ彼が生き残ってしまった場合、王弟殿下の立場を悪くするのではないかということである。実際、観戦武官の生死と、同行した軍の指揮官の戦死には何の因果も無いのだが、騎士として君主を守れなかった場合、後ろ指を指され騎士としての面目を失う事は必須だろう。


「……という不安がある」

「問題ないわ。そもそも、最高司令官であるオラン公の手柄首、雑兵に渡すような現場指揮官がいると思う?」


 勝ち戦は必定。なら、その上で手柄となるのは、オラン公を捕らえることに相違ないだろう。出来れば生け捕りが望ましい。生死を問わずとは言え、生きたまま捕らえて上手に総督府として利用できた方が価値がある。


 故にオラン公を狙う者は、手柄首だと思って集団で襲いかかってくることはあまり考えられない。それでは、せっかくの報償を貰えなくなるからだ。一対一かそれに近い形で襲ってくると考えられる。ならば、護衛の物がその一対一を受けて立ち、斬り伏せれば生き延びる確率はずっと高くなる。


「決闘……好きなんでしょう?」

「……どんな決闘なんだよ」

「一対一を十でも百でも繰り返せばいいのよ。名のある騎士や戦士がオラン公の首を取りに来るでしょう。もしくは、生け捕りを狙うかもしれないわね。その時に、あなたが一対一で勝ち続ければ捉えられることはないのよ。ねえ、簡単でしょう?」


 内心「簡単じゃねぇ!!」と言い返したかったルイ・ダンボアであるが、それは戦場で唯一自分の価値が高められるのではないかと思い至る。戦場で決闘を延々と繰り返す事で、護衛対象を守り抜く。悪くない選択だ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 昼の大休止の際、簡単な食事を取りながら昨夕の襲撃時の対応に関して、『ゼン』は彼女に質問をしたかったようで、食事が終わると話しかけてきた。


「昨夕の私の対応に対する講評をいただきたいのです」


 ルイダンになにやら馬車の中で話をしていると感じていた『ゼン』は、自分もと考えたようだ。


「あなた自身はあれが最善であったとは思っていないのでしょう?」


『ゼン』は当然のように深く頷く。ただ、彼女にしても「自分ならこうする」という程度の考えしかないのだが、ルイダンほど問題を感じてはいなかった。護衛としての役割りを理解し、討伐より時間を稼ぎ安全に倒す選択をしたことは評価できるからだ。


「襲撃に関していえば、公爵閣下や公子殿下には十分な護衛が付くことが多いでしょう。それは、少数による襲撃を安易に行わせないための積極的な対策ですね」


 国王・王太子もそうであるが、護衛を数十人伴うとすれば、確かに小回りが利かない面倒な行動になる。だが、護衛が数人なら、襲撃者は腕の立つものを分隊単位で集めれば成功するだろう。


 五十人の護衛を討ち果たすには、百人以上の襲撃者が必要となる。護衛騎士は魔力保有者も多く、装備や訓練も十分なされている。判断や連携も間違いない。訓練された百人の襲撃者を集め、段取りを決めるだけでその動きは外部に漏れかねない。


 護衛を多く伴うのは、安易に襲撃させず、計画を事前に発見しやすくする人的確保を困難にするためにあると言えるだろう。故に、些末なことで指摘するつもりは彼女には無い。


 今のところ『ゼン』の父親が「ソレハ子爵」の爵位を大公から授かり、ソレハ伯領を収める事になる。『ゼン』はレンヌ公家の子女を妻に貰い受け、恐らくは公太子と王女殿下の間に生まれる娘を息子の嫁にもらう事になるだろうか。


 『ゼン』の孫の代には、レンヌ大公家の一族であり、王家の縁戚に連なる

家としてソレハ伯の地位を賜ることになる。


 今の時点で『親衛騎士』としては及第だが、冒険者として「襲撃者」の側からみることも参考になると思い、今回の同行を許可したという意味もある。相手の心理を考えられるようになれば、領内の冒険者活動の活性化にも役立つだろう。連合王国の工作の影響で、レンヌの冒険者ギルドは脆弱なのだ。


「冒険者的な魔力の使い方をもう少し学ぶべきかもしれません」


 リリアルでも、騎士の使う『身体強化』『魔力纏い』は用いる。それ以前に、『気配隠蔽』を学び、『魔力走査』で魔力持ちの存在を確認する事も行っている。これは、冒険者としてはありだが、騎士としてはあまり重要視されていない。


「それと、魔力の使い道もでしょうか」

「……例えばどのような方法でしょう」


 彼女は、『魔力壁』の用い方が一つだという。『魔力壁』は魔力を空間に固定し魔力により攻撃を防ぐ方法の一つだ。土の壁や水の壁、風の壁のように精霊の加護を持たずに使える点で最も多く使われる防御的魔術だと言えるだろう。だが、空間に魔力を放出するのはとても魔力消費が多い。


『魔術師』ならともかく、『魔剣士』では必要な魔力壁を展開し、全身を防ぐような規模で展開ができない。リリアルでも、魔力大組以外は、魔力操作の上手な冒険者以外、使えない者の方が多い。


「実際に、使って見せてもらいましょうか」

「閣下ではなく……ですか?」


 彼女は、灰目藍髪を呼び、『ゼン』と立ち合うように伝える。魔力壁を使った立ち合い。


 灰目藍髪は二つ返事で了承し、剣を持ち構える。魔銀の剣であるが、双方、魔力纏いは行わない前提での立ち合いとなる。


「手加減は無用です」

「では。お手柔らかに!」


 彼女は一言「バインド無しで」と付け加える。バインドとは、武器と武器を合わせて均衡状態に持ち込む、所謂鍔迫り合いのことだ。魔力纏いを前提とするなら、バインドはまずありえないからである。




 いつの間にやら、ルイダンも興味深く二人を見ている。構えは剣を突き出すようにした攻防どちらにも切り替えられるスタイルで鏡合わせのように向き合っている。


 身体能力は『ゼン』の方が遥かに上であるが、彼女もリリアル生も灰目藍髪が簡単に敗れるとは考えていない。


『最近、随分と魔力の操作精度が上がってるよなあいつ』


『魔剣』の言葉に彼女は頷く。剣技だけでもなく、魔力量も頼れない能力を如何にして勝てるようにするか。灰目藍髪は常に考えていた。少なければ、ちょびっとしか使わない方法を考えれば良い。それが結論だった。


 一瞬にして踏み込んだ『ゼン』の剣の薙ぎ払い。身体強化と剣技を考えれば灰目藍髪は剣を跳ね上げられてもおかしくなかったのだが……


――― 実際剣を取り落としたのは『ゼン』であった。


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